わざわざ吹聴しなくても、神だの狐狸妖怪の類は水木が鬼太郎と情をかわしたことは見ればわかるようで、水木はそれで度々恥ずかしい思いをさせられることになった。そういったことは秘め事と呼ばれるようにどちらかといえば秘すべきであって、羽目を外した席でもなければ口にするようなものではない、基本的に──というのが水木の考えだった。潔癖ぶる気はないが、自分でも意外な程、そうしたことに対して水木はあけっぴろげではなかった。むしろ妖怪達があけっぴろげすぎると言ってもいいのかもしれないが。
それでも、人間はいつか慣れる。だから段々無視できるようになってはきた。きたが、やはり不意打ちを受けると一瞬固まることがある。それは、腹をくくって受け入れたことを後悔していないとはいっても、やはり小さい頃から成長を見守ってきた親としての気持ちから来る罪悪感のようなものが影響している。だからきっと、動揺しなくなる日は本当には来ないのだろうけれど。
──その時もまた不意打ちだった。
鬼太郎と連れだって歩いていたのは、入り用の物を買いに行った帰りのこと。他愛のない話をしていたのだ、今晩は鍋にでもするか、まだ冷えるし…そんな話を。
妖怪というのは悪戯好きなものだし、面白そうとなればちょっかいをかけたがる。何が面白いのか、水木はよくちょっかいをかけられた。もっとも、何が面白いのだろうかなんて考えるのは水木だけで、鬼太郎に言えば恐ろしい形相を浮かべることもあった。これについては目玉の父親にももっと気をつけるよう窘められるので、水木の認識は甘いのかもしれない。
ただまあ、鬼太郎と一緒に時に声をかけられることは少ない。鬼太郎がじろりとねめつけると、小妖怪などは逃げてしまうので。小さい物にはなんとなく愛着のある水木は、いじめなくてもいいのに…と呟いては「水木」と怖い声で窘められることもしばしば。
その少ない機会、つまり、鬼太郎と一緒にいて、なおかつ少年とも思えぬ佇まいのギョロッとした目に睨まれて逃げ出さない程度の力を持った妖怪に話しかけられる、という事態が発生した。特に何らの兆候もなく、本当に偶然のことだったのだろう。
妖怪はにたにたと笑いながら、わざと水木の進行方向側に寄った。水木本人より先に気づいた鬼太郎が、水木と妖怪の間に滑り込む。だが、見知らぬ妖怪が口を開く方が早かった。
「べったりと匂いつけてまあ」
ケケ、と奇怪で耳障りな笑い声をくっつけて、そいつは笑う。水木は眉をひそめた。だが、無闇矢鱈と話をするなと言い含められているのもあり、黙ってはおいた。何かあれば反撃する気は満々だったが。
妖怪は鬼太郎を頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺めた後、にたぁと笑った。おそらくは、口と思われる部分をゆがめて。水木は背中がぞっとした。だが、逃げたり気絶したりする気はない。
「何の…」
用だ、という鬼太郎の声にかぶせるように、謎の妖怪は哄笑を交えこう言った。
「そんなちいせえのじゃ満足できないだろ。かわいそうになあ」
にたぁ、と笑う顔は、人間ではないが、人間でよく見知った表情だった。だから、水木にはこいつの言わんとしているところがわかった。満足させてもらっていない、とは、まあそういう意味だ。見た目だけなら確かに少年だから、少年に抱かれて満足かと、そういうことだ。具体的には、一物の大きさの話だろうが。
水木は……こいつのはでかいぜ、と言おうか、それとも、毎日天国みさせてもらってるよと言うべきか、迷った。そして迷った末、いや、そんなことを教えてやる義理もないだろ、と考える。何より恥ずかしいし。誰が聞いているかわからないし…。
見た目には困惑した顔で水木は黙り込む。別にショックはない。いや、多少はあるけれど、それは何かを言われて傷ついたとか、そういったものではない。つられて思い出す、相手は夜目がきくとわかりきっているのに暗がりでしか身を許したことがない水木の腕を、体を掴む手の強さ、耳のそばで名前を呼ぶ荒い呼気、そういったものにこそ動揺してしまう。
黙ってしまった水木に何を考えたのか、さらにかさにかかって言い募ろうとした妖怪だが、それは全く愚かとしか言い様がない。
「おい」
地を這うような声は、確かに少年の高いもののはずなのに、ひどく恐ろしいものだった。自分の力に自信がある妖怪ですらぎくりと足を止めてしまう程度には。
鬼太郎はじろりと自分の三倍はあろうかというぬめぬめした体の妖怪を睨めつけた。恐ろしい。隣に立っていた水木がびっくりするくらいに、今の鬼太郎は怖かった。髪がざわざわして、心なしかあたりが暗くなった気がするし、木も嵐の時のように揺れて騒いでいるし…。
「…洗濯物出してきちまった」
非常に場違いな独り言で、ぴたりと風の動きが弱まる。
「どうしよう、鬼太郎。天気悪くなってきた」
「………水木?」
さん、がついていないから、鬼太郎もあまり気持ちに余裕がなさそうだ。しかし水木もそれどころではない。
「鬼太郎、ごめん、俺洗濯が気になるから先に帰るな」
「………」
この状況で?
とさすがに鬼太郎も思ったし、妖怪の方も自分が絡んだことを忘れて「人間わからない」の感情になる。
「うん。だって目玉じゃ取り込めないだろうし…」
ここんところ雨続きだったから外で干したかった、というと、水木はすっかり忘れ去られた格好になった妖怪を見上げ、それから少し迷って鬼太郎をぎゅっと抱きしめてみせた。
「俺の好い人は見た目よりずっとすごいから、大丈夫だ。間に合ってる」
ニコッと笑って、妖怪と相対した時より呆然とした鬼太郎をぱっと離すと、じゃ、俺先に帰るぜ、と宣言して小走りに帰りだした。
「…………」
「…………」
鬼太郎と妖怪は言葉をなくし、その背中を見送る。
「……鬼太郎」
「…………」
「苦労……」
「言うな」
からかうつもりが、とんだ人間だ。
幽霊族の末裔が惚れた人間はとんでもない玉であると、見知らぬ妖怪も納得するしかなかった。
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