小椋
2020-09-22 20:44:35
2627文字
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【ランパシ】火をつけて

ランパシ版ワンドロ・ワンライ(@LaPa1dw)に参加させていただいたもの。第14回目のお題「そこから離れろ」



 伸ばされた手を払いのける。見開かれた大きな目がくっと歪んだ。傷つけたとすぐにわかる。それでも止められない。ランスロットの手を払ったパーシヴァルの指は、痛みを訴えるようにじんじんと痺れていた。
「触るな」
 放っておけ、と言い残してその場を立ち去る。覚束ない足取りでは格好がつかないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
 ランスロットに心配されるまでもない。昔から幾度か経験してきたことだ。魔力量の上昇に追いつかず、こうして心身に不調が出るのはいまに始まったことではない。苦痛に呻いて寝込んでいるだけでは解決しないこと、むしろ動いて魔力を発散したほうがいいことも身を持って知り得ている。だからこそパーシヴァルはランスロットの制止を振りきって、ジークフリートの指示に従い対人戦闘を想定した訓練に参加することを選んだ。
 現在パーシヴァルは、故郷から持ちこんだ長剣の使用を許可されていない。まずは標準的な規格でつくられた支給品での剣術を習得しろと、所属する黒竜騎士団団長のジークフリートから命じられているのだ。今日はさらにそれを訓練用の木剣に持ち替えている。不用意に魔力を注げば、受け止めきれずにたちまち壊れてしまうことだろう。いつも以上に加減が必要だ。
 木剣を構えて顔見知りの同期と対峙する。くじ引きで組まれた相手がランスロットでないことに、パーシヴァルは密かに胸を撫で下ろしていた。さきほど気まずいかたちで別れた当の本人は、パーシヴァルの次に模擬戦を行うことになっている。背中に視線を感じながらも、パーシヴァルは開始の号令をきっかけに地面を踏み締めた。先手を取らんと即座に突撃してきた相手を見据え、すっと運んだ刃でその鋒を受け流す。
「うわっ」
 まぬけな悲鳴を漏らして相手がよろけたのを認めるなり、パーシヴァルはさらに体勢を崩さんと剣を弾き飛ばした。たたらを踏んだ相手を正面に捉える。柄を握る両手に力を入れた。反撃に打って出るため剣を振り上げようとした瞬間、嫌な予感がぞっと背中を走り抜ける。まだ魔力を込めた覚えはない。それなのに魔法が発動された手応えがある。パーシヴァルがとっさに地を蹴って後退すれば、手にした木剣から火の手が上がった。
「つっ!」
「離れろ!!」
 すぐさま怒号に僅かながらの安堵を得る。ジークフリートがいれば他の者に害が及ぶことはないだろう。パーシヴァルは心置きなく自身のことに集中しようとするものの、どうにもうまくいかなかった。制御が利かない。暴走する魔力を吸って膨れ上がる炎は、瞬く間にパーシヴァルを取り巻いた。
「パーシヴァル!」
 背後から響く声を聞き間違えるはずもない。
「来るな!!」
 叫び返した途端、ぴき、と手元の木剣に亀裂が走った。魔力の媒体を失っても炎の勢いは収まらない。本来ならば現出させた炎は自分自身を害しはしないのに、満足に操れていないせいか熱く感じられて仕方がない。灼熱に肌を炙られて息が詰まる。
 次の瞬間、ごうごうと燃え盛る音に紛れて、ぱき、というかすかな音が届いた。揺らめく焔の狭間に澄んだ氷を捉える。僅かに周囲の気温が下がった。氷壁に四方を囲まれたからだとすぐさま理解が及ぶ。
 パーシヴァルは無秩序に天を渦巻く炎の矛先を、そびえ立つ氷の壁に向けようと足掻いた。ばき、とさっきの音に似た、それよりも重い音が響く。おそらくランスロットの木剣が折れたのだ。
 猛然と襲いかかる炎が不動の氷を砕く。粉々になった破片が飛び散り、火花と混じり合って星のように煌めいた。場違いに美しい光景を目の当たりにしたのを最後に、パーシヴァルはぐらりと傾く感覚に身を任せて意識を手放した。


 真白な天井が視界一面に広がっている。医務室のベッドで目を覚ましたパーシヴァルは、自己嫌悪のあまり大きな溜息をついた。
 全身が鉛のように重い。試しに動かした指先がなにかを握った感覚に、パーシヴァルはゆっくりと視線を移した。すう、すう、と穏やかな寝息を捉える。火傷を負って包帯に包まれたパーシヴァルの手をゆるく掴んだまま、ランスロットが眠りについていた。
 意識の覚醒に伴い痛覚が戻ってくる。言い知れぬ倦怠感と鬱陶しい火照りがパーシヴァルの身体を取り巻くなかで、ランスロットが触れている場所だけがひんやりと心地いい。疲弊し発熱しているパーシヴァルの身を案じて、微力ながらも冷却に貢献しようとしているのだろう。
 ランスロットの頬には、うっすらと切り傷が残っていた。炎が割った氷のかけらが掠めたせいだと、パーシヴァルは根拠もないのに理解できた。
「んん」
 ランスロットが身じろぎをするのに、びくりと肩を震わせる。息を殺して身構えたものの、長い睫毛に縁取られたまぶたが開くことはなかった。
 ランスロットはパーシヴァルよりも魔力量が少ない。それなのに炎を氷で囲むような真似をしたのだから、体力の消耗はかなりのものだったのだろう。
 パーシヴァルはそろそろと半身を起こす。それでもランスロットは目覚めない。健やかな寝姿を見つめていると、ぱち、と視界に火花が散った。だめだ。こらえろ。そう己に懸命に言い聞かせながら、パーシヴァルは身体を縮こまらせ、膝を抱えた。
 それほど強い力で掴まれているわけではないのに、ランスロットの手を振りほどけない。身体の奥底で爆ぜる炎の勢いを少しでも殺したくて、自身を戒める片腕に力を込める。健やかな寝姿を見ていられない。
 すぐにでも離れてほしい。繋いだ手を放してほしい。一刻も早く目を覚まして、目の前から消えてくれ。そうすれば平静を保てる。体裁をとりつくろって、表向きはもとに戻れるに違いないのだ。
 もう乱されたくない。やっとの思いで制御できるようになってきたのに、不安定な魔力につられるせいで、また揺らいでは溢れてしまう。
 放っておけと言ったのに助けようとして、触るなと言ったのに触れている。ままならないことばかりだ。これ以上、浅はかな期待に溺れたくなどない。
 パーシヴァルの内側で炎が渦巻いている。最初のうちは燻っているだけだったのに、いまでは勢いを増してめらめらと燃えていた。名づけたくない。呼ばなければ存在しないことになるのだと、愚かに信じていたかったのに。
 この炎がランスロットを呑みこむのが先か。己を呑みこむのが先か。パーシヴァルには判別がつかなかった。