和綺
2024-03-08 20:21:06
4307文字
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狭間の密蜜命(五歌)

今更、五誕2023ばくしょう。
オチは私のいつものサビです。

「ねー、歌姫ー、僕ほしいものがあるんだけどー」
「自分で買えよ」
「待って待って」
あっさりばっさり五条の顔も見ずに切って捨てた歌姫の正面に五条が回り込む。
「なんなのよ、うざい」
書類に向かっていた顔を嫌々上げた歌姫は言葉通り、うざいと全面に書き出されような表情で、五条を見上げた。
「ねぇ、ちょっとほら僕だよ、わかる?」
五条が自らの鼻先を指さして、首を傾げるのに、歌姫は、更に訝しげに、更に面倒そうな顔つきになった。
「あんたみたいなのが複数いてたまるか」
「そうじゃなくてさー、はい、これ見て」
ちらちらと歌姫の目の前で、五条の指が振られる。
「なによ」
「見た? はいじゃあ次こっち」
五条の指が、つい、と動いてつられた歌姫の目が導かれた先は、壁にかけられたカレンダーだ。
「いや、うぜー! なに!」
「はい! 今日は何の日でしょーか!」
ぱん! と両手を打ち鳴らした五条に、ああん? と口を歪めながらも、歌姫の目はカレンダーの数字をなぞる。
「えぇ……何日よ……っていうか、そろそろ来年のカルキュラム考えておかないといけないんじゃない? あんたもまだまだ新米なんだし、指導要綱くらいは確認しておきなさいよ」
「そうじゃねーって。歌姫って社畜の塊だよね」
「やることやらないと生徒が困るでしょ」
「はいはい、わかってるって」
適当な返事をした五条を呆れた目で見た歌姫は、は、と息をつくと、仕方ない、と再度カレンダーに目を凝らした。
「えー、と、今日はじゅうにがつ、なのか?」
歌姫が首を傾げながら言葉を終えた途端、にぃーっと五条の口が弧を描く。
「ここまでくれば、察しの悪い歌姫でもわかるでしょ! さ、答えをどーぞ!」
「いやわかんない。てか、察しが悪いってなんだよ!」
ふがー! と憤慨する歌姫とは対象的に、は? と首を傾けた五条の肩がだらんと落ちる。
「歌姫、まじでわかんねーの?」
「わかんない」
「うそでしょ! 僕散々言ってたじゃん?! なんなら校内中のカレンダーにずっとマーク付けてたじゃん?!」
「あれお前かー! なんの呪いかと思ってたわよ!」
「ちょっとやめてよ。呪術界の勢力図が入れ替わった記念すべき日だよ」
「は~? なに、それ……あー?! もしかして誕生日?!」
「いえーい! せいかーい!」
ぴー! と指笛を鳴らしてはしゃぐ五条を尻目に歌姫は皺が寄った眉間を揉みほぐしている。
「いや、口で言えや………
「ん~? なになに? ごじょーくん誕生日おめでとーすっかり忘れてたお詫びになんでも好きなものをあげるわってー? えー、いいのー? やったー! あのねー、僕がほしいのはー」
「待て待て待て! 言ってねーんだわ! くねくねすんな! キショい!」
「えっ! 歌姫先輩ってば、唯一無二のかわいい後輩の誕生日をお祝いしてくれない気なの?」
「あんたは唯一無二の生意気なむかつく後輩なのよ!」
「でも後輩でしょ? ほら、誕生日だよ、ほらほら」
「ん、ぐ……
ほらほら、と自らを指す五条に勢いを削がれた歌姫が、む、と口を閉じる。
「今日まだ誰からもおめでとうって言ってもらってないんだよなー寂しいなー普段えらそうに先輩ヅラしてるくせに後輩の誕生日ひとつ祝えないのかー」
「誕生日! おめでとう! ございます!」
「はい」
……なによ」
差し出された五条の大きな両手を叩き落としたい衝動を堪えた歌姫が上げた唸り声に、五条がげらげらと笑う。
「なにって、決まってんでしょ。プ・レ・ゼ・ン・ト」
うぜー! と胸中で咆哮を上げながらも、歌姫はぱたぱたと自分の衣服を叩いていく。
「なにも持ってないわよ。あ、ジュースでも奢る?」
「いや、歌姫、僕最初に欲しいものがあるって言ったよね? 忘れた? 老化?」
「老化じゃねーわ! いや、もうわかった……なに、なにが欲しいの……
「それ聞いちゃう~?」
「あんたが聞けって言っ……
「しかたないな、歌姫には教えてあげるね」
「聞けよ! 聞いて! まじで!」
だん! だん! だん! とリズミカルな歌姫の主張など意に介さず、五条がにこにこと口を開く。
「生殺与奪の権利」
「は……?」
それまでの怒りも忘れて、歌姫がぽかんと口を開けた。顔に上がっていた血が下がり、周囲の空気までもがすんと凪いでいる。しん、とした空間に、かちかちという時計の針の音が響いた。
「いや、えーと、は……?」
「あれ? 聞こえなかった? 大丈夫? 耳遠くなっちゃった?」
「いや、聞こえてる……聞きたくなかったけど、聞こえて……は?」
「もう一回言おうか?」
「あ、うん、ちょっと頼むわ」
「いいよー。あのね、歌姫の生殺与奪の権利」
「いや限定すんな! ってか聞き間違いでも言い間違いでもないのかよ!」
「合ってる合ってるー」
「なんなのあんた! 犯罪者にでもなるつもり!?」
ぞっとする体を自ら抱きしめた歌姫が絶叫する。
「え、なにそれ。歌姫ちょっと思考がぶっ飛んでない?」
「あんたにだけは言われたくねーー!!」
あっという間に再噴火した歌姫に、最高に上機嫌な五条がうきうきと近づいていく。じり、と歌姫の体が後ろへと下がる。五条が近づいた分だけ、歌姫が下がり、その攻防は歌姫の背が壁にたどり着いたことで決着がついた。開け放していた窓から泳ぐカーテンがふたりをふわりと覆う。
「歌姫の生死を僕に預けてよ」
……頭おかしいんじゃないの」
「なんで?」
五条は上機嫌だった。サングラスが下がり、碧眼が顕わになる。その奥では相変わらず、海の中の気泡みたいなきらめきと呪力が輝いている。相も変わらず、そこにいたのはただの五条悟だった。
「僕これからどんどん忙しくなるの。今日もこれから任務だし」
「そう。早く行きなさい」
「担任も持つしさ」
……そうね」
すでに教職として、先に進んでいる歌姫が静かに頷く。
「だからって呪霊は待ってくれないしさー。きっと、いや絶対、僕の時間や生活すべてを懸けていくことになると思うんだよね」
……それが私の生死とどう関係あるのよ」
「生死じゃなくて、生殺与奪だって」
「どう違うのよ」
「ちょっと先生しっかりしてよ~。生殺与奪っていうのはね」
「言葉の意味じゃねーよ!」
すっかり息が上がってしまった歌姫は、痛む肺を撫でながら深呼吸を繰り返す。
「自分の時間なんてなくなるだろうし、文字通り、呪術界の未来のためにこの身を捧げるわけ。現代の至宝、最強の呪術師が、その力をすべてこの世界に惜しみなく注ぐんだよ?」
すうと吸って、はぁと吐き出すとき、五条にその息が掛かるのを避けるために俯いた。五条はにこにことただそこに立っている。手を伸ばせば触れられるところに、もう制服じゃない、その衣服がある。
手を伸ばせば、だ。
……あんたが決めて選んだことでしょ」
「そうだよ。でもそれが我慢をする理由にはならないよね?」
五条の口が笑う。きっと見えないサングラスの奥の目は、細く眇られているんだろう。
……一生なんてごめんよ」
呟くと、五条の気配が少しだけ揺れて固まった。けれど、歌姫がちら、とその顔を伺ったときには、いつもの憎たらしいバカ笑いの顔になっていた。ぎゃはははははは! と豪快な笑い声が歌姫の耳を劈く。
「あー……ぶっ、ははは、ねぇ、ちょっと歌姫大丈夫? ほんと一般社会にいたら、あっという間に食われちゃうよ。よかったね、同じごみ溜めでもこっちのごみ溜めに生まれて」
言外に己の存在を含ませたいのだろうか、と歌姫のこめかみがひくりと引き攣る。今搾取しようとしているのは、お前じゃねーか。
「いいよ~わかったわかった。条件を付けたげる」
ひぃひぃと笑いの余韻を引きずったまま、五条が、ぴ、と指を立てた。
「四十」
「は?」
「歌姫が四十になるまで、僕に預けててよ」
「よ……めちゃめちゃ先じゃないの!」
「そりゃ、いくら僕でも一朝一夕で夢が叶うとは思わないよ」
立てた指を振りながら、五条はあっけらかんと告げる。叶わない、なんて微塵も考えていないような仕草だ。
……それまで私は、自分の人生を生きるなって?」
「そんなこと言わないよ。好きにしててくれていいってば」
「はぁ?」
「『庵のお姫様』のお眼鏡に適うやつがいたなら、好きにしていいよ」
……性格が悪い」
「そうかな?」
唯一無二の対象者が、悪童の顔で、に、と笑う。
「歌姫が四十になってもひとりだったら結婚しよ」
ぶるりと背筋に悪寒が走って、歌姫は竦めた体を自ら抱きしめる。
「どしたの?」
「いや、シラフでそんなこと言うやつ存在したんだーみたいな」
「ロマンチックでしょ」
「いや、全然」
「歌姫はロマンを解さないからな~」
「『私が』ひとりだったら?」
「ん?」
「私?」
歌姫が自らの顔を指すと、五条はんふ、と含み笑いを零した。両手をポケットに入れて、初めて、歌姫から視線を外す。
「僕ってずっと忙しいからさー。今もやんなきゃいけないことがたーくさんあるし」
「いや、だからとっとと行けよ」
「これで寂しい余生を過ごさなくて済むね」
「あんたと過ごす余生なんて私の辞書にない」
「まぁまぁ。別にひとりじゃなかったらいい訳だからさ。誰かいいひといたらいーね」
「見てろよ! 絶対いい相手掴まえて吠え面かかせてやるっ!」
「あははー、楽しみー!じゃーねー!」
言いたいことだけ言うと、五条はひらひらと振る手を最後に残して、部屋を出ていった。
取り残された歌姫は、ぐっと拳を握り締める。歌姫は教師だ。育てている子どもたちは千差万別で、たったひとりのためだなんて使い方は、まったくもって時代錯誤であり、無用の長物なのだ。歌姫とて、いつまでもひとつ処に留まってなどいない。
「ナメるのもいい加減にしなさいよね」
巫女服も、伸ばし続けている髪も、破れた足の裏も、全部を持って、のし上がるのだ。


「ごめんね、結局『庵のお姫様』、僕が貰い受けることになっちゃった」
「だから時代錯誤だっての。私の祖母より前の世代よ」
「だって僕五条家だし」
「古臭い因習嫌いでしょ」
「まーね。でも、それを大事に思ってたひとがいるってことはわかってるよ」
「あんたも成長したのね」
「なにそれ」
「そのままの意味」
五条の手が、歌姫の手首を掴む。
「僕だって、大事に思ってたよ」
来て、と五条の手に力が入る。
「うわ、ちょっと引っ張らないで、あっ」
……四十なんて、まだまだ全然先だったね」