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satoru_and_shun
2024-03-04 02:41:24
1501文字
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春風吹いて
「うわっ!」
足元の小石に躓いて、覚は危うく転倒するところだった。
僕の話に耳を貸さず、ずっと上の空だったので、ばちが当たったのだと思った。
大丈夫かと声を掛ければ、いつも通りのへらへらとした顔を見せて、平気だと言う。
そしてまたしばらくすれば、覚は空を見上げてぼうっとしていた。
最近になって覚はずっとこの調子だ。
座って話をする時も、歩いている時も、外にいる時は決まってぼうっとしている。
日も長くなり、冬の寒さから徐々に解放され温い風が吹くようになったので、体調管理が行き届かず日中眠いのだろうと、勝手に思っていた。
「じゃあ、もう帰るね」
「
……
えっ?」
素っ頓狂な声を上げた覚は、何も気づいていない様子だった。
これ以上一緒にいたところで、僕は覚の呆けた横顔を見続けるだけだ。
ただの苦行でしかない。
僕の帰る動作を見た覚は、ようやく現実世界に戻ってきたようで、慌てて喋り始めた。
「ちょっと、待って。瞬、待って」
「待たない。ていうか、もう十分待ちましたが」
「えっ? ちょっと、意味が」
「もう、話すことないから帰る」
とりつく島もない僕の様子に、覚の眼はちらちらと揺れはじめた。
「
……
瞬、ごめん
……
」
「
……
何が?」
「
…………
」
下を向いて黙り込んだ覚を見ると、流石に情が湧いてきてしまった。
自分も弁が立つ故に、ついつい当たってしまって言い過ぎてしまうところがあるなと反省する。
「
……
覚、最近僕といてもぼうっとして、何も話聞いてないじゃないか」
「それは
……
ごめん
……
」
話半分で聞いていた自覚があるのだろう。
覚は目を逸らしたまま、ばつが悪そうに先ほど足を取られた小石を蹴りながら口を開いた。
「
……
あのさ
……
嬉しくて」
「
……
嬉しい? 何が?」
予想外の答えに、目を丸くしてしまった。
覚の言葉がゆっくりと出てくるのを、唇を見つめながらじっと待った。
「
……
桜が、もうすぐ咲くなあって」
「
……
は?」
覚の言動を理解しようと、次は僕の頭の中が高速回転をするが、中々結びつかない。
もどかしそうに僕をちらちらと見る覚の耳が、段々と赤く染まっていく。
「
……
だから、また瞬と桜を見れる春が、もうすぐ来るなあって、嬉しくなっちゃって」
そんなこと、とまで言いかけてやめた。
覚にとっては、僕と花見をするのが、何よりも楽しみだということだ。
覚の思考回路を完全に読み取ることなんてできないのだから、素直に言葉通り受け入れるしかない。
価値観の違いなんて、よくあることだ。
それで膨らみつつある蕾を毎日眺めては、花が咲くのを心待ちにしていたということか。
……
何とも覚らしいというか何というか。
照れ臭そうにしている覚の様子が、何だかとてもかわいく見えてきてしまった。
その様子に、思わず言葉が漏れてしまう。
「
……
桜は、散るのが早いから、今年も十分に楽しもう」
我ながら、頭の悪い返答だと思った。
しかし、僕の言葉を聞いた覚の目は、瞬時にきらきらと輝き出した。
「
……
おう! じゃあ、今年はさ
……
」
毎日あれこれと考えを巡らせていた甲斐もあってか、覚の計画はすらすらと止め処なく溢れてくる。
先ほどまでの静けさが懐かしい。
けれど、いつもの覚の調子が出てきたように思えて、何だか安心した。
毎年同じように咲く桜を、こんなにも楽しみにしたことはなかった。
覚の終わらない話を聞きながら、久々に空を仰いだ。
風に揺れるまだ頼りない枝の膨らみを見遣り、満開の桜の木の下で隣り合う未来の自分たちの姿を想った。
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