スサ
2024-03-04 22:29:54
2479文字
Public
 

【ゲ】喫茶店のマドンナ

喫茶店で父達with👹ベイビーが待ち合わせするのをモブ視点で

 瞳を伏せがちにした横顔はとても美しかった。

 店中の客がおそらく彼を見ていた。何となく人待ち風だと思ったのは、彼の目の前のグラスが空になっているからだ。あんな美しい人を待たせるなんて、とこちらが憤慨してしまう。
 そして、彼を待たせる人間に興味が湧いた。いや、嫉妬かもしれないが
 彼はそんなに焦ってはいないのか、新聞を読んだり、時々時計を見たり
 甘い顔立ち。座っているので全身はわからないが、それなりにがっしりした体躯のようだ。しかし傾げるようにする首、あるいは顎のラインは少し細く、なぜか儚げな印象を与える。いや。本当に彼を儚げに見せているのは髪の色だ。一瞬年老いた人を思わせる、白銀に近い色。しかし顔立ちは若々しく、童顔の気さえある。そのギャップがまず目を引くのだが、その後にくるのがその整った顔立ちだ。ちょっとその辺にはいない秀麗な、そして印象に残る顔、憂いを帯びた表情。美しい、総合的にそう評するに相応しい男。若く見えるが、しかし若すぎることはないかもしれない。佇まいは落ち着いている。
 店中の客が彼を見ていた。窺っていた。レコードが流れる暗い喫茶店の中では、奇しくも窓からの光が彼の姿のみを浮かび上がらせる。妙な熱気と緊張が店内には満ちていた。

 シャラン、

 ドアが開くのに合わせて、取り付けられたチャイムが鳴った。そしてそれに続いて、

 カラン、

「!」
 うつむきがちだった物憂げな顔がパッと上を向く。

 コロン

 美しい男はドアの方を向き、次は顔をほころばせた。まるで厚い雲の間から光がさしたようだった。
 アンニュイであっても美しいことにかわりはなかったが、少し子どもっぽいくらいのてらいのない笑顔はあまりにも眩しいものだった。
「こっちだ」
 腰を浮かせて片手を上げて、入ってきた新たな客に声をかける。
「待たせたのぉ」
 のんびりした声の語尾に、赤ん坊の喃語のような声が続く。それまで静かだった喫茶店が一気に明るくなる。だが、静謐を好む厳格な客がもしいたとして、それこそ泣く子と地頭には勝てぬというものになるであろうし。
「みぃ、ぅー」
 随分と背の高い、六尺はあろうかという大男だ。こちらも髪が白い。おまけに今どき着流しに下駄ときたものだ。ちょっと見ない風体である。だが、声はそれほど老けていない。
「おう、鬼太郎、おいで」
 どう考えても待ち人来る様子で、先に来ていた男は着流しの男から小さな体を受け取る。髪の量からすると赤ん坊よりはいくらか大きそうだが、2歳にはなっていなそうな子どもだ。いずれ親しい間柄なのは間違いない。幼子は短い腕と小さな体全体できゅーっとしがみつくように美しい男に抱きつき、受けとった方もまるで愛しくてたまらない様子でしっかり抱きとめている。
 それはもう、尊いとしか言いようがない光景だった。
 着流しの男もニコニコとそんな2人の様子を見守っている。
「ま、座れよ。腹減ってないか?」
 幼子を抱いたまま腰を下ろす男に従って、大男も向かいの席に腰をおろす。
「これ、倅や。こっちにおいで。水木の腕が疲れる」
「やぁ
「はは、疲れるわけねぇよ。な〜?」
 むぎゅっとワイシャツの胸に顔を押しあてむずがる幼子に頬ずりしながら笑う男は、さっきまでとは別人のようだ。
「きゃぁ、み、みっ!ぅー」
 きゃいきゃい可愛い声ではしゃぐ子が何を言っているかはわからなかったが、喜んでいるのだろうことはわかる。
「まったく、しょうがないのぉ〜」
 片側が髪で隠れた着流しの男は、妙に雰囲気もっといえば色気のある男だった。
 ──この2人はどういう関係なんだ?!
 おそらく店にいた人間のほとんどがそう考えたはずだ。
「それで、どうする? なんか食うんだろ」
「おぬしは?」
「俺? 俺もまだだよ」
 飲み物だけを頼んで誰かを待っていた男は幸せそうに笑う。
 ああ! と、ワイシャツの男がずっと誰かを待っていた間、密かに近くの席で窺っていた男は身悶えそうになった。なんということだろう。あんな顔をもし自分が向けられたら、きっと
「そうか! わしはな〜ナポリタンとかいうのが食ろうてみたいんじゃが
 子どものようなはしゃいだ様子で、しかし声は大人のものだし喋り方は年寄じみているしで、なんとも年齢不詳である。
「ナポリタン〜? おいはねても洗わねえぞ
「はねるのか、はて、いきが良いのか?」
 ケチャップソースがはねるぞという意味が通じず首をひねる後から来た男に、友人らしき男はやわらかに笑う。
「そうそう。エビみたいに」
「なんと、まことか?」
 信じるわけがないだろうと思うところだが、着流しの男は騙されたらしい。騙した方はすました顔。いかに気安い関係であることか。
「ま、ものは試しだ。じゃあお前はナポリタンで」
 すっかり着流しの男を騙しおおせた男は、抱っこした幼子をのぞきこむ。
「鬼太郎はどうしようなあ。俺とプリンはんぶんこしようか」
「水木、それならわしのを半分やろう」
「なんでだよ。お前は食えよ」
「じゃがおぬしは腹はへっておらんのか?」
「わかった、わかった。ホットケーキにする」
「???」
 何がどうわかったのか、と遅れてきた連れも思ったのだろう。困惑した雰囲気を漂わせる。
 だがワイシャツの──左目に傷のある男はニイッと悪戯っぽく笑って、きゅうっと幼子を抱き寄せながらいうのだ。貝殻耳とすべすべのほっぺに唇を寄せながら。
「いーんだよ。俺達ははんぶんこするんだから。なー? 鬼太郎?」
 あーい、とわかっているのかいないのか、それでも幼子はニコニコ良い子のお返事。着流しの男がわざとらしく肩を落とし、わしも仲間に入れておくれ、と嘆いたところで、友と息子は仲良くくっつきあうだけなのだった。

 このあと、居合わせた他の客達からあのテーブルの分を払わせてほしいとの切実な希望が集まり出すとは夢にも思わなかった父達であった。