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shirajira
2024-03-02 18:38:02
5687文字
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永劫の冬の先には
2024.3.2 ビマヨダワンドロよりお題「春」(とちょこっと「第二の生」)
春になるまで待ってくれ。
そう言われたのはまだ年も明けるより前のことであった。ドゥリーヨダナは端末に表示されている暦に目を向ける。
マスターの母国では、概ね三月から五月を春と呼称するらしい。二月も終わりましたねえ、なんて話しながらスタッフたちが通りすぎていくのを尻目に、ドゥリーヨダナはもにゅもにゅと唇を動かした。
春になるまで待ってくれ。春にはなった。だが、春はまだあと三ヶ月はあるという。一体いつまで待てばいいのか。
ドゥリーヨダナが泥酔した勢いでビーマに告白したのは、年も明ける前、ちょうどクリスマス休暇が明けた頃のことだ。年末年始はそこかしこで飲みの席が開かれており、そのうちの一つに顔を出した時のことである。
泥酔なんて生前もほとんどしたことがなかったのに、知らず鬼の酒に手を出してしまい、酩酊して理性が飛んだ。
あまりに深酔いしたので経緯は知らないが、気がついた時、ドゥリーヨダナは飲みの席には参加していなかったはずのビーマに介抱されて、肩を貸されて自室へ運ばれる最中だった。
「おい、しっかり歩け」
呆れの滲んだ低い声が心地いい。触れあった部分が熱く感じた。肩を貸されていたから相手の顔が近くにあって、長い睫毛に縁取られた美しい瞳や高い鼻梁、厚い唇なんかをドゥリーヨダナはしげしげと眺めて、ああ綺麗だなあ、と思った。
子供の頃から、それこそ出会ってからずっと、この男に目を奪われている。強くて、正しくて、格好よくて。それにああ、綺麗だなあ、好きだなあ、欲しいなあ。そう思った時には口が動いていた。
「びぃま」
「んだよ、酔っぱらい」
「すきだぞ。わし様のものにならんか?」
「あ?」
ビーマが足を止める。こちらを見てくれたのが嬉しくて、ドゥリーヨダナは笑った。
「すきだ。おまえがすき。だからわし様のものにならんか? わし様はなあ、おかね持ちだから、おまえにたくさん食事を食わせてやれるぞ。食事以外も、なんだって買ってやる。どうだびぃま」
「どうって
……
いや待て、お前が俺を好き?」
「そうだ。こどもの頃からずっとすきだった。ずっと、ずっとだ。おまえがほしかった」
眉根を寄せたビーマは、どうも混乱しているようだった。「
……
なら何で俺に毒を盛った」と問われ、ふわふわした頭でドゥリーヨダナは返した。
「だって、おまえは絶対にわし様のものにはなってくれなかったろ。だれかのものになるのを見るくらいなら、こわしてしまった方がましだ」
まあ、ビーマは死にも壊れもしなかったわけだが。死んだのも壊れたのもドゥリーヨダナの方だ。なんだかおかしくて、ドゥリーヨダナはくふりと笑い声を漏らす。ビーマが掠れた声で呟いた。
「お前、そんなこと一言も
……
いや、それはいい。何で今更、俺にお前のものになれなんて言う」
「うーん? なんでだろうなあ。いいたくなったからだなあ。わし様は死んでもやっぱりおまえのことがまだすきなんだなって、そう気づいちゃったからなあ」
酔った頭ではろくに考えられずに、ドゥリーヨダナは思い付くままにそう答えた。難しい顔をするビーマがおかしくて、ふにゃふにゃとじゃれつくように寄りかかる。ビーマはやめろとは言わなかった。それが嬉しくて抱きついているうちに、胸がいっぱいになって、温かさに眠くなってくる。
「お前、本気、なのか? 本気で俺のこと、好きなのか?」
「うん、ほんきだ。ほんき。
……
すき、だ」
「
…………
おい。おい、寝るんじゃねえ。ドゥリーヨダナ!」
「んぅ、うん、うん
……
すき
……
びぃま
……
」
その後自力で部屋までたどり着いたのかは記憶にない。ただ、次に意識がはっきりした時、ドゥリーヨダナは自室のベッドの上にいた。
起きた瞬間ドゥリーヨダナは顔を真っ青にし、次いで真っ赤にしてうずくまった。最悪なことに、記憶はしっかりあった。
くそ、何であんなことを。恥だ生きてられん。いっそ退去するか。いや駄目だ自分がいなくなってからビーマに何を言いふらされるかわかったものではない!
うんうん唸って、あ゛あ゛~!と奇声を上げ頭をかきむしり、一頻りベッドの上で暴れた後、ドゥリーヨダナは何とか気持ちを切り替えることに成功した。
済んでしまったことはどうにもならない。そうなればやることは決まっている。
ビーマを退去に追い込むか、もしくはビーマの記憶を消す手段を手に入れる。これしかない。
まずはマスターに対しビーマのネガキャンをしよう。ついでに記憶を消す手段を持っていそうなサーヴァントに心当たりがないか尋ねる。これだ。
そうと決まれば善は急げマスターのマイルームへと部屋を飛び出した途端、まるで待ち構えていたかのように腕組みをして立っていたビーマと遭遇し、ドゥリーヨダナは叫んだ。
「ビーーーマがおるではないかぁ!?」
「朝から元気だな、お前は」
「いいことだろうが! お前こそ、朝から何の用だ!?」
喧嘩ならわし様の代わりにカルナが買うぞ、そう言おうとしたドゥリーヨダナの口は、「昨日のことだが」と切り出したビーマの言葉で固まった。
見ればビーマは、怒ったような困ったような、妙な顔をしていた。強いて言えば神妙な顔であるが、それにしてはどうにも狂暴である。
ドゥリーヨダナの胸はずきんと痛んだ。どうせ昨日のあれは何だ、悪ふざけも大概にしろとか言われるに決まっているのだ。酔ってはいたけれど、ふざけていたわけでもないのに。
ビーマが受け入れてくれないことなんてわかりきったことだった。だが、わかりきったことだからと言って、傷つかないわけではない。
傷つきたくないから今まで口にしなかったのだ。ドゥリーヨダナはいっそ耳を塞いで逃げてしまおうかと思った。だが、それより先にビーマが言った。
「春まで、待ってくれねえか」
「は? 春まで?」
「おう。
……
用はそれだけだ」
言うが早いか、ビーマはくるりと背を向けて、去ってしまった。ぽかんと口を開けて立ち尽くしたドゥリーヨダナを置いて。
それから二ヶ月ほど、ドゥリーヨダナはまんじりともしない日々を過ごした。
すぐに断られなかったということは、色好い返事をもらえるのだろうかと期待したり、だがあのビーマのことだ、何らかドゥリーヨダナが怒って暴れないように手を打った上で断る気なのかもしれないと、落ち込んだりを繰り返した。
ビーマはと言えば、あれから特に絡んでくることもない。元々没交渉だった。やっぱり、春まで待てというのは体よく断る理由を探す口実なのかもしれない。
それでもドゥリーヨダナがひたすら待つことを選んだのは、期待する気持ちが大きかったのもあるし、すぐに答えが出ないことにほっとしていたのもある。
サーヴァントは第二の生だと言う。だが、第二の生は第一の生の上に成り立っている。決して生前をやり直せるわけでも、なかったことにできるわけでもない。
ドゥリーヨダナのビーマに対する感情は生前の時点で既にもうぐちゃぐちゃで、恋だの愛だの整った言葉で形容できるものではなかった。もっと拙い、好き、という言葉を当てはめるのがせいぜいで、おまけにその中には嫌いも含まれている。
嫌いで、妬ましくて、羨ましくて、憎くて。
でも、好きだ。好きなのだ。
英霊になったからと言って、決して人に見せられるような、受け入れてもらえるような感情ではない。
受け入れられるのは難しいだろう。でも、もし受け入れてもらえたら。答えが出ない間は、好きに夢を見れた。泣きたくなるくらい、優しい夢を。
「今時間あるか」
そうビーマに声をかけられたのは、暦が三月に入ったことを確認してしばらくのことだった。ほとんど毎日連れ出されている周回が珍しく落ち着いている合間のことで、ビーマはドゥリーヨダナに時間があることを確信しているようだった。
「春に、なったからな。この間の返事をしたい」
そう言われて、ドゥリーヨダナは一瞬逃げ出したくなった。けれども、先延ばしにしたって何もいいことはないとわかっていたから、ただ頷いた。
来てくれ、と言われて着いていった先はシミュレータールームだった。足を踏み入れれば、緑豊かな森が広がっている。
森からは故郷の
――
ドゥリーヨダナの生きた時代の匂いがした。まだ神の息吹をそこかしこに感じた時代。
慣れた様子で森を歩くビーマの背を追いながら、ドゥリーヨダナはあちこちを見回した。枝がしなるほど果実を実らせた木々に、芳しい花の匂い。鳥たちが囀りを交わす。尋常の森ではないようだった。
やがて睡蓮で埋まった湖のほとりに出た。紅い睡蓮がところせましと水面に揺れる光景にドゥリーヨダナが見惚れていると、ビーマが振り返る。
「ここは俺たちが放浪中に訪れた聖山、カイラーサ山だ。天国みたいだって兄貴ははしゃいでたな」
王宮にもこんな庭はなかっただろう、と尋ねられる。なんだ、自慢でもしたいのか。ドゥリーヨダナは唇を尖らせた。
「まあ、悪くはないな。で? お前が春になるまで待てと言った理由はこれか? 花見でもしようというのか」
シミュレーターに季節は関係ない。わざわざ春になるまで待てと言われた理由がわからず、ドゥリーヨダナが首を傾げると、ビーマが顔をしかめた。
「ちげぇよ。
……
春になるまで待てと言ったのは、こいつを用意するためだ」
ビーマが小さな箱を差し出した。じっと見ていると催促するように突き出されたので、恐る恐る受けとる。ベルベットの箱は触り心地が良かった。
「開けてみろ」
「わし様に命令するな」
とっさに言い返しつつ、箱を開ける。中には金のバングルが入っていた。一見シンプルなものだが、よく見れば細かい紋様が入っており、小さな石が星を散らすようにいくつか埋まっていた。ちょうど目の前に立つ男の瞳の色のような。
「お前に好きだと言われた時」
静かな声に、ドゥリーヨダナは顔を上げた。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳とかち合う。
「何言ってやがると思った。俺に、俺たちに散々酷いことをしておいて。悪い冗談だ。俺たちは今も昔も相容れない。そう思った」
心臓がつきりと痛くなって、それでもドゥリーヨダナは目を逸らさなかった。むしろ目を逸らしたのは、ビーマの方だった。
「だが
……
同時に、悪くねえと思う俺もいた。嬉しいと思ったんだ。応えてもいいんじゃねえかって。サーヴァントは第二の生だって言うだろ。なら
……
生前に囚われず、あえて生前選べなかったものを選んでみるのも、いいんじゃないかってな」
ビーマが一歩、近づいてきた。ドゥリーヨダナの手の中にあったバングルを、ビーマがさっと奪う。あ、と思った時には目の前に跪いたビーマに、片手を取られていた。
「ドゥリーヨダナ。俺たちはマスターに仕えるサーヴァントだ。だから俺はお前のものにはなってやれねえ。だが、此度の現界に限っては、お前の隣にいると誓う。だからお前の隣を、俺にくれ」
腕にバングルを通されて、手の甲にキスを落とされる。終いには上目遣いに見上げられ、「返事は?」と囁かれた時には、もうドゥリーヨダナは限界だった。
「な、な、な、
…………
何なのだお前は!? どういうつもりだこれは!?」
自分の顔が真っ赤になっている自覚があった。それを見てか、ビーマが笑う。
「何って、プロポーズだ」
「ぷ、ぷろぽーず」
「マスターの故郷じゃ、給料三ヶ月分の指輪を買ってプロポーズする風習があるんだってよ。厨房働き分のQP三ヶ月分がようやく貯まったからよ、シバの女王に用意してもらった。石はパープルダイヤモンドだってよ。お前の髪の色みてえだろ」
指輪は棍棒持つのに邪魔だろうから、バングルにしたぜとビーマが言う。
「物は悪くねえだろ? お前によく似合う」
「それはまあ、わし様は生粋の王子であるからして、こういったものは似合って当然
……
ではない! プロポーズ!? お前はわし様の告白に返事をするという話では!?」
「だから、これが返事だ。お前のものにはなってやれねえ。だがお前の気持ちは嬉しかったし、応えたい。お前と同じ陣営だっていう奇跡みてえな現界の間は、お前と第二の生を謳歌したい」
「は
……
」
「すぐ返事をしてもよかったんだがな、ただ答えるのも芸がねえだろ。せっかくだからマスターが話していたプロポーズのやり方を試そうと思ったんだが
……
シフト増やしてもQPを貯めるのに時間がかかった。待たせて悪かったな」
で、お前の返事は? 手の甲に頬擦りをされて、ドゥリーヨダナは泣きそうになった。見ればわかる、ビーマは色好い答えがもらえると、確信している。ドゥリーヨダナをあれだけ翻弄しておいて。
ずるいずるいずるい! お前はいつもそうだ! いつだってわし様に恥をかかせる!
沸き上がる怒りのまま、ドゥリーヨダナはビーマの胸ぐらを掴んだ。ビーマが完全に立ち上がるのを待てずに、身を屈めて、その唇に噛みつく。
目を見開いたビーマに、逆に抱き寄せられて倒れ込む。大きな手でうなじの辺りを撫でられて、背筋がぞくぞくした。
「返事は
……
オーケーってことでいいんだな?」
自分の下で、喜色を浮かべる男を見下ろす。その面を憎々しく思うと共に、平素より紅潮した頬や、興奮に輝く瞳を、綺麗だと思う。綺麗だなあ、好きだなあ、欲しいなあと、そう思う。
こんなに綺麗なものが隣にいてくれるだなんて、それはもう手に入れたようなものだろうと、夢のような心地になる。夢なんじゃないかと、怖くなる。
「言われずとも察しろ、森育ちめ」
言い捨てて、ドゥリーヨダナは今度は優しくビーマの唇を食んだ。夢じゃないことを、確かめるために。
返事の代わりに、唇を食み返され、ドゥリーヨダナはほっと胸を撫で下ろした。ぽかぽかと体が温かくなる。
ドゥリーヨダナが第二の生で初めて迎えた、春の始まりだった。
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