小椋
2016-11-27 20:42:53
2022文字
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【勇ヴィク】ワン・モア・キス

#勇ヴィク冬のキス祭り
※ 誘って誘われるふたりのお話



「勇利」
 おいで、と手招きをされた。名前を囁かれただけで、そんな気分になる。
 勇利はぐっと声を詰まらせてから、目の前のヴィクトルにばれないようこっそりと呼気を逃がした。
 障子戸を開けたまま部屋に入ったヴィクトルに続いて、そっと敷居を跨ぐ。
 否応にも目に飛びこんでくるベッドの脇で、マッカチンがすやすやと寝息を立てている。ヴィクトルと温泉に入る前、ロードワークに出た勇利に付き合ったおかげで疲れが出たのかもしれない。
 穏やかな寝顔に口許をゆるめていると、不意に視界が陰りを帯びた。
「ヴィクトル、どうし」
 静かに詰められた距離に顔を上げたところで、頬に手を添えられる。ほのかに揺れるアイスブルーに意識を奪われているうちに、薄く開いていた唇を親指でなぞられた。
「やっぱり、かさついてるね」
 唐突に与えられたぬくもりは、呆気なく離れていく。ごそごそと荷物を漁ったヴィクトルが振り返ると、その手には見覚えのある黒と白の容器が乗せられていた。ヴィクトルは蓋を開けて中身を少し掬いとると、今度は人差し指で勇利に触れてくる。
「冬は特に気をつけなきゃだめだよ」
 日本の冬は乾燥するみたいだしね、と諭しながら、乾いて荒れた唇にリップバームを塗りつけた。甘い香りがふわりと広がって、微かにひんやりとした感触に撫でられていく。
 やがてヴィクトルは、うん、と満足げに頷くと、わざわざ容器を持ち変えてから、それまで遊ばせていたほうの手で勇利の頬を包みこんだ。仕上げだよ、と嘯いて、潤ったばかりのそこに口づける。わざとらしく奏でられたリップノイズに、目を瞠っていた勇利はふるりと睫毛を震わせた。
「な、っ」
 驚く勇利を、ヴィクトルは楽しげに眺めている。
「──これじゃ、意味ないと思うんだけど」
「魅力的な唇だと思ったら、つい」
 勇利が顔をしかめて抗議の意を示しても、ヴィクトルはまるで悪びれない。ついでに俺も塗っておこうかな、と歌うようにつぶやいて、上機嫌にリップバームを使いはじめる始末だ。
 まんべんなく行き渡るように塗ったヴィクトルは、閉じた唇をむにむにと動かしてから、最後にぱっと開いた。しっとりと艶を増した唇が、美しい弧を描く。
 思わせぶりな仕草に、勇利はヴィクトルの秘めた思惑を察せずにはいられない。狙い通りの行動で応えることに若干の苛立たしさを抱きながらも、賭けから降りる気はさらさら起きなかった。
 おやすみ、と別れの言葉を告げられてしまう前に、勇利はヴィクトルの唇を塞いでやることにした。
 軽くくっつけただけでおしまいにするつもりだったのに、すぐさま追いかけられてお返しを施される。はむりとやわく啄まれて、離れようという気持ちが綺麗になくなった。
 同じようにやり返して、むにむにと唇を甘く食んでやる。手入れの行き届いたそこは、いつだって滑らかでひどく気持ちがいい。せっかく使ったリップバームを塗り広げるようにも、奪い取るようにもとれる所作で、勇利はヴィクトルの唇を味わった。
 ちゅ、ちゅ、と浅い触れあいを繰り返す最中、ぬるりと熱く濡れた感触がして、舌を差し出されたことに気づく。仕掛けられてしまえば当たり前のように我慢は利かなくなって、勇利は請われるままに舌を絡ませた。腰をぐっと抱き締められて、火照った体がぴったりと密着する。熱の籠った吐息を交換して、そこに溶けた甘やかな声を堪能する。
 もっと深く、許されるところまで貪りたい。うなじから髪に手を差し入れて、後ろ頭を引き寄せる。からかうように逃げるいたずらな粘膜を、ただただ夢中で追い求めた。気ままに背中を泳いでいた手が、すがるように着衣を握り締めてくる。
「んんぅ」
 埋めきれない隙間から零れる声が苦しげなものに変わったところで、勇利ははっと我に返った。慌てて交歓を解く。つう、と銀の糸が伝うのを認めると、ヴィクトルの唇を舐めたあとで、舌舐めずりをするように自身のそれも拭った。
 余韻に浸るようにしてぼうっとその様子を見つめていたヴィクトルが、ゆるやかに目を細めてみせる。
「意味、なくなっちゃったね」
 最初から知っていて仕掛けてきたくせに、いまさらなことを言わないでほしい。部屋に招き入れた時点で、見え透いた未来だったはずだ。勇利とて、分かっていて誘いに乗った。
 それでも言葉という形を得たことで、胸のうちに燻っていた興奮は、より色濃く燃え上がってしまう。
「もういっかい……やり直そうか」
「魅力的なお誘いだね」
 掠れた声で切り出した提案を、ヴィクトルは軽やかに受け入れる。
 口実に用いられたリップバームが、造作の整った手から滑り落ちた。控えめに転がっていく音色に耳を傾けていれば、楽しげに間合いが詰められる。
 回りくどい戯れの終わりと、刺激的な行為の始まりを告げるように、勇利はヴィクトルの唇に噛みついた。



小椋@OgrYtk