Rainy candy(レイニー・キャンディー)

2100字ほど 一次創作BLのss.0027 俺×彼 放課後、雨宿りの境内で、飴をあげようと言ってくる男

 放課後、急な雨で、神社で雨宿りをしようと思って境内を小走り、屋根のある建屋の端まで来て、先客が居るのに気づいた。

 その人物は建屋のへりに、いわゆるヤンキー座りのような、しゃがみこむような体勢で膝を立てて座って、膝に置いた腕から手をだらんと垂らしていた。
 スウェットの生地の上着の、フードを深く被っていたので、顔がよく見えなかった。
 姿だけなら、若い男に見えた。

 狭い場所で、並んで雨宿りをするのを少しためらったが、俺は仕方なかろうとやや離れて、へりに腰かけた。
 何も声をかけなかった。
 ここで「となりいいですか?」なんて言うのもおかしい話だ。
 向こうも、こっちのことなど、どうでもよさそうな、離れて座った奴の存在を気に留めるような空気も感じなかった。
 雨が街を打つ、激しく雨粒が屋根を叩く音だけがして、境内の景色は降り続く雨のもやに滲んでいた。
 はやく止まないかなと俺は携帯を見ていた。
 やや離れたとなりの様子を一瞬、うかがうと、向こうも、さっきは垂らしていた手に携帯を掴み、フードを被った頭をかしげるようにしてのぞいていた。


「にーちゃん、飴あげよっか?」
 低音の、なんとなく、雨音と相性の良い声だなと感じ、しかしいきなり、大阪の人みたいなことを言ってくるなと思った。

 だが、あげよっかと言っているのに、飴をあげたいような雰囲気もない、大きなひとり言かと勘違いしそうになる、退屈そうな口調だった。

 いいえお気遣いなく、とか遠慮しますとか要りません、と言うのもおかしいかとそっちへ視線をまともにやり、俺は何か言いかけた口を閉じた。
 相手はこちらをまったく見ていなかった。
 どこかから飴を取り出す動作もない。
 携帯を握って、持ち上げていた手を下ろし、怠そうに揺らす。

 言っただけ、か。
 そういう、気まぐれの人間というのは世の中にはいる。

 俺は意識をまた携帯の画面に、スクロールして、動画でも見るかと思い、やや離れたとなりからカッシャンというような金属音が聞こえた。

 相手の腰のベルトの飾りのようなチェーンのずれる音だった。
 へりのきわを、スニーカーで歩いてくると、すぐ横にどかっとかがむように座る。
「飴、要らない?」
 まったく、飴をあげたいと思ってなさそうな口調のまま、ポケットからごそごそと出してきた手のひらの一粒の飴のパッケージを見下ろして、俺はフードを被ったままの相手の鼻筋から唇の表情を観察した。
 ちょっと笑っているようにも、ただへの字に曲げているようにも見える。
 飴のパッケージは市販されているものだったが、俺は対応を、即断しかねた。

 相手はなかなか俺が飴に手を出さないのを、への字から、つまらなそうな唇になった。飴を手のひらに握りこんで、相手は俺のすぐ横で、今し方離れた座っていたのと同じ体勢に座り直した。
 しばらくがあった。
 
「さくらどろっぷすって曲、知ってる?」
……ずいぶん昔の曲ですね」

 俺は答えてしまった。が、そこから会話が始まることもなく、相手はそれきり、降りしきる雨に顔を上げるような、後ろ手をつく体勢になって、黙った。

 どうしたらいいか、わからなかったから、俺は携帯を掴む手を腿に、相手といっしょに雨を眺めた。

 くしゃくしゃとパッケージを破る微かな音がしておもわずそっちに目を動かす。
 フードを被っている相手が飴を薄く開いた唇に押しこむように入れるのが見えた。

……あめ、……ほんとに要らない?」

 こちらを向いて、口をもごもごさせながら、言ってくる。まったく、飴をあげたそうな口調じゃないまま。
 これだけ言われると、「……じゃあ、いただきます」とは言わなかったが、俺は曖昧にうなづくような首の動きで、携帯を握っていないほうの手を差し出した。
 あげたいとも思っていないかんじの指が伸びてきて、一粒、さきほど見せられたのと別の味と思われる色のパッケージの飴が俺の手にのせられる。

 それで、俺はその飴を、手のひらに持て余して、何もしないで、ついでに「ありがとうございます」と言うタイミングもどこかにいってしまう。
 ただ軽く握ったような手で、ふたたび携帯を握った手を返してその画面に意識を、やるフリをした。

 フードを被っている相手の視線は感じたが、特にリアクションしない俺を、気にするでもない空気で、頬をもごもごさせている。

 降る雨の勢いが、だんだん弱く、激しく打ちつけていた音が緩慢になっていく。

 止む気配に、先に腰を上げたのは、俺ではなかった。
 へりにつけていたスニーカーを地に着けて、立ち上がる。
 やわらいだ雨の、境内を歩き出した。
 フードを後ろへ摘まみ引いて脱ぐのと、合わせたように、いちど振り返った。

 細く、パイン味の飴玉に似た色の髪の毛が、ふわとフードにくっついて浮いたように乱れて広がる。

 気まぐれで、そこにあるもので退屈しのぎをしそうな雰囲気の二十歳そこらくらいの、端整な顔立ちの男だった。ニヒルに笑ったような、あらためて挨拶をするような表情を浮かべ、俺を見つめて、パーカーのポケットに両手を突っこみ、去っていった。



 一年後に、俺はこの雨の飴男と大学入学後に始めたアルバイトの場で、再会した。
……あー、あのときの飴の人って思ったでしょ、今」
 と、にっこりと笑った。