小椋
2015-07-03 23:20:01
1724文字
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【つるみか】ワンドロ第十回

※ お題:ほっと一息、転寝


 門を潜り抜けた途端、鮮やかな陽射しに瞳を焼かれた。一瞬だけ視界が眩む。ついさっきまで、薄暗い地下深くを探索し続けていたせいだろう。ゆったりと瞬きを繰り返せば、直に目が慣れてくる。庭先に出ていた者たちが賑やかに出迎える声に、三日月は口元を綻ばせた。
 第一部隊は現在、最下層への到達を目標に大阪城地下への出陣を重ねていた。先へ先へと向かうに従って、歴史遡行軍は手強くなっていく。機動力に優れた槍が現れるようになってからは、負傷者が出ることも多くなっている。
 怪我の程度が酷い者から順に、手入れ部屋へと案内された。軽傷にも満たない三日月の番が巡ってくるのは、しばらく先のことになるだろう。
 ひとまず呼ばれるまでは自室で休むことに決めた三日月は、回廊をのんびりと進んでいく。角を曲がったところで、前方に障子戸が半分開かれたままになっているのを見つけた。
 はて、あそこはなんの部屋だっただろうか。首を捻りつつ歩み寄った三日月は、その座敷をひょいと覗き込んでみた。
 真っ先に視界へ飛び込んできたのは、眩いほどの雪白だ。大量の敷布と浴布が、座敷一面を覆っている。
 このところ連日のごとく降り注いでいた本丸は、珍しく朝から晴天に恵まれていた。貴重な洗濯日和だと、当番の者が張り切ったのだろう。座敷の中央に陣取ったそのうちのひとりを見つめて、三日月は自然と微笑みを浮かべていた。
「鶴丸」
 名を呼んでも返事はない。静かに間合いを詰めれば、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 作業着姿の鶴丸は、正座を保ちつつ無造作に広がった浴布に顔を埋めている。洗濯物をこつこつと畳むうち、眠気に見舞われてしまったらしい。欲布を掴んだままでいるのは、ぎりぎりまで睡魔に抗おうとした結果だろうか。
 綺麗に折り畳まれた敷布と、雑に置かれた浴布を眺めてから、三日月はぽっかりと空いた鶴丸の隣に腰を下ろした。畳まれていない浴布を手に取って、丸まった鶴丸の背中に掛けてやる。きっと仕事の途中なのだろうが、安らかに眠っているところを起こすのは忍びなかった。
 遠くから響く喧騒と庭先で揺れる葉が擦れる音の間に、鶴丸の寝息が微かに届く。まさしく平穏を絵に描いたようだ。
 手近な浴布に手を伸ばしていた三日月は、それを掴むや否やふわりと欠伸を零した。鶴丸の代わりに多少なりとも洗濯物を片づけようかと思ったのだが、どうやら叶わぬようだ。出陣帰りの体では、泥のような眠気から逃れる術がない。
 少しの逡巡ののち、三日月はその場に寝転がることにした。休息を取るならば自室に戻ったほうがいいことは分かっていたが、どうにも移動する気になれなかったのだ。傍を離れるのが惜しい。どこよりも息をつける場所で、三日月は鶴丸に寄り添い瞼を閉じた。

*

 ぱっと目を開いた鶴丸は、がばりと半身を起こした。その拍子に、長らく変な格好でいた体が鈍い痛みを訴える。洗濯物を畳んでいるうちに居眠りをしてしまっていたらしい。手元の浴布を見下ろして状況を把握した鶴丸は、眠る前にはなかった気配へと視線を移した。
 いつの間に帰ってきたのか、戦支度を整えたままの三日月が畳に寝転がっている。健やかな寝顔を晒していることからして、夢の世界に心地よく身を委ねているらしい。浴布を掴んだままでいるのは、ひょっとして畳むのを手伝おうとしてくれたからだろうか。
 どうしたものかと思案していると、遠くから三日月を呼ぶ声がした。手入れ部屋に来るよう促しているようだ。
 よくよく三日月の姿を見てみれば、狩衣は浅く破れ、行燈袴には土埃がこびりついている。軽傷に至らずに済んだようだが、疲労は溜まっていることだろう。
 鶴丸は三日月の名を呼びながら、その肩を掴んで揺さぶる。起きてくれ、と告げたところで、長い睫毛が繊細に震えた。
「三日月」
 念を押すように声を掛ければ、優雅に瞼が押し上げられる。神聖な煌めきを帯びた眼差しがのんびりと移ろって、顔を覗き込む鶴丸を捉えた。
「帰ったぞ」
 鶴丸を認めた三日月が、寝惚け眼をゆるりと細めてみせる。おかえり、と応じながら、鶴丸は三日月の髪を優しく撫でた。



小椋@OgrYtk