小椋
2015-05-29 23:36:21
2062文字
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【つるみか】ワンライ第五回

※ お題:秘密



 一日中畑仕事に勤しんだおかげで、すっかり汗を掻いてしまった。袂を掴んで火照った肌に風を送りながら、鶴丸はのんびりと廊下を進んでいく。
 もう少しで夕餉の時刻だ。厨から、食欲を誘う香りが漂ってくる。
 つい先程には、門のほうから賑やかな声も聞こえてきていた。おそらく、遠征部隊が帰還したのだろう。
 障子を開けた鶴丸は、なんの気なしに自室へ足を踏み入れようとして思い留まった。畳の上に、鮮やかなさつきの花が落ちている。しゃがみこんでそれを拾い上げた鶴丸は、思わず目を細めた。
 誰かが意図的に持ち込まなければ、こんなところに落ちているはずのないものだ。確かめるまでもなく、かわいい悪戯の犯人は分かっていた。
 三日月だ。
 かつて、鶴丸が三日月に対して行ったことを真似しているのだろう。
 しょっちゅう遠征に派遣されていたころ、鶴丸はよく手土産を持って三日月に会いに行っていた。手土産と言っても、遠征先で調達したわけではない。帰還してすぐに、庭を歩き回って見つけたものだ。綺麗に咲きながらも萼ごと落ちていた花、おもしろい形をした石など、たわいのないものばかり拾っては、三日月の部屋に届けていたのだ。
 それは単に驚きを与える戯れではなく、おとないの前触れを兼ねていた。
 夜を迎えたら改めて部屋を訪れて、土産話を語って聞かせる。それから後のことは、もはや言うまでもないことだろう。
 さつきの花を掌に乗せれば、品のいい香りがほのかに鼻腔を擽った。
 こうしてわざわざ真似るくらいなのだから、三日月の心に響くものがあったのだろう。そう思えば、どうしたって浮かれずにはいられない。
 濃い桃色に染まる花弁は、どれだけ眺めても飽きないほど華やかで綺麗だ。
 約束の印に唇を寄せる。
 ふと思いついた戯れに、鶴丸はにやりと口角を持ち上げた。


 夜更け過ぎに部屋を訪れた三日月を、待ちかねたとばかりに迎え入れる。
 褥に座した鶴丸が促すままに腰を下ろすと、三日月は遠征での思い出を楽しげに語り始めた。時刻を鑑みてか密やかに紡がれる声が、睦言のように甘い響きを帯びている。
 じっと耳を傾けながら相槌を打っていると、やがてそれがふつりと途絶えた。話題が尽きてしばらくの後、三日月がちらりと視線を送ってくる。小さな三日月を浮かべた瞳には、確かな期待の色が溶けていた。鶴丸が我慢できずに口元を緩めてしまえば、すっと目が眇められる。
「鶴」
「ん?」
「なにか企んでおるな」
「いやいや」
 咎めるような眼差しから逃れるようにして、鶴丸は文机に手を伸ばした。本の上に乗せたままにしていた、さつきの花を手に取る。
「君がこれをくれたんだろう?」
 なにをいまさら、と言いたげな三日月に気づきながら、さつきの花をくるくると弄ぶ。
「主から花言葉の本を借りてるんだが」
「花言葉か」
「君も知っているだろう?」
「うむ、短刀たちが教えてくれたからな。いくつか知っているぞ」
「そんな君がくれた花だ。どんな意味があるのかと調べてみたら、さつきの花言葉は節制だというからな。てっきり、こういうことはほどほどにしろと言われているのかと」
わざとらしく答えを明かせば、合点がいったらしい三日月が声を上げて笑いだす。
「はっはっは、なるほどな」
 そう来たか、と呟いてから身を寄せてくるのを、鶴丸はおとなしく待った。頬に沈んだ指先が耳朶を掠めて、伸びた髪ごと項を包んだ。まもなく口を塞がれる。啄ばむように触れては離れてを繰り返した後、微かな音を立てて浅い交わりが解けた。
「満足したか?」
 答えの知れた問いを口にして、鶴丸は嫣然と微笑む情人を見上げる。
「いやいや、こんなんじゃ物足りないね」
 背中に腕を回して褥に組み伏せれば、楽しげな笑い声が転がった。


 鶴丸が目を覚ましたとき、既に三日月の姿はなかった。
 見送れなかったことを残念に思いながら、ふわりと欠伸を零す。うつ伏せになって身を起こそうとしたところで、枕元に花が置かれていることに気づいた。小さな白い花を拾い上げて、しげしげと眺める。しばらく観察してから、ようやく藤の花だと気づいた。ぶどうの房のように連なっている姿ばかり見慣れているせいで、すぐには分からなかったのだ。
体を起こして文机を確認すれば、本が開かれたままになっている。にじり寄ってその頁を調べてから、鶴丸は昨夜の三日月のように笑い声を上げた。
 この本で花言葉を調べてから、庭に花を調達しに行っただろう三日月を思う。いったい、どれだけ早起きをしたのだろうか。掛けた時間と手間は、それだけ相手を想っている証だ。
 誰かれ構わず自慢して回りたくなるのを、鶴丸はぐっと堪えた。恋文めいたやりとりを、不用意にひけらかすなんてもったいない。
 甘美な秘密を抱えた鶴丸は、朝餉の席でどんな顔をして挨拶を交わしてやろうかと、弾む心で思案を巡らせていった。



藤の花言葉:あなたの愛に酔う、至福のとき

小椋@OgrYtk