はとこ
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一年越し

ミルアイ ミルラビ卒業済み、アイは三年生。付き合ってないけど両片思い。#翔藍春待ちチャレンジ

 ショウからそのメッセージを受け取ったのは、部屋で最後の追い込みをやっている時だった。

『今、外出られるか? お前ん家の前に来てるんだけど』

 それに返信するより先に体が動いた。お母さんに「消しゴムがなくなったから買ってくる」と適当な言い訳をして外に出れば、ピンクのスマホを手にしたショウが門扉の向こうに佇んでいた。
「久しぶり。ごめんな、こんな時間に」
「う、ううん……っていうか、インターホン押してくれて良かったのに」
「いや、それだと中に通されそうだったからさ。受験前日の大事な時間を削らせるわけにはいかねえし、用って言ってもこれを渡すくらいだし」
 門扉から出ると、ショウがぐっと握りしめていた右手をボクの前に差し出した。
 そっと開かれた手の中には淡い紫色の布地のお守りだった。
「これ……もしかして、作ったの?」
「ああ。って言ってもオレ、裁縫なんて全然しねえからさ、すげえ時間かかっちまった。でも、絶対お前に渡したいって一年前から思ってたから」
「一年前って……
「そう。お前がオレの受験祈願に作ってくれたお守り。あれをお前からもらった時、すげえ嬉しかったし、ちゃんと合格できたからさ、一年後はオレが贈るんだって決めてたんだ」
 ほら、と促され、ボクはおずおずと両手を差し出す。そっと置かれたそのお守りは側面がいびつな縫い方だし上部に結ばれた赤い紐はちゃんと縁起のいい形にはなっているものの少しゆがんでいる。中央に書かれた勢いのある「必勝」は何度も書き直したのか、うっすらと残る下書きがそれを物語っていた。
「お前が一年前にくれたコレと比べたら全然ショボい出来だけど……でも、周りから一浪はするんじゃねえかって言われてたのにちゃんと現役合格したオレが作ったお守りだから、きっと効果はあるはずだ。何より、オレは絶対お前が合格できるって信じてるし」
 寒さで赤らんだ鼻で、ショウがにかりと笑う。
 その笑顔を見るのは夏休みの最後の週、短い時間だったけど行きつけだったカフェで再会した時以来で――本当に久しぶりに会えたんだなって実感が今更沸いて、目頭が熱くなった。だって、卒業してからはお互いに時間が合わなかったし、「ただの友だち」なのに、頻繁に会いたがるとおかしいと思われちゃうかなって連絡も控えていたから。
 だから、このタイミングで会いにきてくれて。しかも、一年前ボクが悩みに悩んで贈ることにしたお守りがきっかけなんて――嬉しくないわけがない。
 いろんな気持ちが溢れてうまく言葉にできないでいたら、ショウがふと視線をそらして「あのさ」と少し小さな声で切り出した。
「それ、お前が絶対合格しますようにって気持ちも込めて作ったんだけど……もう一個込めてることがあるんだ」
「え?」
「正確にいうとお前に対してじゃなくて、オレが……その、お前にずっと言いたかったこと言えるようにっていう願いもあって……それは、その、お前がちゃんと合格したら言うつもりなんだけど」
 どんどんと小さくなっていく声。でも、しんとした夜の空気のお陰か、それとも過去の自分にも重なる内容だったからか、ボクの耳にはしっかり届いた。
 ボクも、同じだった。
 ショウにお守りを渡して、それで彼がちゃんと合格できたら。
 その時にボクは彼に自分の本当の気持ちを告げるつもりだった。「ただの友だち」では嫌だ。君の特別になりたいんだと。
 結果、ショウは合格した。だけど、ボクは言えなかった。
 神頼みをしても、ボクは勇気を出せなかったんだ。
 それもあったから、尚更卒業したショウに「会いたい」と自分から連絡ができなかった。
 でも、ショウも同じようにお守りを作って、そこにボクの合格と自分の願いを込めてくれていて。
 その願いが何か――ボクと目を合わせず、鼻だけじゃなくて頰も耳も赤くなっていく彼を見たら、分かってしまった。
 お守りを受け取った時以上の喜びが湧いて、ボクは思わず口を開く。
「ありがとう」
「えっ」
 ショウが弾かれたようにボクを見る。まん丸に見開かれた青い目を見て少し冷静になったボクは、慌てて首を横に振った。
「あ、その……お、お守り作ってくれて、ありがとう。嬉しかった」
「お、おう。喜んでもらえて良かったよ……
 ショウが赤い頰をかきながら笑う。そんなショウにボクは心臓を高鳴らせながら、お守りをぎゅっと握りしめた。
 一年前、萎んでしまったボクの勇気を、もう一度震い立たせて。
「あのね、ショウ。ボク、合格したら君が言いたいこと、ちゃんと聞きたい」
「お、おう。そうしてくれると嬉しいけど」
「でもね、ボクも言いたいことがあるんだ。本当は一年前、君が合格した時に伝えるはずだったんだけど、できなくて」
「え……お前、それって……
「でも、今年はちゃんと言うよ。絶対、言うから……君も、聞いてほしい」
 ボクの一年越しの思いは、ショウに届いたみたいだ。青い目がきらりと瞬いて、口元にふわりと笑みが浮かんだから。
 でも、今はそれをはっきりと言葉に出すべきじゃないと思ったのか、首を振って表情を引き締めると、ボクをまっすぐに見つめて告げた。
「分かった。じゃあ、まずはお前の合格を祈ってる」
「うん。合格したら、一番に君に知らせるよ」
「ああ。そしたらオレも、すぐにお前のところに行って伝えるよ」
 うん、と返した声にはもう隠しきれない喜びが溢れていたけど。今はまだだめ。
 必ず合格して、今度こそ思いを伝えるその日まではこのお守りの中にしまっておくんだ。