【カミ東】べったり甘えたは気紛れ様

中々おねがショタに甘えてくれないので、ご都合主義猫化したおねがショタに甘えてもらうお話。
カミ東編。※この二人付き合っておりません。

マンションに入居してから習慣化された日常生活。決まった時間に目覚め慎ましやかな朝食を取り出勤日であれば仕事着に着替え出勤する。
食べ終わった食器を重ね持ち腰を上げ、壁に掛けられたカレンダーを改めてカミキリが見遣る。出勤の印が描かれていないまっさらな空白。何の予定も入れていない。流しに食器を置き泡立てたスポンジで洗いつつ如何過ごそうか考える。指先から手全体に伝わる冬特有の冷たい水の感触。それが徐々にお湯になっていく感覚がまた指先から手全体に伝わっていった。
水切りラックに洗い終わった食器を置き、さて手を拭いて食器を拭こうとした矢先のこと。玄関のチャイムが鳴った。
この朝早い時間帯に誰だろう。カミキリはひとまず手をタオルで拭きドアスコープを覗かず玄関扉を開けた。

「はよー。カミキリさん朝早くにごめんね」
「ど・・・」

本来出るはずだった疑問の言葉は朝早く現れた訪問客の姿を見てものの見事に喉奥に引っ込んだ。
カミキリの大きな瞳に映り込む”普通の”人体にはありえない特徴がこれでもかと主張している。
「いやさあ。ついさっきそこにいた猫と遊んでてよ、急に飛び付いてきたと思ったら私の胸の中に入っちまって」
まるで自分の置かれた状況の危うさをちっとも理解していない東雲の暢気な態度。いや~まいったまいったと云わんばかりの右手で後頭部を掻く仕草に、カミキリの宵闇色の瞳が黒々と染まり右掌からずるりと刀身を出した。
「大家サんの中にいるノ引き摺り出して刻めばイイ……?」
雲間から差し込んでいた日光が再び雲に隠れ周囲が薄暗くなる中、カミキリの柔らかな白い癖っ毛が淡く光を帯び始め、彼を中心とした気温が一気に下がっていった。異質な気配と畏怖に塗れた声色。霊感が一切ない者でも逃げ出したくなる気持ちを抱かせるほどの威圧感をカミキリが放つ。
が、東雲に対しては全くと言っていいほど効いていない。なんなら彼に対する態度も普段と変わりない。
「刻むって、んな物騒な。そんなことしなくても、なんか”ココ”にいる猫満足すれば出てってくれるってよ」
親指で自分の胸をトンっと叩く東雲にカミキリが前髪で見えない眉根を顰めた。
「だから協力してくんない? な?」
乾いた音をさせ合掌した東雲が深々と頭を下げる。その姿は神に祈る人間そのもの。とても見慣れた、見慣れていた光景にカミキリは鼻で小さく息を吐き右掌から出ていた刀身を引っ込めた。
「──分かっタ」
「ほんと? 助かるゥ、恩に着るぜ」
不承不承で了承するカミキリに東雲の笑顔が弾ける。
自分の部屋に東雲を招き入れる頃、雲に隠れていた太陽が顔を覗かせ再びその温かな日差しを落としていった。



「何デ僕のとこニ?」
単純な疑問の裏側ちょっとした期待を隠してカミキリが問い掛ける。玄関の鍵を施錠している間に、さっさと部屋に上がっていた東雲は、さも何てことのないように答えた。
「カミキリさんの部屋が近かったから」
カミキリの胸の奥もしかしたら頼りにして来てくれたのでは、などという仄かな期待は音も無く霧散した。無意識の内にそうなのだろうと思い込んでいた気持ちは大きく、玄関を上がってからカミキリの目には部屋の床と東雲の裸足しか見えなかった。
「こんな格好ほかの人には見せられないっしょ」
トラ柄の猫耳と尻尾を東雲自ら触って苦笑を漏らす。その姿をカミキリの視界には映っていないが、気配だけでなんとなくそうしているのだろうと察した。
じんわり浮かび上がる新たな疑問。やや顔を上げるも未だ顔を俯かせたままカミキリが上目遣いで彼女を見上げる。
……僕にはイイの?」
「んー。カミキリさんならいいってか、カミキリさんなら大丈夫って思ったから来たってやつ?」
東雲自身上手く説明できず腕を組み首を傾けるのに合わせトラ柄の尻尾も揺れた。
その言葉を聞いたカミキリは俯いていた顔を完全に上げ宵闇色の瞳の中に光を瞬かせた。自分は東雲にとって信頼出来る相手に値する存在。それだけで先程まで澱んでいた気持ちが一気に澄み渡る。
「お茶用意スル」
「あ、お構いなくー」
そのお陰か来客用の湯飲みやらを用意するカミキリの顔が柔く綻び、何度も東雲が言った言葉を脳内で反芻し続けていた。

熱いお茶をちびちび飲み切り人心地ついた東雲が湯飲みをちゃぶ台に置いた。
「さてと、どうすっかねェ。満足させるにしても何すればいいんだ?」
行儀悪く両足を投げ出し、両手を背中側について天井を仰いでいる彼女を横目で見ていたカミキリは徐に二人分の湯飲みとちゃぶ台を片付け始めたかと思ったら、何やら持って東雲の前に腰を下ろし正座した。
なんとなしにカミキリの右手を見ていた東雲が次の瞬間目を瞠った。というより目が離せなくなった。
カミキリが右手に掴んでいる──、猫じゃらしが東雲の興味を引くように動かされている。夜明けを告げる瞳にはもう猫じゃらししか映っておらず、神社の猫たちと遊んだ経験をフル活用するカミキリの猫じゃらし使いに視線と言わず彼女は顔まで動き出した。
東雲が息を潜めるなり蹲る要領で背中を丸め、腰を振り生えた尻尾を揺らめかす。きゅっと丸まった指先が畳の上に置かれているが、手を出したくてうずうずしているのがカミキリの視界にも入った。
緩急をつけて目の前で振られる猫じゃらし。閉じるのを忘れた東雲の口から興奮した息がはーはーと漏れ、瞳孔はガン開きである。
だが、最後の最後に人間としてのプライドが邪魔しているようで東雲は猫じゃらしに飛び付く一歩手前で踏ん張っていた。
中々飛び掛からない彼女にカミキリは焦ることなく、目に視えないが確実にプライドをじりじり削っている感覚に目尻を赤く染めている。
そして、その時は呆気なくやって来た。
「あ、あ、ああっ」
シュッ、シュッ。今まで床を這うように動かされていた猫じゃらしが急に空を浮いた途端、東雲は辛抱たまらず飛び掛かった。念願の捕まえたかった猫じゃらし。掴むため伸ばされた東雲の手から猫じゃらしがあと一歩のところで逃げて行ってしまう。
逃げていく猫じゃらしを東雲が追い、東雲の手からギリギリのところで躱すカミキリの攻防戦は大盛り上がりを見せた。畳の部屋をめいいっぱいに使い縦横無尽にする追いかけっこ。はっきりいって近所迷惑待ったなしの賑やかさだが、幸いなことにカミキリの隣と上の階にいる住人達は丁度留守だったのでクレームの類は一切起きなかった。
「猫がっ、なんでっ、こんなのにっ、飛び付いて遊ぶのかってっ、思ってたけどっ、めっちゃ面白いっ」
興奮気味に今の感情を言葉に変換しながら猫じゃらしを追う東雲は心底楽し気で、上がった息でさえも楽しさの一部と化している。だが、体力は無尽蔵ではないため早々にバテてうつ伏せに突っ伏す東雲。その彼女の傍で正座をしたカミキリがそろり彼女の頭に手を伸ばした。
「あぁ、きもちー。もっと撫でてー」
カミキリの撫でる手に合わせ猫の耳を倒した東雲が目を閉じた。小さくも男らしい手が頭を撫でる心地よさ。柔くて優しい手つきに東雲はカミキリの腰元に手を回し額を腹部に擦り付けた。危害を加える気なぞ毛頭ない神様の掌から齎される安心感はいつの間にか東雲の喉を鳴らすまでに至った。
「(喉鳴ってる、本当に猫ミタい)」
額をすりすり。喉をごろごろ。普段の東雲の姿から想像できない甘えっぷりにカミキリは目を眇め、頭を撫でていた手の指先で彼女の顎下を擦る。
カミキリの未成熟な指先の動きに合わせ東雲が喉を晒す。
喉を鳴らしているのだからその内鳴き声のひとつやふたつ聞こえてきそうだ。そう胸中カミキリが呟いていると、東雲がゴロンと仰向けに転がった。上着の裾からチラリ覗く無防備なお腹。所謂へそ天状態の彼女にカミキリも手を伸ばしてそっとひと撫でした瞬間、ぴたりと動きを止めた。止めざるを得なかった。
東雲は猫であって猫ではない。猫と同じように腹を撫でたところで、自分が東雲の腹を撫でるのには変わりない。直接腹に触れた掌から伝わる肌の柔らかさと温もりにカミキリの頬と耳に朱が走る。
意識してしまったが最後。カミキリの鼓動は速く大きくなるばかり。せめて、手を離そうとすれば不服そうな東雲の唸り声が鼓膜の奥へ入り込む。
カミキリがやおら視線を東雲の腹から声がした方へ向ける。唇を不満げに尖らせた東雲と目が合った。
「もっと撫でてくれよ」
「え、あっ、ヤ……
「カミキリさん」
「~~~ッ……
むうっと催促する東雲におされたカミキリは、顔を赤らめ掌を上着の隙間潜り込ませ彼女のなめらかな肌を撫でた。控えめに極力意識せず、やわやわ撫で続けるのに合わせ触ってはいけないという思考が触り続けたいという欲求にすり替わる。
撫で方は猫にするのと大差ない。大差ないが、撫でるたび東雲の口から「きもちー……」という声がカミキリの思考と心を忙しなくさせる。
無駄な足掻きだとしてもカミキリは必死にその声から耳を逸らして撫でていたが、更なる試練が彼に襲い掛かってきた。
「もっと上も撫でて」
「う、エ……?」
確認も含めた意味合いでカミキリが訊けば、東雲は薄っすら開けていた目を閉じ「ん」と一言だけ答えた。
上、上と言われればそうなのだろう。普段汗を掻かないカミキリの額と頬に汗が滲む。
躊躇していた手を指先を上着の中へ更に潜り込ませ上へと這い上がらせる。東雲の上着の下にある自分の手が動くのに合わせ膨らむ光景にカミキリは息を飲んだ。ゆっくりゆっくりと這い上がった先、もとから膨らんでいた上着の膨らみにカミキリの手の膨らみが合わさりかけた時、今己自身が何をしているかに気が付き勢いよく上着から手を引っこ抜いた。
東雲の肌に触れていた手を抱き抱え、指先に僅かに触れた感触にカミキリの息が詰まった。
「んだよー。撫でてくれないのかよー」
ケチ。撫でてくれないなら用済みだと云わんばかりに東雲は上半身を起こして掃き出し窓から見える小鳥の姿を目で追い、そのまま立ち上がって窓にべったり張り付いた。
「流石に鳥追っかける気にはならな、追っかけてェな」
鼻息と吐息で窓が白く曇っては透明になるのをくり返す。東雲の猫染みた気配を察してか、飛んでいた小鳥はそそくさと彼女の視界から逃げるように消えていった。
また興味の対象が消えてしまい東雲の意識がカミキリに向けられる。自身の手と睨めっこしているカミキリを余所に東雲のトラ柄の尻尾がピンっと立ち、うずうずとした表情を隠さず四つん這いになり半ば頭突きをするかたちで彼の頬に額を押し付けた。
「頭だけでもいいから撫でてくれよー」
うりうりと額と頬を摺り寄せる東雲に、意識が少しばかり飛んでいたカミキリが戻ってきた。恐る恐る固まっていた手を動かし、頭と背中を撫で擦る。
「あー、きもちィー」
東雲が至福だと云わんばかりに喉を鳴らす。そんな彼女に未だ心が落ち着かないが、カミキリは宵闇色の瞳を瞼裏に隠して自身の心臓の音と喉を鳴らす音に耳を澄ませた。
指先と掌に伝わる東雲の髪を撫でている感触。滅多に味わえない距離の近さ。今後あるとは言い切れない甘えている東雲にカミキリは気付かれぬよう髪に顔を埋め自らも頬擦りした。
「(大家サん、可愛い……)」
身を預け凭れ掛る東雲の両腕がカミキリの首元にやんわり絡みついて離れない。安らぎを感じる重みと温もりがカミキリの心臓を穏やかにしていく。耳元で聞こえる喉を鳴らす音と間の抜けた東雲の声。やっと変な気持ちが収まってきたというのに、無情にも次なる好奇心がカミキリに襲い掛かる。
背中の稜線に沿って撫でていた先、東雲の感情に合わせ尻尾が揺れていた。
「(……そうイエば)」
尻尾の付け根。お尻をトントン叩かれるのが好きな猫を思い出す。気持ちよさそうに腰を上げ、とろんとした表情で喜んでいた。
それを今、猫に近しい東雲にやってみたら如何なってしまうのか。
カミキリの喉元が上下に動き、落ち着きを取り戻していた鼓動がまた大きく打ち鳴らされる。ぎこちない手つきで東雲の頭を撫でていた手で彼女の頭を抱き寄せ背中を撫でていた手を伸ばす。
脳裏を過る想像上の東雲の姿と声がカミキリの頬を火照らせる。いけない好奇心を止める術を知らず、興奮からか大きな目が見開き揺れ動いていた。
カミキリの微かに震えている細い指先が触れそうになったその時、ひょっこり東雲の背中からトラ柄の猫のお化けが満足したと云わんばかりに抜け出し一声鳴いてから玄関を開けず通り抜け消えていった。
「おっ、満足したみたいだな。良かった良かった」
すっかり猫の気分が抜け落ちた東雲が体を起こし、ぐぐっと腕と背中を伸ばす。入れていた力を一気に緩め解すべく肩を東雲が回していれば、変に両手を上げた態勢で固まっているカミキリの姿に小首を傾げた。
「なにもシテいない……
「うん?」
「まだナニもしていないカら!」
「お、おう?」
顔を真っ赤にしたカミキリが言っていることはよく分からないものの、東雲はとりあえず礼を述べ自宅へ戻った。
勿論その日の夜カミキリは一睡もできなかった。