小椋
2017-11-29 21:33:35
1896文字
Public
 

【勇ヴィク】サイレント・ナイト

#勝生勇利誕生祭2017


 できるだけ音を立てないようにしてドアを閉める。まもなく薄暗い視界の先から寝返りを打つ衣擦れの音が届いて、ヴィクトルは反射的に身を竦ませた。
 呼吸を押し殺してじっと待ってみたものの、唸りには満たない微かな声を最後に静寂が戻ったことにヴィクトルはほっと胸を撫で下ろす。手荷物を確かめるように持ち直してから、ゆっくりとベッドに歩み寄った。
 こんもりと膨らんだ布団に包まったスリーピング・ビューティは、すよすよと穏やかな寝息を立てている。僅かに覗いたあどけない寝顔に、ヴィクトルは自然と目元をゆるませた。
 一年に一度の大切な日をどうやって迎えようかとあれこれ頭を悩ませていたのだが、ヴィクトルにどうしても外せない仕事が二日続けて入ったせいで、たいていの計画を取りやめざるを得なくなってしまった。
 用意できたプレゼントもいたってシンプルなものだ。レザーとスエードを組み合わせ、手縫いの風合いを携えたチョコレートカラーのグローブ。シンプルなデザインだから、勇利にも使いやすいだろう。なにより軽くて温かい。ついこの間、一緒に街中を出歩いた折に見立ててあげた冬用のコートにもきっと馴染むはずだ。
 店員によって綺麗に彩られた包みをそっと枕元に置く。翌朝に得られるだろう勇利の反応を思い浮かべてふっと口角を持ち上げたヴィクトルは、艶やかな黒髪を優しく撫でた。
 屈めていた身を起こして背を向けたところで、はし、と手首を掴まれる。小さく跳ねた心臓をそのままに振り返れば、おおいに眠気を引きずった勇利と目が合った。
「ごめん勇利。起こしちゃったね」
 薄っすらとしか開けないらしい双眸を緩慢な瞬きで一度だけ閉ざしてから、勇利はへにゃりと微笑んだ。
「まくらもとにぷれぜんとなんて、さんたくろーすみたい」
 手を掴んだままずりずりと後退する勇利の誘導に従って、ヴィクトルもベッドに乗り上げた。反対側に回ってから勇利の隣に収まるつもりでいたので、移動の手間が省けたことになる。
 プレゼントの存在に気づきながらも、すぐ開けてみる気はないらしい。勇利はヴィクトルが布団に潜りこんだのを確認すると、夜気を纏って冷えた体を躊躇いなく抱き締めた。
「くりすますはまださきなんだから、ぷれぜんとをくばるのはもうおしまい」
「へ?」
「ここで、いっしょにやすむんだよ」
 呂律の回らない舌で支離滅裂な内容を奏でた勇利は、酒気のせいでなく眠気のせいで箍がゆるんでいるようだ。ぽかんとされるがままになっていたヴィクトルは、呆れよりも愛しさが込み上げてくるのに任せて勇利の頬に擦り寄った。
「んんん、つめたいよ」
 むずがるように顔を離した勇利に、ヴィクトルはいたずらっぽく喉を鳴らす。ハグは厭わなかったくせに、こうやってくっつくのは駄目らしい。
 むむ、と不満げに唸った勇利が、鼻先にはむりと噛みついた。ぺろ、と舐められる感触にびくりと肩を震わせてから、ヴィクトルは我慢できずに笑みを零す。リビングルームの隅に置かれたふかふかのラグの上で、いまもおとなしく眠っているだろうマッカチンから施される触れあいとよく似ていた。
 異なる意図を見出したくなる気持ちが湧かなくもなかったが、未だ半分以上を夢の世界に置いてきている勇利には他意なんてないのだろう。現にぞんざいな仕草で頭を撫でてヴィクトルを宥めた勇利は、あっさりと眠りに落ちていった。
 仕方ないなあとばかりに息をついたヴィクトルの表情は、やわらかな慈愛に満ちている。
「俺はサンタクロースじゃないけど、もう充分休んだんだよ」
 氷の上から驚きという名のプレゼントを世界中に配っていたともいえるヴィクトルは、昨シーズン勇利の求めに応じてコーチを務めたことで、天国でのバカンスに似た、とびきり充実したひとときを過ごせた。たっぷりと休んで英気を養いながら、たくさんのものを見つけ、手に入れることができたのだ。
 現役復帰を決めてからというもの、再び人々に驚きという名の贈りものを配りつづけている。氷の上でも陸の上でも勇利に与えられるものはなんだろうかと頭を悩ませながらも、わくわくとどきどきに溢れた刺激的な毎日を送っているのだ。
 無防備にシーツへ置かれた右手を取って、黄金色の輝きが重なるように指を絡ませた。一定に刻まれる鼓動のリズムと、かけがえのない温もりに身も心も委ねていく。
 ありったけの祝福を贈るつもりでいたのに、むしろこちらが改めてプレゼントをもらったような気分だ。なにものにも変えがたい幸福を噛み締めながら、ヴィクトルは勇利に寄り添って目を閉じた。