――どうした?
いま
……なにしてた?
夜中の長電話の、通話の向こうがときおり完全に無音になったり、線路際の道で風が轟音で通るような雑音で聞こえなくなったり、雑踏の真ん中にいるように騒ぐ会話だけになったりして、俺は何度も「どうした?」と繰り返し訊いた。
向こうはこちらの声がよく聞こえるようで、俺が何度も訊いていくるのを笑っていたが、「後ろが、おまえの声がよく聞こえない」と言うと、
間があった。
雑踏が遠くなっていき、靴裏が地面を擦るような音がかすかに聞こえた。
移動した。もしもそー
――もそー
……? よく聞こえる
はっきりとクリアに聞こえる。どこか静かな場所を見つけたのだろうか。しかし、こんな深夜にほっつき歩いて誰かに通話してないで家に帰らないのかと俺は思った。
そう言おうとして、だが、この通話が切れてしまったら、何か良くないことが起きそうな変な気持ちになった。
バスがさ、最終が行っちゃって、帰れねーの
――バス?
どこかの駅前にいるのか。帰れないなら、ネカフェに行くとかして、一晩しのぐという考えは浮かばないかと俺は怪訝に思った。
もしかして周辺に一晩過ごせるような場所が無いような駅にいるから、暇で通話している、としてもこんなムダに通話していたらスマホの電池がどんどん減っていくだろ、周辺に何かないか検索して探せよ、と言いかけ、また、通話が切れたら良くないことが起きる気がして、言えない。
真似したの、あれを
――なにを?
いきなり有名な映画の話を始める。しかし俺はその有名映画を見たことがなかったから、あのシーンと言われても、いったい何を真似したのかわからなかった。
通話越しにカランカランと缶が転がっていくような音が小さく響いて、続けてもう一個カランカランと音がした。足元の空き缶でも蹴飛ばしているのかもしれない。
このとき俺はやっと、自分が言うべきことに気づいた。
――どこにいる?
……いま? いまかあ
……どこ?
見回しているような間があった。後ろは静かで、細くだが、何か大型トラックでも通っていくような軋むタイヤの走行音が聞こえてくる。
曖昧に言葉を濁すみたいに、なかなか、どこにいるか言わないから、俺は苛々してきた。
――さっさと言え
いぇー
……ぇー、
……言ってもわかんないよ
俺はおまえが何が言いたいかわからんと思って、駅名を言えと促すと、間のあと、地名をつぶやく。
おまえの言いたいことはわからんが、それでも、地名はわかったから
――いまから行く
……え?
……まじで言ってる? どこかわかってねえくせに即答すんな
戸惑った声で、俺の言うことに怒るような調子だったが、少し、少しだけ、俺の勘違いかもしれないがほんの少しだけ嬉しそうに答えて、もうと唸る。そして
来る必要ないから
――…………?
こう、あっさりと、来るなと言われると、やっぱり嬉しそうとか俺の聞き間違いだったと思った。でもどうしても、俺は行ったほうがいい気がして、そうしないと良くないことが起こるような気がして立ち上がってバッグの横のもうひとつのサイズのデカい携帯端末を掴んで地名を打ちこみながら、強く言った。
――おまえの必要はないとしても、いまから行く
なぁーに、言っちゃってんの
…あ
…そ
……でて
……
途端に、通話の声が不安定に、ぶつ切れるから俺はぎょっとして、何度も呼びかけた。
だいぶ声は聞き取りづらいが、通話は切れなかった。
話を続けつつ、もうひとつの携帯端末で地図を表示させて、上着を羽織った。
ほぼ無人駅で、寒そうにたたずむあいつを見て、俺は、なんでか、来て良かった、と安心した気持ちになった。
俺が迎えに来るまで、待っていてくれて、よかった。
血の気のない顔にふれたら、冷え切ったような頬で、俺の手を、「熱い~」と嫌そうに遠ざけられた。
逃げていかないように、携帯を握る手の甲に掌を重ねた。
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