小椋
2020-03-15 23:34:58
1820文字
Public
 

【ランパシ】My Sweety

ランパシ版ワンドロ・ワンライ(@LaPa1dw)に参加させていただいたもの。第2回目のお題「いちご」



 つややかな黒髪は一向に持ち上がらない。万年筆が紙を滑る音だけが、かりかりと絶えず響いている。
 読みかけの本をぱたりと閉じて、パーシヴァルは溜息をついた。いよいよ愛想を尽かすべきかと思ったところで、机にかじりついていた部屋の主が唸り声をあげながら大きく伸びをする。ようやく区切りがついたらしい。動きだすと早いランスロットはさっと席を立つと、パーシヴァルの座すソファの対面に腰かけた。
 白竜騎士団の団長室には、来客に備えてゆとりのあるソファが設けられている。執務机こそ本や書類が積み上げられているものの、さすがに私室のごとくソファにまで侵食されてはいないようだ。
「赤くて綺麗だなあ。うまそうだ」
 瞬時に目を煌めかせたランスロットの視線の先にあるのは、ガラスの器に盛られた新鮮ないちごだ。きちんとひとりぶんずつ二つに分けられている。買い出しの最中に今年の初物を分けてもらったのだと、さきほど顔を覗かせたヴェインが話していた。
 身体をほぐそうと肩や腕を回すランスロットを前に、パーシヴァルは紅茶の用意をはじめた。
「わざわざ待っててくれなくてもよかったのに」
「せっかくの茶葉を無駄にするわけにはいかないからな」
 いちごとともにティーセットを運んできたヴェインが、当たり前のように紅茶の支度にとりかかろうとしたのを制したのはパーシヴァルだ。入室の許可を乞うヴェインの声にしっかりと振り向いて返事をしなかったことからして、ランスロットがそのとき手をつけていた執務のきりが悪いのだと容易に察しがついた。いま紅茶を淹れたところで、飲もうとするころにはすっかり冷めてしまうだろう。それならばあとで用意したほうがましだ。
 意図を掴みかねたらしいヴェインが首を傾げるのに、ついと目線だけでランスロットを指してやる。それでようやく察しがついたのか、ヴェインは納得した様子で部屋をあとにしたのだ。
 紅茶を注ぎ終えたところで、ランスロットは眼差しでパーシヴァルに先を譲った。来客をもてなす気概は一応あるらしい。パーシヴァルは遠慮なくいちごへ手を伸ばした。鮮やかな赤に染まった果実からは、几帳面に葉とがくが取り除かれている。食べやすいようにというヴェインの計らいだろう。はくりと歯を立てたそばから、さわやかな香りが鼻腔をくすぐっていく。瑞々しい果肉を味わうごとに、ほどよい甘酸っぱさが舌に広がった。図らずも口許がゆるんでしまう。
「ん、やっぱうまいな」
 もぐもぐと咀嚼していたランスロットが、ふたつぶめを手にとったパーシヴァルを見るなり、ふ、と目を細めた。
「お前、ほんとに好きなんだなあ」
――黙って食えんのか」
「はいはい」
 ふたつめを味わったところで、パーシヴァルは紅茶に口をつけた。癖のない香りとともにじんわりとした温かさに満たされる。口直しにはちょうどよかった。
「あとはお前にやるよ」
 最後のひとつぶをひょいと口に運んだランスロットから、まだ中身の入った器を押しつけられた。
「なんの真似だ」
 眉根を寄せたパーシヴァルに、ひどいな、とランスロットは朗らかに笑ってみせる。
「強いて言うなら、お詫びとお礼かな」
 素直に受け取りかねたパーシヴァルが眉間の皺を深めれば、ランスロットがテーブルに手をついて身を乗りだしてきた。不意に縮んだ距離にパーシヴァルが出方を決めかねていれば、ついと逸れた顔が耳元に寄せられる。
「そんなに気が引けるなら、前払いだと思ってくれてもいいぜ?」
「どういう意味だ」
 すっと退いたランスロットが、わざわざ顔を覗きこんでくる。
「あとで食べさせてくれるんだろ?」
――呆れたやつだ」
 ささやきに込められた意図を察したものの、おとなしく呑みこむなどできるはずもない。
「戯れを持ちかけるのは、仕事を終わらせてからにするんだな」
 いたずらっぽくもどこか満足に目を細めたランスロットが、あっけなく執務に戻っていく。さきほどのふざけたやりとりなど嘘のようだ。真摯に引き締まった顔から目を離したパーシヴァルは、ランスロットのぶんのいちごを摘む。パーシヴァルのものと同じはずなのに、それは不思議とより甘く感じられた。
 果たして、今度はどれだけ待たされるのだろうか。いい加減、おあずけを食らうにも飽きてきた。せめてこのいちごを食しきるまでには、味わわせてくれるといいのだが。


小椋@OgrYtk