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小椋
2015-06-05 23:07:24
1523文字
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【つるみか】ワンライ第六回
※ お題:梅雨/相合傘/雨上がり
今日は朝から雨が降り続いている。季節の変わり目を迎え、梅雨入りを間近に控えているのだろう。透明な滴を弾く青葉は、曇天の下でも瑞々しく輝いている。
木張りの廊下の湿った感触を確かめながら歩いていた三日月は、庭先に鶴丸の姿を見つけた。内番用の袴姿で、傘も差さずに朱塗りの太鼓橋を渡っている。雨に打たれているというのに、その足取りは軽やかなものだ。
自室に戻ろうとしていた三日月は、踵を返して玄関に向かった。草鞋を履くと、壁に立てかけられていた雨傘を一本手に取って外に出る。
太鼓橋の掛けられた池のほとりまで来たが、既に鶴丸の姿はない。あたりをきょろきょろと見渡した三日月は、紫陽花の前でしゃがみこむ丸まった背中に気づいた。
ぬかるんだ地面を踏みしめるたびに、ちゃぷちゃぷと足音が響く。足先が濡れるのも厭わず歩み寄っても、鶴丸はじっとなにかを見つめたままだ。
「濡れるぞ」
傍に立ち止まって傘を差し向ければ、ようやく関心がこちらに向けられた。
「いいさ。濡れたくて濡れてるんだからな」
「物好きめ」
「君こそ濡れてるぜ」
雨粒の跳ねた足先を、ちょんちょんと触られる。三日月は誰のせいでと言わないままに、その指先を軽く蹴ってやった。愉快げに喉を鳴らした鶴丸が、先程まで熱心な視線を注いでいた場所を指し示す。
「かたつむりか」
三日月は鶴丸の隣に腰を下ろすと、僅かに身を乗り出しで葉先を覗き込む。大きなかたつむりが、紫陽花の葉脈をゆるゆるとなぞっていた。
「紫陽花が綺麗に咲いていると思ったら、こいつを見つけてな」
鶴丸がかたつむりをつんつんとつつけば、頭が渦巻いた殻の中に引っ込んだ。
「頭から伸びていたのはなんだろうな」
「角、いや槍、目玉だったか?」
「はっはっは。結局どれだ?」
「俺にも分からん。短刀たちがそんなふうに歌ってたのを聞いただけだからな」
そのうちかたつむりは再び頭を出して、のろのろと動き始める。鶴丸ももう邪魔する気はないようで、近くで咲き誇る紫陽花を見渡した。
「それにしてもよく咲いてるなあ」
「うむ」
今が盛りの時季だとばかりに、紫陽花は鮮やかな花を咲かせている。白に青、青紫に赤紫と複雑な彩りを魅せる姿は、いくら眺めていても飽きない。
「雨に濡れるのも悪くないと思ったが、雨粒が傘で弾ける音も乙なもんだな」
屋内で鼓膜を打つ雨音とは風情が異なり、傘の下で響くそれは軽快に跳ねている。音色に耳を傾けていると、傘で仕切られた小さな世界に閉じ込められたかのようだ。
ふと隣に視線を流せば、凪いだ金の眼差しに捕らわれた。互いを隔てる隙間が埋められて、息遣いの伝わる距離に変わる。素直に瞼を閉ざすと、やわらかな感触が思い描いた場所に贈られた。
「驚いたか?」
悪戯っぽく目を細める鶴丸に、三日月はたまらず笑みを零した。
「冷たいな」
「なら、君が温めてくれ」
ありきたりな台詞を吐いて弧を描く唇を、一瞬だけ塞いでやる。わざとらしく物足りなそうな顔を晒すのに笑って、三日月は立ち上がった。
「温まりたいなら、もっと別のやり方があるだろう?」
戯れに寄越された期待に応えてやれば、鶴丸も笑いながら腰を上げた。代わろう、と柄を掴んだ手へ素直に傘を委ねて、一緒に短い帰路を辿っていく。
悪天候でも構わず飛び回る鶴は、隣で機嫌よくじゃのめの歌を口ずさんでいる。
どうせどちらも非番の日だ。どれだけ怠惰に過ごそうが、誰に咎められることもない。濡れるのが嫌だからといまさらな言いわけをして、部屋に閉じこもるのも悪くはないだろう。
雨が上がるのは、もうしばらく先のことでいい。
小椋@OgrYtk
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