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いを
2024-03-09 17:39:13
2876文字
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櫻神学園
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古ぼけた血肉
兜羅のこと。
荒國さん【higasa_onink】
(お名前だけ)朝斗さん【Fuka_S_R】
お借りしています。
木々の隙間から、あたたかい光が漏れている。気を失っていたのか、それとも目を開けたまま失神していたのか、それとも
――
。考えることさえ億劫だった。足もとに刀が落ちている。刀身は真っ二つに折れていた。切っ先の部分は地面に埋まって、まるで墓標のようだった。兜羅は大きく長いため息をついて刀の柄を見下ろす。柄糸も手で握りしめすぎたのかぼろぼろになっていて、ともすればほどけてしまいそうだった。
いつまでも幹に身体を預けているわけにはいかない。起き上がろうと右に重心をずらす。だが身体はぐらりと揺らいで、地面に身体が落ちた。土のにおいがする。土の味がする。昔戦場で味わったにおいと味だ。右半身を見ると、あったはずの右腕がなかった。そういえば堕神にとられたんだったか、と思い、左腕の力でなんとか身体を起こす。
腕は制服の上着で止血しているだけの簡素なものだったが、効果はあったらしい。あたりを見回しても、自分の右腕はどこにもなかった。
痛覚が鈍い。それが不幸中の幸いだった。痛みで藻掻いていたら永遠にここで転がっているところだった。
右腕は飛んだが、生きているだけよしとしよう。土を踏みしめてゆっくり立ち上がる。右腕の重さがないぶん、身体がふらつく。失血のせいかもしれないが。
上を見上げる。
日差しが差し込んでいる。ゆるい太陽の光だ。転がったままの刀を持ち上げ、左手で鞘に戻す。鉄と鉄がこすれる音がやけに静かな林のなかで響いた。
「荒國殿と俵田は無事かな」
傷から流れていた血液が乾いて、皮膚に突き刺さる鈍い痛みを感じる。
「痛みを感じるだけ、マシか」
ぽつりと呟き、足を引きずりながらひとびとの声が大きくする場所へと移動した。
そのあとのことは覚えていない。
気づくと白い光景が目を焼いた。そして夢を見ていたように思う。兜羅が殺した人間の夢だ。戦争という名の、多方面からの〝正義〟と〝悪〟。戦争はやがて賛美になり、禁忌となっていることも忘れて隣人は隣人を愛し、殺してきた。兜羅の手で殺した人間の数はもう覚えてはいない。「人でなし」。科戸家では兜羅はそう呼ばれていた。人でなし、人でなしと指をさし、幼い子どもが笑っている。その意味も知らないような子どもも、悪意と嫌悪をこめて嘲笑う大人も。この手はまごうことなく、汚れている。戦争を食いものにしていたのだから当たり前だ。そしていつか、兜羅も誰かに殺されるのだと思う。多くを殺した男が、救われたいなどと思うこと自体が害悪だ。
「神様ってのはそういう、汚ぇものを嫌うだろう」
「
……
」
「せめてよかったのは、人間が人間の手で殺せたことだけだ。お前さんたちとは関係のない場所でのことだけど」
遠い遠い国、熱く、砂漠が広がる地。または、一日中陽が沈まない国。寒く厳しい国。
碁盤の駒がばらりと崩れ落ちる。砂のように。
「人間を殺すのは、人間の役目だよ」
「そうかな」
「そうだよ」
将棋崩しは楽しかった。なかなか、集中力のいるゲームだ。
「相手が同族なら、より憎めるだろう」
「神相手では憎めないということかな」
「あんただって、同胞にやられたらいやだろ?」
視線を感じない。はた、と風にふかれて荒國の顔をおおう布が揺れた。
「それは分からない。やられたことがないから」
「そこは想像力だぜ、神様」
そのとき彼は笑ったのだったか。表情を崩すことなく、ばらばらになった駒を見下ろしていたのだったか。
忘れてしまった。
病院に世話になっている中、学園が閉鎖されると聞いた。
兜羅が退院する一週間前のことだった。
「俺も用なしか、お役御免か
……
」
右腕がなくとも問題なく歩けるようになったので、病院の屋上にのぼった。
枯れた桜の木。これからどうなるかわからないが、妙に胸が空く思いだ。もうじき夕方になる。屋上の柵に手をつけ、広がる景色を見渡した。
ここから飛び降りたらどうなるのだろうか、とぼんやり思う。
死なないために戦ってきた。
生き残るために強くなった。
全ては家の繁栄のためだ。兜羅個人の考えなど煤に等しい。だから反抗もしなかった。どうでもいいとも思っていたが、朝斗の目を思い出す。強い目になった。彼は今、どうしているだろう。たしか戦いが終わったあと、すこし話をしたような気がするのだが。
「童」
ふいに声が聞こえてきた。屋上の入口付近に、荒國が立っていた。
「ああ、荒國殿。どうも」
「生き残ったと聞いてな。どんなものかと思って来てみたら、こんな場所でなにをしておる」
「
……
いや、特になにも。学園がなくなるって聞いて、これからどうしようか考えていたところだよ」
「そうか。そこは冷えるだろう」
風が強い。そういえば入院着一枚で屋上まできてしまった。気づいたものの、足が動かない。今度は空を見上げた。
「なにがおこるか分からないなぁ、人生って。まさかこれだけの惨劇で、生き残るとは思ってもみなかった」
「童、前に言っていただろう。人間を殺す役目は人間にあると。そういうことなのではないかな」
「ああ、覚えていたんだ。流石だね。将棋崩し、面白かったな」
柵に背中を預けて荒國と向き合う。くちびるをすこし歪めて笑ってみせると、彼のくちびるも弧を描いた。
「俺、生にとくに執着もなかったんだけどさ。思ったより長いんだなぁ。死ぬまで、って」
「そうだな。小生らのような存在には人間の何百倍も生きる個体もいるし、そうでなくても生は長い。人間には人間の時間というものがあるのだろう」
「俺は人間のことも神様のこともいまいち分かんないけど、そういうもんかもな」
「
……
童。倦むような生を生きることはつまらないぞ」
この荒國という神はそう言った。まるで、兜羅を諭すように。
「そうかもね。うん、そうかもしれない」
これからどうするか。
再び遠い戦地へ向かって命が枯れるまで戦い続けてもいい。そうなれば否応なしに「人間に」殺されることができる。
それ以外に兜羅は生き方を知らない。
それでも、荒國とした将棋崩しは楽しかった。
「どうする? これから」
荒國は、ゆるく輝く月の光のような声で呟いた。
「どうするかな。地球のどこかで戦争が続いているなら、そこに行ってもいい。それが科戸家が望んだ生き方だ」
「童の生き方は?」
「
……
そうだなぁ。どうしようかな。シュミ、ってのつくってみようかな。将棋とか、チェスとか。片手でもできそうなのありそうだし。荒國殿、得意でしょ?」
「まあ、そうだな。退屈は好かない。退屈しのぎに教えてやってもいい」
兜羅はふと笑って、柵から背中を浮かせた。
白い鳥が幻想のように飛び去る。春先の冷たい風が吹き、その風に乗った種子がどこかで新しい命を芽吹かせる。
屋上から去る前に、もう一度景色を眺めた。いつか、枯れた桜がまた咲かせることはあるのだろうか。分からない。まだ、なにも。けれど未来とは、そういうものなのだろう。きっと。
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