【ミスルチ】花が咲く村

冬に咲く夏の花の蜜を吸って熱病に冒された子供たちを、救って欲しいとの依頼を受けたミスラとルチルの話。

 ある冬の日の夕暮れ時、山に登った子どもたちが遊び疲れて集落に帰って来た時、一人の少年が夏の花が咲く木を見つけたのだという。子どもたちはそれはそれは不思議がって、花を摘み、蜜を吸って笑い合った。しかしその翌日に、そのうちの一人が熱病に倒れてしまった。そして一人、また一人とその人数は増え、今では集落のほとんどの子どもが病にふせっているという。大人たちはその話を聞き、不吉な季節外れの夏の花の木を切り倒そうとした。けれど子どもたちが見つけた場所をどれだけ訪れても、結局見つけられなかったのだという。
 病に苦しむ子ら、冬に咲く夏の花、どうにかしちゃあもらえませんかね。
 
 
「というのが大まかな依頼内容です」
「胸が痛みます……
 昼食を終えて紅茶を楽しむ頃、賢者様は打ち明け話のように魔法舎に持ち込まれた事件について語った。私は驚きはしなかった。賢者様がそれほど危険でない依頼を私に割り振るのには慣れていたし(力がないと見られて少し寂しかったけれど、依頼は依頼だ、何も派手に戦うのがすべてじゃない)、ちょっとした事柄が大きな事件になることもあったから。でも、子どもたちが熱病に倒れてしまったのか。大変だな、可哀想だな、ミチルも小さい頃はよく熱を出したっけ、私は何も出来なくて、ずっと手を握っていたっけ。
「それなら、そこらへんに生えてる木全部焼けばいいじゃないですか?」
「えっ! ミスラ駄目ですよ! 今回の依頼は東の国からで、法律がすっごく厳しいんですからね! 木を切り倒したら罰金だけじゃすみませんよ! 魔法舎が敵対視されちゃいます!」
 賢者様が、私たちと同じく紅茶を楽しんでいたミスラの一言に、驚いたように叫ぶ。確かに、ミスラさんの提案は派手すぎて、実効性に欠けていた。木を焼き尽くすなんてミスラさんらしい考え方だが、木が全てなくなってしまった山というのもちょっとみすぼらしい。それに根が死んでしまえば、土砂崩れの可能性だってある。
「ルチル、お願いです。大いなる厄災の影響かもしれないから、とりあえず調べてもらえませんか?」
「はい、分かりました。賢者様、ミスラさんには木を焼かせませんから、安心してください」
 私はそんな冗談を言って、紅茶を飲み干した。病に苦しむ子どもたち、冬に咲く夏の花は、彼らの病気に関係があるのだろうか? 大いなる厄災の影響で花の周期が変わり蜜が毒になったのなら納得がいくけれど、大人がどれだけ探しても見つからないのは納得がいかなかった。
 謎は多いが、とにかくその村に行くことにしよう。幸いミスラさんは空間を切り取るのが上手いから、すぐにつくことだろう。そうしたら、子どもたちを苦しめる夏の花を、どうにかして探さなければ。
「ミスラさん、行きましょう」
「はいはい、あなたも奉仕が好きですね」
 ミスラさんが立ち上がり、呪文を唱える。私たちは食堂からのどかな村へと、一瞬のうちに移り変わる。さぁ、仕事の始まりだ。賢者様を落胆させないよう、子どもたちを少しでも早く熱病の苦しみから解き放てるよう頑張らなければ。
 
 
 魔法舎に依頼を出した村に着くと、複雑な顔をした大人たちに取り囲まれ、寄合い所にもなっている村長の家に連れて行かれた。私たちはそこで賢者様から聞かされたのと同じような内容の陳情を聞き、手をこすられ、出来る限りやってみますと、しわくちゃの手を握り返した。いや、ミスラさんは村の女の人が用意したクッキーを齧っていて、あまり関係がなさそうに家の端っこに立っていた。でも、それでもミスラさんは頭の切れる人だから、多分全員の訴えを覚えていることだろう。息子は一週間以上熱で苦しんでいる、雨粒のような汗をかき、喉をかきむしっている。うちの娘は私死ぬのって問いかけるんです、まだ七つにもならないのに、可哀想に……
 私はそんな言葉を拾い上げて、どこかに夏の花の手がかりがないか探したが、それは無理だった。だから早々に引き上げて、私たちは村長の家の裏側にある寺院と、常緑樹が生える墓場を歩いた。
「どう思います?」
「どう思うって、何がですか?」
「子どもにしか見えない夏の花ですよ。やっぱり大いなる厄災の影響でしょうか?」
「さぁ……。それにしてもこの村は長寿ですね。墓場に子どもの名前がほとんどないや。渡守をしていた時だって子どもが紛れていることがあったんですけどね」
 ミスラさんは唇に指を当ててそう言った。長寿の村、か。私が生まれ育った南の国と比べて、東の国は辺境でも栄養状態がいいから、そうであっても不思議ではないかもしれない。母様も南の国じゃなく、東の国でミチルを産んでいたら、結果は違ったのかもしれない。それは全て、私の妄想でしかないのだけれど。
「それじゃあそろそろ真面目に働きますか。ルチル、ついて来てください」
「え、ミスラさん、もう何か分かったんですか?」
「いえ、まだです。でも当たってたらいいですね。すぐに帰ってネロの料理が食べられる」
 ミスラさんはそう言うと、寺院の裏を抜け、墓場を抜け、木々が生い茂る山へと歩いていった。まだ昼間だからあの夏の花は見えない。夕暮れ時にだけ見える花。そんな花の正体を、ミスラさんは見つけてしまったんだろうか。
「証言によると、ここら辺で夏の花が見つかった。ほら、枯れかけの木の幹に縄がかかってる。大人たちがこの木を神聖視していることからも、何かあるかもしれません。そこら辺の話は、どういうわけか必死そうなのに出ませんでしたがね。それじゃあ、寝ますか」
「え? 寝るんですか?」
「暇なら、セックスしてもいいですが……
「いやいやいいです! いいですったら!」
「冗談ですよ。夕暮れ時まで待ちましょう。まだたそがれ時には早い。魔と人が交わる時刻には早すぎますよ。というわけで、俺は寝ます」
 ミスラさんはそう言って、縄がかけられた木に寄りかかってうたた寝をするふりをした。眠れやしないのに、ましてやこんな枯れかけのごつごつした木を枕にしたら無理だろうに、ミスラさんは眠ろうとした。多分可能性に賭けているんだろう。もしここで眠れたら、魔法使いは予知夢を見るかもしれないから。北の双子先生たちほどの力はなくても、魔法使いは未来を見、過去を見るものだから。
(それにしても、綺麗な顔だなあ……
 私はミスラさんの横に座って、うっすらと血管の浮くまぶたや、ふっくらとした唇を眺めた。燃えるような赤の髪は、木陰では熱さを控えている。私はそれを見て、早く子どもたちを助けたいと焦るでもなく、ただ愛しい男の美しさに見惚れていた。ただ、愛しい男に触れたくて、でもまだ昼間で、私はただ、夜の空気がやって来る時を待った。
 
 
 夕暮れ時、むくりとミスラさんが起き上がった。そして木の周りをぐるぐる回って、呪文を唱え出す。アルシム。でも、どうしていきなり? と思った瞬間ミスラさんは木を縛る縄を引きちぎり(魔法ではなく素手で引きちぎり)、またアルシム、と唱えて、右手を塞がってしまった木のうろに突っ込んだ。もちろん素手じゃなく、魔法でもって通り抜けたのだ。そしてぐるぐるとかき回して、赤い、赤い花を取り出す。
「あ、もしかしそれが……
「夏の花じゃないですか?」
「で、でもどうして木の中に?」
「大いなる厄災の影響でしょうね。甘いけれど、俺には毒じゃないみたいです」
 ミスラさんは花の蜜を吸い、そして赤い花を地面に捨てた。そしてまた木に手を突っ込んで花を引きちぎり、蜜を吸い、赤い花を捨てる。草むらには赤が散りばめられ、私はめまいがしそうになった。ミスラさんは何をしようとしているのだろう。
 ――だめ、やめて、私たちのご飯よ。
 ――そうよ、僕らのご飯さ、母さんたちが備えてくれたご飯さ。
「え? 今、声が……
「木の中から聞こえましたね。お前たちはあの村の子ですか?」
 ――そうだよ、いや、そうだったよ。
 ――私たち、七つになる前に死んじゃったからここで眠ってるの。そろそろお友だちが出来そうよ。楽しみね。
 ――うん、楽しみだね、すっごく楽しみ。
「だ、駄目ですよ、みんな苦しんでるんです! あの子たちを解放してあげてください!」
 この声の主は、きっとこの木に捧げられた死した子なのだろう。七つになる前に死んだ子は、東では神の領分とされる。だからその神聖な子どもたちをこの木に捧げて、村は長寿を得たのだろう。簡単なゲームだ。残酷で、簡単な。
 ――いやよ、どうしてお友だちが増えたら楽しいじゃない。
「あの子たちのお父さんやお母さんが心配しているんです! きょうだいも! どうか、許してあげてください! あなたたちのご飯を食べちゃったことは、きっと何も知らなかったからなんです!」
 ――でも黄泉の国のご飯を食べちゃったわ、もう無理だわ、ふふふ、ふふふ、そこのお兄さんももう無理よ……
 ――僕たちには何も出来ないよ。ただあいつらが死ぬのを待って遊ぶんだ!
 話が通じない。私は戦慄する。ミスラさんまで連れて行かれるというのか?
 そんなのはいやだ。でもミスラさんはそんな私を見て、その次に声のする枯れかけの木を見て、アルシム、と唱えた。そして花を次々に引きちぎると、悲鳴が聞こえ始めた。花でなく、子どもらの腕が、ぼろぼろに痩せこけた腕が、ずりずりと引きずられ出してゆく。
「ミスラさん?」
「別に消してしまってもいいんですが、あなたはそういうの嫌でしょう。だから解決してあげます。あの墓場に、全員を埋めて差し上げます」
 ――やめて、やめてそんなことをしたら!
 ――そうだよ、この村が駄目になっちゃうよ!
 私はその言葉に、子どもたち、いや、かつて子どもだった死児の優しさを見た気になった。自分たちを神様であるこの木に供えた親を、この子らは許しているのだ。ただ大いなる厄災に影響され、友だちが欲しくなってしまって、無邪気に引っ張ってしまっただけで。
 ずるり、ずるり、骨が木から出てくる。ミスラさんは顔色ひとつ変えない。ミスラさんは北の国で死体と向き合う仕事をしていたからかもしれない。だからか、いつもより慈悲深く見えた。
 ミスラさんは全ての子どもたちを引きずり出すと、魔法で列を成させ、寺院の墓場に埋めていった。私たちがその作業をしている最中、村は静まり返っていた。誰もが、何をしているか知って、自分の罪を知って、祈っていた。自分の子どもだけは助かるようにと。
 どうか、自分の子どもだけは助かってくれるように、と。
 
 
 木に捧げられた子どもたちを寺院の墓場に埋めると、熱病に浮かされた子どもたちは回復した、と、魔法舎に手紙が届いた。ありがとうございます、とも。私はミスラさんの仕事を見た気になって、少し寂しく、けれど誇らしくなって、手紙を読んだ日の夜は、いつもよりずっと彼を求めた。しかし、ミスラさんは私がどれだけ褒めても、いい顔をしなかった。
「ルチルはあの村が滅びても嬉しいですか?」
「え?」
「子どもを捧げて、栄えていた村です。いつか同じようなことをする者が出るか、離散するかしか彼らには道はありません」
 ミスラさんはそう言って、私をぎゅっと抱いた。でも、でも、と思う。魔法舎に依頼を出した時点で、あの人たちは自分たちの人生より、子どもの人生を選んだのじゃないかって、そう思うのだ。私が自分よりミチルの人生を尊ぶように、ミチルを血肉を分けた兄弟として愛するように、彼らも古い因習を捨てることを選んだのではないか。そんなの、私の妄想でしかないけれど。
「いろんな人生があります。私は、ミスラさんの人生を知るみたいに、様々な人と関わって、知っていきたい。助けてあげたい、この力に意味があるんなら……
「あなたって、本当にお人よしだな」
「ミスラさんこそ」
 私は笑って、ミスラさんの額に口付ける。そうしてミスラさんは私をもう一度ぎゅうっと抱きしめて、そうして夜の香りの中、何度も、何度も私を抱いたのだった。