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時緒
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魔法使いの約束(ミスルチ)
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【ミスルチ】恵まれた川
水が豊かな村の村長が呪われたので、どうにかして欲しいとの依頼を受けて呪いを解きにゆくミスラとルチルの話。
豊かな水源を持つ村の、村長が前触れもなく病に倒れた。それも重い重い、恐ろしい病に。
だが、どんな高名な医者を見てもらっても病は一向に治らず、焦れた村民たちは普段は忌避している魔法使いを呼んだ。するとその魔法使いはこう言った。村長は呪われている。驚いた村民たちは呪いを解いてくれと言った。けれど魔法使いは首を振った。そしてこう言った。この呪いは強大だから、たとえ呪いを解いたとしても、それは伝染してゆく。病のように伝染してゆく。今は村長一人で堪えているが、村長が死んだところでやがて村民全体を巻き込み、この村は滅んでしまうだろう、と。
その予言めいた台詞に村民は恐れ慄き、村を去る者も出てきた。このままでは本当にこの村は滅んでしまう。そう思った村役は、ようやく魔法舎を頼ることに決めたのだという。
「というお話だったので、最初は呪い屋をやっていたファウストに頼もうと思ったんですが、あいにく別の依頼に出ていて
……
。なので、ミスラ、ルチル、あなたたちに頼めませんか?」
昼休み、中庭でスケッチをしていると、賢者さまはサクリフィキウムのほっぺたをむにむにといじりながらそう言った。まるで先の事件が自分のせいだと言わんばかりに、とっても申し訳なさそうに。というのもミスラさんが、アイマスクをつけて私の側でお昼寝(は出来ていないが形だけは)中だったからだろうが
……
。
「私はいいですよ。ミスラさんが一緒ならすぐに向かえますし」
「あぁ、よかった
……
。一刻を争う事態らしいんです。どうかお願いしますね」
「俺はまだいいって言ってないんですけどね
……
眠りを邪魔されて最悪ですよ」
「もう、ミスラさんは寝てないでしょう」
ミスラさんはそう言うとアイマスクを取り身体を起こし、濃いくまがかわいそうな目元をこすり、それでも美しい緑の瞳をぱちぱちとまばたきをした。眠たそうに、でもちゃんと賢者様の話は聞いていたみたいで。
「それで、その村はどこにあるんです?」
「やってくれますかミスラ!」
「まだいいとは
……
」
ミスラさんはぶつくさ言っていたが、笑顔の賢者様には敵わなかった。と言うわけで、私はスケッチを中断し、その村へと行くことになったのである。
訪れた村は、豪奢な建物が多いというのに、空気がどんよりと停滞していた。数々の水の飾りや小さな噴水、温泉があるのに、広場の噴水はきらきらと輝いているというのに、精霊の気配がない。それに病気にかからないようにするためだろう、神様を模した絵を玄関に掲げている家や、窓全てに板を打ちつけている家などが見受けられた。遊びたい盛りの子どもたちを見ることはなく、そこはしん、としていた。
そんな中、賢者の魔法使いだと出迎えてくれた村役に名乗ると、彼はほっとした顔をした。そしてすぐにでも村長に会ってくれと言う。私たちは言われるまま、誰かの視線を家々の窓や木陰から感じながら、村長さんの家に入った。そこには清められてはいるがげっそりとした老年の男の人がいて、伏せったまま、名を名乗った。
自分はこのまま死んでもいい、寿命にほど近いから悔いはない、だが村人たちに病が伝染するのは避けたい。そう村長は言い、咳き込んで寝返りをうった。
ミスラさんは最初のうち、全然喋らなかった。ただじっと村長さんを眺め、呪いの種類を探っているようだった。そして彼はこう言った。残念な事実を告げるというのに、それがまるで日々の出来事であるかのように。
「確かにあなたとあなたの村には死の呪いがかかっていますね。解くのは呪具を見つけなきゃ無理だ」
「じゃ、じゃあそれを見つければ
……
」
村役の人がミスラさんに追い縋る。だが、ミスラさんは興味がなさそうに、残酷な真実を告げた。
「呪具は相手方にあるでしょうし、見つけるのは難しいですね。
……
ルチル、ちょっとここら辺を観光しましょう」
「へ? 観光?」
「あぁ、ここいらは確かに水の村と言われています。夏にはライトアップしてそれはそれは人がやって来て
……
」
でも、去年で最後だったんですね
……
。そう村役の人は言った。私はどう言っていいか分からなくて、でも「どうにかして呪具を探してみますから」とか、「私たちが駄目でも、もっと強い方に報告することができますから」とか、慰めにもならないことを言った。
けれどミスラさんはそんな話を聞かないで、村長さんの家を後にした。私もそれに続き、ミスラさんの真意が分からないまま(呪具の魔力を辿ればいいのではないか? と私は思ったのだった。どうしてそれをしない?)、水のあふれる村の広場に出た。
ミスラさんはずんずんと歩いた。綺麗に整備された噴水を見ることもなく、山へと分け入ってゆく。私はその険しい道に続き、そして誰の視線もなくなった頃、ミスラさんがゆったりと、独特のテンポで口を開いた。
「呪具の魔力を辿って、術師を見つければいいと思っていませんか?」
「は、はい
……
」
昼間だというのに薄暗い山の中で、ミスラさんは言った。私が思っているのと全く同じことを。きっと、若輩者の私なんて、見透かされていたってことだろう。私はそれに驚き、けれどどこかで期待した。ミスラさんが何かを思いついたんじゃないかって。そう思ったのだ。
「術師を見つけても、次の大きな呪いを死に物狂いでかけてくるでしょうね。それまでに強大な呪いです。前に来た魔法使いが言ったのと同じ」
「方法は何かないんでしょうか? 改心してもらうとか
……
」
「それが出来たら苦労しないんですがね。まぁ、できるだけやってみましょう」
ミスラさんはそう言うと、険しい山を下り始めた。私もそれに続く。ミスラさんは何かを目指しているようだったけれど、それはすぐに分かった。そう、噴水の源、豊かな水源である川である。
「あ、綺麗な川
……
」
「十中八九、これが呪いの元でしょうけれどね」
「呪いの元?」
「呪いの理由ですよ。
……
ほら、見えてきた、あそこで堰き止められています。大きな人工の湖が出来ているでしょう。あそこから村は水を引いているんでしょうね。山の下の村に流さず」
あ、と思った。点と点が繋がった気がした。あちこちにある美しい噴水、柔らかな水を誇る温泉、それらをすべてあの村は独占していて、だからこそ下の村々の人たちに村長さんは呪われてしまったのだろう。
「じゃあ、あの堰き止めた湖を放てばみなさん改心して
……
」
「呪いをやめてくれるかもって? 一度発動した呪いはやみませんよ。あんなに呪うくらい、憎く思っていたんでしょうしね」
ミスラさんはまるで理解出来ない、というふうに言った。土地に縋り付く人が理解出来ない、というふうに。でも、私には分かる。南の国の粗末な土地で育ったから、そこでも大変なことがあったけれど、みんなあの土地が大好きだった。虫害が出てご飯が満足に食べられなかった時も、村を出る人はいなかった。だってみんなあの村が好きだったから。あの空に近い村で生まれて、あの虹がかかる村で育ったから。でも、私が呑気にそう思えるのは、学校まであったあの村が、それなりに大きなところだったからかもしれない。でも、この湖の先にある小さく貧しい村の人たち(これは私の勝手な想像だけれど)は、私と同じように村を愛していたからこそ、可哀想だけれどあの村長さんを呪ったのではないか。そうはしたくなかったけれど、水がなければ人は生きていけないから。
「それに、湖を放ったら、あの村の人たちの裕福な暮らしは戻りませんよ。下の村と同じ暮らしをしなきゃなくなる。それをあの人たちはよしとしますかね?」
「で、でも、死ぬかどうかってところなんだから
……
」
「みんな助かったけれど水はなくなった、となったら魔法舎が憎まれるんじゃないですか? まぁ、そんなことくらいどうでもいいですけれど。それに積年の呪いはやまないかもしれない。村長はこのまま呪い続けられるかもしれない。どうします? ルチル。それでも湖の堰を外しますか?」
「や、やってみなきゃ分からないじゃないですか! 下の村の方々には私が説得に行きます! だからミスラさん、湖を堰き止めるのはもうやめましょう!」
私は無責任にもそう言って、ミスラさんを見た。すると彼はため息をついて、呪文を唱えた。
「
……
アルシム」
ミスラさんが呪文を唱えた後、ごおお、と音が鳴って、ゆるい地響きが始まり、湖からみるみるうちに水が消えてゆく。私はそれを眺め、これで終わればいいのだけれど、と思った。
私たちは、日が暮れるまで、湖の底に水がうっすらと溜まり、枯れた川が流れ続けるようになるまでじっとその光景を見つめていた。ミスラさんは暇なのか、たまに私に寄りかかって抱きしめて、軽く挨拶のようなキスをして、水の轟音で眠れるかも、と、めちゃくちゃなことを言った。私はミスラさんを抱きしめ返して、そうだといいですね、と言った。
空が薄暗くなり、やがて星と月が見えるようになる頃、ミスラさんはもう一度私にキスをして、「これは賭けですよ、ルチル」と言った。確かにそうなのだろう。今まで富を独占して来て、呪われたからお返しします、というのもおかしいものだ。ずっと虐げられて来て、苦しんできた者からしたらちゃんちゃらおかしいだろう。でも、あの村で一人も見なかった、みんなが呪いから守ろうとした子どもたちに罪はない。どんな醜い大人たちの子らでも、彼らに罪はないのだ。山の下の村の子どもたちのように。
「ミスラさん。村長さんが元気になっても、また水を堰き止めたりしませんよね?」
それは私の懸念事項だった。改心したと思った悪者が、また悪事に手を染めることは物語でもよくある。性善説を信じる私らしくないと思うかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
「それじゃあ、村長に書状を書いてもらいましょうか。もう二度と、水源は独占しないと。そうしたら呪いは解かれると、あの人も分かってたんじゃないかな。聡明そうな人でしたよ。水源の独占の開始理由は分かりませんが、何かそうしなきゃならない理由が昔あって、それがだらだらと続いただけでしょう。すぐに慣れますよ」
「それで、その書状を山の下の村々に持ってゆく、と」
「そう、賢者の魔法使いがね。名案でしょう。今はきっと彼らは喜びの中にいます。きっと信じてくれますよ。それにあなた、人当たりがいいですから」
ミスラさんが、薄闇の中でいたずらっぽく笑う。私はそれに、もうそんなことを、って笑い返して、ミスラさんの手のひらをぎゅうと握った。
空にはきらきらと光る星と月があって、嵩が減った湖の水面にそれは映って、宝石みたいに光っていた。私はそれに、村同士の争いごとがなくなればいいのに、と思わずにはいられなかった。
結論から言うと、水不足に喘いで呪いをかけて来た山の下の村の人々は水源を独占しないことを理由に、彼を許し呪いを解いた。
村長さんを呪っていた呪具は無事破壊され、通常ならば呪い返し起こるところを、私たちが魔法で防いだ。村役の人からの手紙によると、村長さんは無事病から回復したという。今も村の政ごとの指揮をとっていて、衰える素振りは見せていないと。
水で裕福になった村はいくらか貧乏になるだろうが、それでも多くのものを独り占めするより、みんなで分かち合った方がきっといい。私が寝床でそう言うと、ミスラさんは笑ったけれど。
私はミスラさんのベッドで目を閉じて、川で遊ぶ子供たちを想像する。山の上の子どもたちも、山の下の子どもたちも、みんな楽しく遊ぶのだ。きっとそうなる、きっとそうなると願って。
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