小椋
2016-07-31 22:24:20
2579文字
Public
 

【ナギヤマ】くらくらり

#i7大和受け創作壁打ち
※ お題:夏バテ/眼差し



 なにげなく視線を向けた先で、窓から照り返す眩い陽射しに目を焼かれる。思わず顔をしかめそうになったのを、大和は寸前のところでこらえた。
 プライベートならなにげなく溢していただろう些細な仕草も、カメラの前では容易く披露するわけにもいかない。一応の取捨選択をさせてもらえるとはいえ、いつなにを切り取られて永久に残されてもおかしくない環境だ。一瞬が命取りになる。
 カメラマンの目配せを受けて、雑誌編集者の一人がこくりと頷く。どうやら雑踏の片隅での撮影に終止符を打つらしい。
 スタッフからの移動指示を受けて一歩を踏み出した途端、くらりと視界が揺らいだのを瞬きで誤魔化した。
 梅雨明けを迎えて本格的な夏が到来してからというもの、陽の光はいっそう容赦なく降り注ぐようになった。
 今日は間違いなく猛暑日だ。それだけでも勘弁してほしいところなのに、雑誌の発売日に合わせて秋の気配を感じさせる衣装に身を包み、常に陽光を反射する真っ白なレフ板を向けられているのだから溜まったものではない。次から次へと溢れてくる汗をスタイリストが拭ってくれるのも、これでいったい何度めになるだろうか。
 ある程度は日本の夏の暑さに慣れている大和でさえ、すぐにでも根を上げたくなるくらいなのだ。隣に立つ相方の苦労はいかばかりだろうかと、大和は隣をちらりと盗み見た。
 今回の撮影でタッグを組んでいるナギは、どことなく憂いを帯びた表情を浮かべて、きゅっと唇を引き締めている。おそらくそうでもしていなければ、肌を刺す陽光とあたりを取り巻く熱気に弱音を吐いてしまいそうなのだろう。メンバーや事務所のスタッフしかいない環境ならいまさら我慢などしないだろうが、さすがに雑誌撮影の関係者ばかりに囲まれた環境では憚りを覚えるようだ。路上ライブ後にガールハントに繰り出していたころが懐かしく思えて、大和は小さく笑みを零す。途端にナギから寄越された怪訝げな目線を、素知らぬ顔で受け流した。

 目的地である公園に到着する。ここでの撮影さえこなしてしまえば、炎天下での仕事から解放されるはずだ。
 シャッター音をBGMにナギと揃って芝生を踏み締め進んでいたところで、突然カメラマンの制止が飛び込んできた。どうやらカメラに不具合が発生したらしい。眉間に皺を作ってデジタル一眼レフを操作するカメラマンの元に、スタッフの幾人かが心配そうに駆け寄っていく。すぐには解決しそうにないと判断した大和は、好機を見逃さなかった。
「すいません、ちょっと休憩いいですか」
 片手を上げ、あえて軽めに申し出れば、汗を拭ってくれていたスタイリストが助太刀を出してくれる。熱中症になってしまっては大変だとの声が挙がれば反対する者はいない。快諾を得るなり、ナギは大和がアドバイスするまでもなく近くの木陰に収まった。それを横目にスタッフから預けていた財布を受け取った大和は、最寄りの自動販売機でスポーツドリンクを二本購入する。
 お釣りを回収しつつこっそりと確認したが、カメラはまだ正常に作動してくれないようだ。もっとも、プロならば予備くらい用意しているだろう。撮影の再開が不可能になることはないはずだ。貴重な休息の時間を無駄にするわけにはいかないと急ぎ足で戻れば、ナギは隆起する根の狭間にしゃがみこんでいた。
「ナギ」
 こちらを見上げる瞳は、氷がほろりと溶けたように潤んで揺らめいている。予想以上に弱っていることを思い知らされた大和は、虚を衝かれてうろたえた。
 思い起こしてみれば、このところのナギは少し元気がなかったような気がする。去年と同じく暑さにへばっているのだろうと思っていたのだが、もしかしたら夏バテになりかけているのかもしれない。
 動揺を誤魔化すようにして、ナギの額にペットボトルを押し当てた。
「OH」
 拗ねたように尖っていた唇がふわりと解ける。安心したかのような溜息とともに、冷たくて気持ちいいです、というつぶやきが落ちた。
「ソーリー、感謝します」
「おう」
 大和からペットボトルを受け取ったナギは、嬉しそうに目を細めた。
「ヤマトは優しいですね」
「褒めてもなにも出ないからな」
「Hm.....残念です」
 かちっ、とキャップを開く爽やかな音が響いた。ナギがスポーツドリンクをごくごくと飲むごとに、汗で煌めく喉仏の隆起が上下する。そこからふいと視線を逸らして、大和は傍らに立ったまま自分も水分補給をした。

 予想通り、そう経たないうちにスタッフの呼び声がかかった。どうやらカメラは無事使えるようになったらしい。これまでのデータも問題ないと告げられて、大和はほっと胸を撫で下ろした。猛暑に晒されながらの撮影を仕切り直すのは、ナギの体調的も自分の心情的にも回避したい展開だ。
 カメラマンの提案で、先にナギがピンで撮られることになった。すっと前に出たナギを見送って、大和はおとなしく木陰に収まる。
 もう何度も経験させてもらっていることではあるものの、モデルとして撮影に参加するのはどこか慣れない。動画で演技を見せることに関しても偉そうなことは言えないが、静画で一瞬を魅せることにはより難しさを感じるのだ。
 誰に言われるまでもなく、ナギはくるくると所作や表情を切り替えていく。
 どの一瞬も逃したくないとばかりに、シャッター音が絶えず鳴り渡る。レンズ越しに数多の読者を魅了するナギの目は、冷涼な光をたたえていた。吸いこまれそうな輝きは、人の心を魅了し、惹きこんで離さない。
 ぞくりと肌が粟立つ感覚に、大和は逃げるように息をつく。それは不格好な笑みの形をしていた。
 スタッフの称賛と慰労の言葉を浴びながら、ナギがこちらに歩み寄ってくる。撮影を終えた安堵からほわりと顔を綻ばせる姿からは、先程の鋭い眼差しは幻だったかのように感じられた。
 あまりの落差にくらくらする。
「前言撤回するわ」
 なんのことだとばかりに首を傾げるさまは、あどけないとすら思えた。これだから手に負えないのだ。
「帰ったら、お兄さんがご褒美くれてやるよ」
 いずれ反撃されることが分かりきっていても、一矢報いてやらずにはいられない。目を見開いたナギをそのままに、大和は再びカメラの前に立った。



小椋@OgrYtk