小椋
2015-06-12 23:12:57
1747文字
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【つるみか】ワンライ第七回

※ お題:熱っぽい/風邪っぴき



 不覚を取った。自業自得だと苦言を呈されれば、まったくもって返す言葉もない。
 好奇心に駆られて雨の中をさんざん歩き回ったせいで、鶴丸は見事に風邪を引いてしまった。鋼の身であったころは雨に濡れても拭き清めてしまえば問題はなかったが、人の体ではそれだけでは済まないこともあるようだ。
 高熱が出ているせいで、頭はひどくぼんやりとしている。とにかく全身がだるい。喉がしきりに痛むせいで、喋るのも億劫だ。最低限の意思疎通を図るために口を開いても、不格好に掠れた声しか出せない。嚥下するだけでつらいから、食事を摂るのも一苦労だった。
「鶴。入るぞ」
 来訪を告げる三日月にも、応える気力が湧かない。三日月もそれを心得ているらしく、返事を待たずに障子戸を開けて部屋に入ってきた。
 鶴丸は倦怠感に支配された体を押して、どうにか半身だけは起き上がる。それに伴い、綺麗に折り畳まれた手拭いがぽとりと布団に落ちたことで、すっかり温くなったそれを額に乗せていたことを思い出した。すっと拾い上げて、枕元に置かれた水桶の縁に掛ける。
 褥の傍に腰を下ろした三日月から、畳に置かれた盆へと視線を移す。そこには、粥の入った器と水飲みが置かれていた。厨から昼餉をもらってきてくれたのだろう。しゃがれた声で礼を告げれば、気にするな、無理に喋らなくてもよいぞ、と窘められた。
 粥の入った器を持った三日月が、匙で一口分を掬い上げた。鶴丸は差し出されるままにそれを銜えて、粥をのろのろと咀嚼する。覚悟を決めてごくりと嚥下すれば、温かな感触が喉元を過ぎていった。朝餉でも食べたものだ。ほんのりと塩味が利かせてあるらしいのだが、味覚が鈍っているせいで判別がつかない。もったいないと思いつつ一連の流れを幾度か繰り返したところで、唐突に三日月が笑い出した。理由を問う代わりに首を傾げれば、三日月は再び匙で粥を掬い取った。
「いやなに、まるで餌づけのようだと思ってな」
 鶴だけにってか、と戯れに乗じる気力もない。嬉しそうな三日月に少しだけ目を細めて、口元に運ばれた粥をはくりと含んだ。
 ちょうどよい量を用意していてくれたおかげで、食欲が湧かないなりにも残さずに済む。空っぽになった器を盆に片づけた三日月が、代わりに水飲みを渡してきた。風邪薬を口に含んでからそれを受け取って、一思いに呑み込んでしまう。水分補給も兼ねて白湯を飲み干すと、空いた水飲みを三日月に差し出した。
 ごそごそと布団に潜って横になったところで、三日月が手拭いを水桶で濯ぎ始める。ちゃぷりと泳がせてからぎゅうと絞ると、鶴丸の汗ばんだ額に掌を押し当てた。心地よい冷たさに、鶴丸はふわりと目元を緩める。額の上に手拭いを置いてからも、三日月の手は鶴丸から離れなかった。
 三日月は触れられるのが好きなわりに、なかなか自ら触れようとはしない。これまで美術品として愛でられ、人の身を得てもなにかと世話を焼かれているからか、どうも自ら動くという発想に欠けているようだ。だから鶴丸は、三日月が自ら触れてくれるときをとても大切にしていた。
 今日は大盤振る舞いもいいところだ。慈しむ手はどこまでも優しい。普段はやわらかく温もっているそれが、ひんやりと冷たいのは鶴丸のせいだ。蒸れた空気を逃がすように髪を梳いていたかと思えば、再び頬をすりすりと撫でられる。
 触れられるたびに、風邪とは理由の異なる熱が胸のうちを火照らせていく。
 こんなふうにしてもらえるなら、体調を崩すのも悪くない。さんざん心配と迷惑を掛けているくせに、そう思うやましい心を止められなかった。
 うっとりと瞬きをすれば、三日月は珍しく困ったように微笑みを浮かべる。
「お前がしおらしいと、調子が狂う」
 思わぬ台詞に目を丸くすると、咎めるように頬を軽く抓られてしまう。
「早く治れ」
 祈りの文句にも、命令の言葉にも聞こえるそれに、鶴丸は小さく息を漏らした。見慣れた鷹揚な笑みが崩れて、整った顔立ちに戸惑いと気遣いが滲んでいる。
 ついさっきまで、看病するのを楽しんでいたくせに。調子が狂うのはこちらのほうだ。
 やはり風邪はよくない。鶴丸は熱に浮かされた心で、そう強く念じた。



小椋@OgrYtk