突如目の前に現れたこの世のものとは思えないほど眩くも愛らしい存在に、千葉恵吾は自然と回避行動を取ろうとしていた。自分はこんな綺麗な存在に寄り添えるような人間じゃない。眩い存在に無意識から有意識に引き摺り出されたのは己のコンプレックスだった。
この存在とは他人だとそのように振る舞いたかったが、生憎、千葉は己の友人を見捨てられるほど非情な男ではなかった。そして何より、この問題を引き起こした犯人を取っ捕まえて事態の収拾を図るべきだと思った。
大人用の黒のワイシャツをワンピースのようにして体に纏わせる愛らしい少年に冷や汗をかきながら告げた。
「ちょっと待っててな。あいつすぐ捕まえてきてどうすれば元に戻るか聞いてくるから――祥ちゃん」
「……お兄さん、なぜ僕の名前を……?」
千葉は少年の言葉を無視し、己のナノマシンデバイスを起動させる。明るい茶色の瞳が青く発光し、夜だというのに明るい通りのずっと先を見つめていた。やがて、彫りの深い端整な顔立ちに悪党のような笑みを浮かべる。
「……見つけたで。まだ間に合うな」
「お兄さん、僕はなぜここに……」
「その説明も含めて全部あとや! とりあえず大人しく待ってて!」
少年には突風が巻き起こっただけに思えた。その風に煽られて目を庇う。目を開いた次の瞬間には千葉は少年の目の前から姿を消していた。
「――で。これが祥貴だと、お前は言いたいわけだな」
「だからせやって言うてるやろ。警戒心がえらい強いからここまで連れてくるのも苦労したわ」
ボードゲームカフェバー『ユートピア』の主人であり人々から『マスター』と呼ばれる男は屈強な肉体の胸の前で窮屈そうに腕を組んでいた。さらなる文句を言いたげにしているスタッフの千葉とその隣に大人しく座る――といっても青み掛かった灰色の目は好奇心に輝いていたが――大人用のワイシャツを着用した少年を交互に見て、カウンターの中で眉間を揉んだ。
「……犯人は」
「勿論捕まえて不細工なツラをもっと不細工にしたったわ」
「能力解除の方法は」
「時間経過で戻る、らしい。大体一日くらい……ほんまやってくれるで」
「とんでもなく危険な能力だな。そういう奴らは管理されてると思っていたんだがな」
「ヤクザの端くれっぽかったわ……やからマスター、また『詫び』いれといてや。どこのやつかも吐かせてあるし」
千葉の発言に瞬時に鉄槌が下される。大きく硬い拳が千葉の脳天に突き刺さる勢いで振り下ろされた。衝撃と痛みに声にならない声をあげながら、なんとかカウンターの上で耐えている。隣で好奇心に目を輝かせていた少年はその様子を見てサッと血の気を引かせ、白い顔がさらに白くなっていた。
「俺はお前の尻拭いをする気はない。自分で行け」
「いっ……てえ……クソッ、めんどくさいなあ! 下手なナンパしとったあいつが悪いやんけ。女の子が困っとったから声かけたのに」
「俺に尻拭いをさせようってことはウチで仕事を引き受けたことある組なんだろ。面倒臭がらずにお前が行け。事情を説明すりゃわかってもらえる。報復される隙を与えたお前らも悪い」
「報復されたんは祥ちゃんやんか」
「また拳骨を喰らいたいのか、お前は。お前らふたりで首を突っ込んだことだろ。お前らで解決しろ……といっても、まずは……」
血の気が引いたまま千葉を見つめている少年の方へ向き直ると、マスターは苦笑いを浮かべながら柔らかな声で告げる。
「祥貴、お前の体が元に戻らないとどうしようもないな」
名前を呼ばれ、少年はおずおずとマスターと視線を合わせる。自分にも鉄拳制裁が加えられたらどうしようと思っているのかもしれない。
「……あ、あの、僕、僕……何も分からなくて……」
「その様子だと記憶もその年齢の頃に戻っているらしいな。心配するな。お前が大人の姿に戻ってから拳骨をお見舞いしてやる」
マスター的には茶目っ気を含ませたであろう笑顔だったが、鍛え上げられた胸の前で構えられている拳を見て、少年は絶望した。
「……拳骨は、するんだ……」
つづく
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