その村は、不思議と盲いた子どもが生まれることが多い村なのだという。因縁深い老人たちは、それをかつての村人が中央の国が建国される際に逃げ延びた、かつての権力者の目をくり抜いて殺し、財産を奪ったからだとささやく。しかしそんな不思議の話も忘れ去られ、その村が持つ財産――新しく必要になったマナ石の鉱脈に目をつけた時の政府が監督官を送り込み、村は特需に沸くこととなった。野心家の監督官の耳にも、もちろん盲いた子どもが生まれるという噂は入っていた。けれど彼はどうせ辺境の村だ、近親相姦が繰り返された結果だろうと聞き入れなかった。だが、同行した彼の妻は違った。腹が膨らんで十月になるその妻は、自分の子が盲目であることを恐れた。監督官は名神だと慰めたが、しかしどういうわけか、彼女が産んだのは目が見えない子どもだった。長女も、長男も、今妊娠している子どもももしかしたら。恐れた妻は、魔法舎に書状を送った。この村にかけられているかもしれない呪いを、どうか解いて欲しいと。
「という依頼が来ていまして……。すっごく切実らしくて、できたら監督官さんの奥さんが出産するまでに村の不思議を解明して欲しいらしいんですが、ミスラさん、出来ます? ルチルはそのお手伝いをお願いします」
「出来ないわけないじゃないですか、俺を馬鹿にしてるんですか」
今日も魔法舎は騒々しい。授業が終わったと思ったらミスラさんに依頼が舞い込んで来て、中庭でちょうちょをスケッチしていた私もそれに巻き込まれた。ちょっと大変そうな、そんな依頼が。
ミスラさんは力が強くて、私は弱い。それでも私たちがセットで扱われるのは、ミスラさんのコミュニケーション能力に難があるからだった。ミスラさんは大変強い魔法使いだし、能力も高いし、めざといし、あ、これは悪口か、とにかくまぁ、私なんかが敵わないくらいすごい魔法使いなのだけれど、北の国の人というだけあって、力こそ全てって感じで愛想が悪かった。そこで力は弱いけれど、人と魔法使いを繋ぐことに関しては前に出る魔法使いがいない南の国の私が同行する、というわけだ。
「目が見えないくらいいいじゃないですか。死ぬわけでもなし。それに失礼ですよ、目が見えない人たちに。それに呪いだなんてでっちあげですよ」
「珍しいですね、ミスラさんが呪いにそんなことを言うなんて」
「俺だって目が見えない人と関わったことはあります。彼らは誇り高かったですよ。指で字を読み、博識な人も多かった」
賢者様に依頼を受けることを了承し、ミスラさんが呪文を唱えて目的の村に辿り着いた時、彼はちょっと憮然としたふうに言った。確かに、南の国でもたまに目の見えない子どもは生まれた。でも、それが呪いだなんて思う人はいなかった。南では、目の不自由な子どもは、神祇の力を持っていると言われ尊重されたから、過酷な開拓生活でも苦しむことはなかった、というのがあるから、依頼を寄越した監督官の妻が住むその村とは、また事情が変わってくるのだろうが。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
独特なでこぼこの文様があちこちに描かれた村で私たちを出迎えたのは、紳士然とした使用人だった。あたりにはマナ石の鉱脈を掘る労働者が汗だくで働いていたが、彼は少しも息を乱さず、監督官のために作られたのだろう屋敷に私たちを案内した。私はその屋敷で監督官を探したけれど、その使用人によれば坑夫たちの指導に行き、今はいないという。それに依頼をしたのは彼でなくその妻であり、話は奥様からお聞きください、と、あたたかな紅茶を入れ、冷たい声で言った。
「こんにちは、賢者の魔法使い様たち。依頼を受けてくださってありがとうございます」
しばらく待っていると、腹の大きな女の人が使用人に手伝われ、ゆったりと歩いて来て、私たちの前のソファに優雅に座った。彼女の周りに子どもたちの姿はない。大人の話なのだから当たり前かもしれないが、ここに来て私は子どもの声を聞いていなかった。彼らはどうしているのだろうか?
「いいえ、お手伝いできることがあればいいのですが……」
「呪いを解いていただければそれでいいのですわ。賢者の魔法使い様たちも知ってらっしゃいますでしょう? 昔この村の住人が、かつての権力者の目をくり抜いて財産を奪ったって」
「よくある話ですね、でもここに来るまで盲目の人たちは見ませんでしたよ」
ミスラさんが言う。そういえば、この村は盲目の人たちがよく生まれると聞いていたのに、そんな人たちは見なかった。どうしてなんだろう。
「それは、皆が家にいるからです。マナ石の鉱脈に間違っても入ってもらっては困ると夫が言いつけましたの。今は鍼や按摩や歌でも習っているんじゃないかしら」
「あなたの子も?」
ミスラさんのその言葉に、監督官の妻は顔色を変えた。
「いいえ、そんな下品なことは……。ねぇ、賢者の魔法使い様たち。呪いが解ければこの子は盲いた子にはなりませんよね? 上の子どもたちの目も治りますよね?」
他の盲目の子どもたちを卑下しておいて、監督官の妻は腹をさすり、媚を売るように言った。ミスラさんは何かを言いかけたけれどやめて、紅茶に口をつけ、ビスケットを齧った。
「そうですね、でしたらその昔話をこちらで調査してみますね。何か分かるかもしれませんし」
私がそう言うと、ミスラさんは確証もないのに引き受けるなと言うのか、疲れた目で私を見た。
それにしても盲目か。もし私の目が見えなかったら、私はミスラさんに恋をしただろうか? いや、きっと、絶対に恋をしたな。ミスラさんは確かに濡れるように美しい人だけれど、私が愛したのはもっと根源的な、無関心なのに誰よりも優しいところだったから。きっと私は人間でなくたって彼に恋をしただろう。
「それでは、滞在中はこの屋敷をお好きにお使いください。それから、ことはなるべく早くお願いします。……お医者様に言われていますの。もうそろそろだって」
監督官の妻は苦しそうに言った。五体満足に生まれて欲しいと思うのは子を産む母親全員の願いだ。それに盲目の子どもが二人続き、村には呪いの言い伝えもあった、そして村人には盲いた子どもが通常より多かった。それでナーバスにならない方が難しいだろう。
「分かりました。夕食はフルコースにしてください。東の国の料理人に負けないくらいの。すぐに片付けて差し上げますよ」
ミスラさんが自信満々に言う。それは何か、あてがあるような言い方で、私は口をつぐみつつも、何かあるな、と思った。きっと、ミスラさんは何か勘づいている。言わないだけで、何か勘づいているのだ。
監督官の妻にどうかお願いしますと言われ屋敷を出て、私たちが向かったのはどういうわけか鉱山に近い山だった。あまり近づいては監督官に何を言われるか分からないと私は冷や冷やしたけれど、ミスラさんは「それじゃあ掘り返しますか」と言った。掘り返す? 一体何を?
「何を掘り返すって顔をしてますね。墓ですよ、ルチル」
「え? ここ、お墓なんですか?」
「この村には、盲目の人々が読む文字がたくさんあります。ほら、あれとか」
ミスラさんが指差した先には、独特の、でこぼこした文様が描かれた石があった。でも、どう読めばいいのか分からない。ミスラさんは、あれが読めるのだろうか。
「あれは代々の村長の墓ですね。昔、出会った人に教えられたんです。その人が読んでいたのがあのでこぼこの文様でした」
「すごいです! ミスラさん!」
まるで外国語のような文字(に段々見えて来た)をなぞり、私は代々の村長のお墓に挨拶をした。こんにちは、掘り返しますが許してください、って。
「そしてあれが、この村を豊かにしたかつての権力者の墓です。古びていますが、花が飾られているし、大切にされているんでしょうね」
ミスラさんはそう言って、一番苔むした墓に向かって呪文を唱えた。
ぼこ、ぼこ、ぼこ。不思議な、泡が弾けるみたいな音が鳴って、ミスラさんが唱えた呪文は苔むした石を転がした。そしてかたく閉ざされた石室が動く音がして、じゃらじゃらと鎖の音が鳴って、見たこともない骨が現れた。
「え……」
私は声を失ってしまった。遺体を、骨を恐れることは不敬だと分かっていても、それは恐ろしいものに見えたのだ。そう、その骨には、いや、その骨の頭蓋骨の目の穴には、何十にも鎖が通されていたから。
「恐れる呪いじゃありませんよ。子どもの数割の目の代わりに、幸運をもたらす単純な呪いです」
「じゃあ、あれを引き抜いたら……」
「多分、みんな目が見えるようになるんじゃないですか? 俺の感覚ですけれど」
ミスラさんは興味がなさそうに言った。
でも、誰がそんな呪いをかけたのだろう? 言い伝え通り、村人がかつての権力者の目をくり抜いて財産を奪い、さらに財産を追い求めて子どもを差し出したのだろうか? でも、どうしてそんなことを? マナ石の鉱脈と何か関係しているのか?
「マナ石の鉱脈について考えてますね。あれは多分すぐに底をつきます。この呪いは、まじないは、あれを触媒にしていますから、俺が鎖を引き抜かなくたって、掘り尽くしたらみんな目が見えるようになっていたでしょうけどね」
「え? そうなんですか? それ、監督官の奥さんには……」
「言いませんよ。迷信深い金持ちです。賢者の魔法使いに助けられた方が、ある日突然子どもの目が見えるようになるより喜ぶでしょう」
「そんなものですかね……」
私たちは骸骨の目の窪みの中から鎖を引き抜き、呪いを解いた。すぐに効力は現れるだろう。そんな気がする、ごく簡単な呪いだった。
でも、かつての権力者は死してもなお搾取され続けたわけだ。それは少しかわいそうで、けれど聖ファウストと、建国の王アレクが追い求めた人間と魔法使いがともに暮らせる国を作るには、そのかつて権力者は邪魔だったのだろう。戦争とはそんなものだ、私も授業で教えることが多いから、肌身にしみている。人間の残酷さを。
けれど、そこまで残酷になれる村人を、自分の子ども、子孫の目を差し出して裕福であることを追い求めずにはいられなかった人々を、私は不思議に思った。そんなにここは貧しい村だったのだろうか? そしてまじないが終われば、マナ石の鉱脈が尽きれば、ここはまた貧しい村に戻ってしまうのだろうか?
「あなたが考えることじゃあありませんよ。いずれ全て無に期していたところなんですから」
ミスラさんが言う。手に錆びた鎖を持って、磨き上げたらいい呪具になりますと笑って。私はそれに救われた気になって、誰もいない山の中でミスラさんにキスをした。突然のことだったからミスラさんは驚いていたけれど、じきに私を愛しそうに抱きしめてくれた。木陰でキスを続けて、陽が傾いて、そろそろお屋敷に戻ろうと思った時、ミスラさんは何かを考えて私をぎゅっと抱きしめた。あなたの目が見えなくなっても、あの女のように卑下したりしません。見える目を追い求めたりしません。ただ側にいます。いつものように。
ミスラさんはそう言って、ぎゅうと私を抱きしめて、またキスをして私の手を引いた。お屋敷に向かって、歩き出しながら。
陽の光は段々と山に落ちてゆき、きらきらと光るマナ石の鉱脈に落ちてゆき、私たちはそんな中をとぼとぼと歩いた。誰かに叱られたみたいに、でも、ひっそりと二人愛し合うみたいに。
後日談として、監督官の妻は目の見える子を産み、上の盲目の子らも光を得た。村の人々も、目が見えるようになったという。これは賢者の魔法使いが起こした奇跡として各国の新聞に載り、特にミスラさんはすごくかっこいい絵姿で載り、オーエンさんに揶揄われていた。
でも、と私は思う。やがてマナ石が尽きて貧しくなる村の人々は、どうなるのだろうかと。かつての祖先の呪いが尽きた今、彼らは自力で生きていかねばならない。けれど、それが普通なのだろう。私たちのうち、恵まれた者は少ない。魔法使いがそうだと言われればそうかもしれないけれど、苦労もあるのだから。でも、それでも私たちは愛し合える。目が見えなくても、耳が聞こえなくても、五感を奪われても、きっと私たちは、愛を失うことはないのだ。
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