焼き肉に誘われた。おごってやるからと。
高級そうな、半個室になっている店舗だった。
彼の行きつけの店かと思ったが、彼はどの店にも行くらしく、この店が特別好きということもないようだった。
「でもここは、うまい」
一通り頼んだ肉のメニューが広いテーブルに運ばれてきて、どんどんじゅうじゅう焼きながら、彼は言った。
「白米もうまい。タレも。
……おすすめ」
豊富なアルコールドリンクメニューを、決めかねて、まだメニューを選ぶタブレット端末と睨めっこ状態だったぼくは、目を上げて
「どういう風の吹き回しだ?」
おごられる理由がないから、高い肉につられて来てしまった後で、つい訊いてしまう。
テーブル席で、焼かれる肉とその他の、白米やサイドメニュー、スープをあいだに、真っ向から見合った彼は、しばらくいつもの無表情に見える不機嫌にも見える表情を変えなかったが、こちらの視線に負けたように、ふいと目をそらした。
「いいだろ。たまには」
そんなふうに、ごまかすようなこと言うなんて、おまえらしくないなとぼくは言いたくなった。
対立する人間の意見をひとまず全部聞いた上で、夜の雨のように一刀両断することを言う男なのに。
「
……昇進祝いなら、ぼくがおごるのに」
同期のなかでは出世頭である。去年、数ステップ、上の階級にいったのをぼくはフロアの隅のデスクで見送った。
すると怪訝そうに、戸惑った表情になって目の前の同期は曖昧に首を傾げて
「お前から何か誘われた記憶はないが」
「誘ってないからな」
「
……」
ぼくの答えに不機嫌そうな表情に戻って、黙った。
「誘って欲しいんだったら、言ってくれたら誘うのに」
話しながら、ぼくはやっとアルコールメニューを選んで、タブレットの『決定』のタップをする。
「
……誘ってくれと俺に言えと?」
「そう」
ぼくは答えた。
「おまえがよく言っている
……何事もまず、伝達だって。ぼくに、焼き肉に誘われたいなんて、おまえが思っているとは、ぼくは思いも寄らない。だから何か誘って欲しければ、そう言って来い」
不機嫌そうに頬を歪め、あきれているような、それでいて苦い顔をしているような微妙な表情で同期は、焼けた肉を皿に取っている。
「お前の、その、態度
……出世に響いてるぞ」
苦々しい声音で言われて、ぼくはおもわず白米を口に持っていこうとした箸を下ろした。
「それは、知ってる。でも、ぼくからしたら、おまえだって同じようなものなのに
……」
「いっしょにするな」
焼き加減を確かめつつ、肉をひっくり返していく同期は即答した。
「
……で、誘ってくれと言ったら、
……お前は俺を誘うのか」
どこに話題を持っていくのだろうとぼくは、口に含んだ白米を美味いなと思いながら嚥下した。
「いま、訊かれても、その時の都合もある
……おまえのスケジュールもわからないし、そうだな、ここはどう、と指定して訊いて来い。この日に誘ってくれないかって」
「それはもう俺が誘っているようなもんだろ
……」
ちょっと怒りを帯びた声で言う。ぼくは可愛い動物の配膳ロボが運んできたアルコールドリンクを受け取りながら「そうかもしれない」と答えた。
「だって、わからないから
……おまえの誘い方。ぼくに、何かおごられたいとか想像もしない。おまえのこと。仕事だったら、まだわかるけど
……」
焼酎のお湯割り的なアルコールドリンクを一口飲むと、少し身体が熱くなる。こんな、度数が高いのはやめておくんだったな。
ぼくの言うことに、同期はどうにも難解な話に応対するような片眉をひそめる顔になった。
それから焼ける肉を黙々食べる。白米とサイドメニューとともに。
度数の高い焼酎の濃いお湯割りに、汗ばんでくる。
「でも、
……そうだな」
ぼくは、箸を置いて、サイドメニューを平らげた皿をテーブルの端によけて、言った。
「おまえの昇進は祝い事だけど、おまえと仕事するのは楽しかったから
……」
酔いが回って、ぼくはあまり言わなくてもいいことを言ってしまいそうになって、うむ、と口をいちど閉じた。瞼も閉じた。すると、視界が真っ暗に、ぐわんと身体が揺れるようで、よけいに酔いが回ったかんじになって、目を開けた。
半個室の電灯が明るい。
まばたく。
なんだか、驚いた表情の同期がぼくを見つめている。
「部署が、違って、さびしい」
言わなくていいことだった。うむ、とぼくは滑った口を閉じて、肉が焦げる匂いがするので、そっちに目を落とした。
さっきひっくり返して、今や縁が炭のように黒くなっている肉をあわてて皿に取る。
「おいしかった」
帰り道、奢られた礼と、感想を述べると、彼はなんとも、難しくしかめ面でも何かをむずがゆく思っているような様子で、ぼくのとなりをのしのし歩いていた。ぼくより頭ひとつ背が高い男だ。
人の少ない路地で、酔っぱらった身体がふわふわする、度数も値段も高い酒のせいだ、とぼくはときどき寄りかかるようにぶつかって歩く。
そうしたら、困惑したように、「何やってるんだ」と一瞬、身体を支えるように、腕が腰にかかって、ぼくはくすぐったく感じてくすくす笑った。
ぱっと腕が離れていくから、不思議に思った。またぶつかっていくと、あきれたように黙って腕が抱えてくる。それに「適確な手腕だ
……」と呟いてぼくはもう一人で頷いていたが、「何言ってるんだお前は」といよいよ意味不明だとでも言いたげな口調で、同期はため息をつきたそうにする。
それから、おもむろに立ち止まった。
ややかがみこんで、こちらの顔を見ようとする。
ぼくはなんで道端でそんなふうに腰を落として見上げてくるのだろうと、見下ろした。
図体がでかい同期が、まるで自分にかしづいているようで困った。
「
……ぼくに誘って欲しかったら」
困ったから、抱きついた。
同期はぎょっとしたみたいに身体が硬直した。
「素振りを見せることだね。そう、薄々
……確実に打つ手があると提示するみたいに
……横柄な、オーダーを」
目を閉じて、抱きしめていると互いに、服から焼き肉屋の、香りがするとぼくは思って、笑った。
しばらく、抱きしめてもたれた身体をそのままにしても、同期が動かないから、うたた寝をしてしまいそうになって、それに気づいて、今度はぼくが「何してるんだ」と離れる。
先に、道端で謎にかしづいたのはそっちなのに、何事もなかったみたいに、立ち上がって歩き出す。ぼくはその腕にぶつかっては支えられる。
タクシーをぼくが降りるときにも、車内の席から謎に見上げてくるから
「心配なら、
……泊まっていく?」
なんとなくこっちへ伸ばしたいみたいに持ち上げられかけているような手を掴んで言うと、なぜか焦った空気で、首を横に振った。ぼくは本気だったから、けっこう残念な気持ちで、手をそっと離した。
タクシーのドアが閉まる。
職場では変人扱いされているぼくだけど、この出世頭の同期の彼だって猛獣扱いされているから、同じじゃないかと思っている。
そんな彼から、プライベートの誘いが増えたのは、この夜からだった。
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