雨月 ひより
2024-03-04 17:32:58
3209文字
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雨の降る中、抱きしめられる

Twitter(X)のハッシュタグ『#ふぁぼした人の絵を勝手に小説にする 』でリクエスト頂き、書いたリヒシモです。

今日は朝から雨が降っていた。

ガチャッ!

『ただいま〜!!』

朝から乱闘が入っていた者達が一斉に屋敷に戻って来たことにより、静かだった屋敷内は一気に騒がしくなった。

「今日はさ、おかしいよねぇ」

「そうそう!フツーは雨が降らないステージなのにいきなりバケツひっくり返した感じの雨が降ってきたのはビックリしたよね!」

びしょ濡れになった者達が玄関先で身体を拭きながら色々言っていた。

「何かあったのか?」

びしょ濡れのままで廊下を歩かれるとあとで掃除するのも大変だし、滑って転ぶ者も出るかもしれないと思って身体を拭くようにタオルを渡しながら俺は聞いた。

「何かステージでのトラブルみたい。マスターハンドがメンテナンスするから今日入っていた乱闘は全部お休みするって言ってたよ」

「そうなのか。あ、風呂沸かしてあるから早く入って来いよ」

『分かった〜!!』

雨に濡れた者達から渡されたタオルを受け取り、風呂へ入るように促す。

バタバタ!

雨に濡れて風邪でも引いてしまったら大変だからな。

「さて

俺も最初はこんなことをしなかったが、自分からそうするようになったのは全てシモンの真似だ。

此処に来てからシモンは皆の食事の支度、洗濯や掃除等、いつも完璧にこなしている。

そして、いつでも皆に気を配っていた。

『出かける時は一声で良いからかけて欲しい』と此処に来て初めての自己紹介の時に言っていた程だ。

それが守られなかった場合、その者に対して怒ったことがあり驚いたことがあった。

本当に些細なことだったのにあんなにも怒るとは思っていなかったんだ。

幼い頃、祖父から『怒ることなんて滅多になく、とにかく普段からお優しい方だった』と聞いていたので、此処に来た時に初めてご先祖様はあんな風にお怒りになるのだと知った。

それだけ位しか怒ったことがない、基本的には穏やかで優しく誰にでも気を配るシモンだからこそ、心配になることがあるんだ。

「よっこいせ

今日はシモンもいなくてまだ帰って来ていなかった。

『少々、出かけてくる』と朝早く屋敷を出て行ったきりだ。

いつもであればシモンがこうやって洗濯物を運んだりしているが、今日はいないし、俺が少しでも協力して彼の負担を軽くしてあげたいと思ってやるようになった。

それも勿論、あるが、俺がシモンの傍にいたいからだ。

乱闘以外でも彼は忙しくしていて、二人だけになれるのは夜の依頼と朝夕、教会での祈りを捧げに行く時位なものだった。

しかし、依頼の最中はプライベートな話なんてしている暇はないし、シモンは依頼とプライベートをきちんと分ける人だから混同させてはいけない。

だから最近だと朝夕に教会への行きと帰り道、夜の依頼へ向かう道中と帰り道、僅かな休息の合間互いに部屋に戻る前での挨拶を交わす程度となっていた。

もう二人だけで出かけたり、どちらかの部屋で一日中過ごすなんかもしていなかった。

「はぁ

雨に濡れて帰って来た者達の洗濯物が入った籠を持って、洗濯機と言う大変便利な機械の中へ入れて、洗濯が終わるのを待っていた。

洗濯機の暗くて狭い中で同じ方向に延々と回り続けている洗濯物達をずっと見て待っていたんだ。

「あ!?」

ふと思い出した。

朝から雨が降っていると言ったが、シモンが出かける前は止んでいて彼はローブでも何でも、雨を防げる物を何も持って出て行かなかったことを今、思い出した。

呑気に洗濯機の中でぐるぐる回っている洗濯物達を見ている場合じゃない。

雨に濡れてしまっているかもしれない彼を迎えに行かないと!

「誰でも良い!洗濯機鳴ったら中のやつ籠に出しておいてくれ!」

「分かった〜!」

俺は慌てて玄関へと向かった。

洗濯物のことを頼むと傘立てに置いてあった傘を二本持ってドアを開けた。

ガチャッ!
ザアァァ!!

「まだ降っているのか

バサッ!

二本持って外へ出たが、そのうち一本の傘を開くと雨の中走り出した。



屋敷を出て麓の街までの道を走って行く。

バシャ、バシャ

地面に溜まった雨が跳ね返って俺のブーツへと水飛沫が当たって濡らしていく。

その水飛沫には泥が混じっていて濡らしていくのと同時に汚していった。

雨は一層、激しさを増していて先が何も見えなかった。

まだ昼間だと言うのに、麓の街並みも、人影すら何も見えない。

屋敷と乱闘ステージはさほど離れてはいないのに、帰って来た者達のあの濡れように納得がいく。

近い距離でもこの雨足ではあっと言う間に濡れてしまう訳だ。

俺は今、傘を差しているから足元が濡れているだけで済んでいるが、雨を防げる物を何も持っていなければあっと言う間に全身びしょ濡れだ。

(せめて、何処かで雨宿りしていてくれたら

雨を防ぐ物を何も持たずに出たシモンが、こんな雨の中で帰って来るなんてことを選ばないでほしい

せめて小雨になる位にまでなってからにしてほしい。

中々止まなくて、帰るのが遅くなるのが嫌なら支給されたスマホで連絡入れてくれたら俺がすぐに迎えに行くから



ピシャ、パシャ

「え?」

大雨に混じって何かの音が聞こえてくる。

パシャ、パシャ

誰かがこちらに向かって歩いて来るような音だ。

多分、こちら側に用がある者だろう。

屋敷の者達以外でもこの道は誰でも通るんだ。

歩いて来る音が近付いてきて来るが未だに何者かの判別が出来ない。

この大雨の所為で周りが見えないんだ。

「はぁ、はぁ

ピシャ、パシャと濡れた足音と共に息遣いも聞こえてきて何者なのか分かった。 

この低く、ゆっくりな息遣いは間違いなかった。

「シモン!!」

彼の名前を叫んだが、その先はまだ見えない。

でも間違いなく見えない先にシモンがいる。

パシャ!パシャ!

雨に濡れた足音が増えてきた。

確実に俺の方へと向かって来ているんだ。

「リヒターッ!」

突然、雨の振りが少なくなり、視界も晴れてきて先が見えるようになった。

俺の名前を呼んだのと同時にシモンの姿が現れたんだ。



「シモン!」

全身濡れてしまっているシモンは俺を見つけると、そのまま抱きついて背中に腕を回された。

「し、シモン?!」

突然シモンから抱きつかれるとは思っていなくて、俺は彼に持って来た傘も、自分で差していた傘も落としてしまった。

自分で差していた傘は開いたままで逆さまになって地面に落ちた。

「シモン?」

俺の胸の中にいるシモンの顔は泣いているように見えた。

全身濡れてしまっていて泣いているのかは、はっきりとしないが俺には泣いているように見えたんだ。

目尻に涙が浮かんで、それが頬を伝ったように見えたからだ。

「済まない、リヒター暫く此のままで、居させて欲しい

彼が持つ低い声も、涙が混じっているようだった。

背中に回されたシモンの腕が更に抱き締めたんだ。



彼の身に何かあったことは間違いない。

その理由はいずれ聞くのだが、今は聞くべきではない。

俺が今、出来るのはこのままシモンに身を任せることだけだ。

彼が自分の意志で止めるのを待つだけだ。

それなら幾らだって待つし濡れたって良い。

いや、互いに既に濡れてしまっていて今更だが

「謝らなくて良いです俺で良ければ、幾らでもこの身を貸しますから

泣いているように見える彼の顔に気付かないふりをして、自分に抱きついているシモンの背中に俺も腕を回し、そっと抱き締めた。

シモンは何も言わなかったが、その答えかのように俺の背中に回された彼の腕の力が、きゅっとまた少しだけ強くなった。