小椋
2015-05-08 23:21:53
1886文字
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【つるみか】ワンライ第二回

※ お題:初夏または立夏



 本丸の庭に設けられた広大な畑を見渡して、三日月は緩やかに瞬きをした。
 しばらくぶりに足を伸ばしたそこには、記憶と異なる光景が広がっている。
 奥の畝では、ほうれん草と小松菜が青々と生い茂っていた。中央ですっと伸びている葱に似た葉鞘は、おそらくたまねぎのものだろう。先日の夕餉で、舌の上でとろける甘さに舌鼓を打ったことを思い出す。手前ですくすくと育っているじゃがいもも、近々収穫できるようだ。
「しばらく見ないうちに、ずいぶんと草が生えたなあ」
……おお、雑草か」
 共に畑当番を命じられた鶴丸が、足元を見下ろして微かに眉根を寄せている。つられて地面に視線を落とした三日月も、ぽつぽつと生えた雑草を見つけて頷いた。
「まずは草取りだな」
「ああ」
「じゃ、俺はあっちの端からやってくぜ」
「あいわかった」
 鶴丸が畑の向こう側へ歩いていくのを見送ってから、三日月は手前にある畝の近くで腰を下ろした。軍手を嵌めた手で雑草を掴み、根元を鎌で掘っていく。根からしっかり引き抜かないと、再び芽吹いてしまうらしい。最初は鎌の使い方が分からず苦労したが、今ではそれなりに扱えるようになった。綺麗に雑草を取り除けたときには、ささやかながらも達成感を得ることができる。無心で単純作業を進めていくのも案外楽しいものだ。
 畝一つ分の作業を終えて、三日月は場所を移動した。ひたすらに草をむしっていると、眩い陽の光がじりじりと項を焼く。三日月の額や首筋からは、次から次へと汗が噴き出していた。暑くてならないが、ここで手を止めるのも半端だ。
 せめてこの畝だけでも終わらせてしまおうと、三日月は手を速めた。ぷつぷつと草を引き抜いて、掘り起こした土を元の通りに馴らしていく。
「おーい、三日月」
 鶴丸の声に、三日月は顔を上げた。次いで立ち上がろうとした途端に、くらりと視界が歪む。奇妙な浮遊感に伴って、脳が揺れるような感覚を覚える。
 視界が眩む。
「三日月!」
 鶴丸の声も遠退いて、世界がぱたりと黒く閉じた。


 ふわりと意識が浮上する。
 瞼を開けた三日月の視界に飛び込んできたのは、鮮やかな白だった。さすがに驚いて、寝返りを打つように体勢を変える。仰向けになったところで、覗き込むようにこちらを窺う鶴丸と目が合った。
「おっ、お目覚めかい?」
 穏やかに微笑まれて、三日月はぱちぱちと瞬きを返す。こちらを安心した様子で見下ろした鶴丸は、団扇をこちらに向けてゆっくりと閃かせている。そよそよと送られる風に、三日月はうっとりと瞬きをした。ぐるりとあたりを見回すことで、なんとなく状況を理解する。
「俺は倒れたのか」
「ああ」
 三日月は座した鶴丸の膝を枕にして、縁側で横になっていた。おそらく、鶴丸がここまで運んできてくれたのだろう。
「すまんな」
「いきなり倒れたからな。さすがに驚いたぜ」
 軽く応じた鶴丸は、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「ねっちゅうしょう、というらしい。暑くてじめじめしてる日になりやすいらしいぜ。君はこのところ出陣続きだったからな。疲れが溜まってたんだろう」
 空いたもう片方の手で、優しく髪を撫でられた。露わにされた額を煽がれて、三日月は心地よい涼しさに息をつく。
「お前は暑くないのか?」
「俺にはこれがあるからな」
 ちゃぷ、という音に、三日月は横になったまま目線を地面に移す。鶴丸の足元には、冷水で満たされた木桶が置かれていた。誰かが鶴丸を気遣って用意したのだろう。裸の足が泳ぐように動いて、涼やかな水音が響いた。
「日陰で休んでいれば、君の具合もよくなるらしい。まあ、だからといってこの体勢はどうかと思ったんだが……なにせ、君が離してくれなかったからなあ」
 からかうような物言いに、三日月はいまさらながら自分がなにかを握っていることに気づいた。力を込めていた指を解けば、皺の刻まれた鶴丸の羽織が掌から滑り落ちる。意識を失っている最中、いつからか縋ってしまっていたようだ。
「ふむ。これが膝枕というやつか」
「寝心地はどうだい?」
「そうだな」
 この枕はお世辞にもやわらかいとは言えないだろう。合戦場を駆けて刀を操るにふさわしく、しっかりと筋肉に覆われた感触がする。
 改めて鶴丸を見上げる。三日月が倒れて慌てた際についたのか、その鼻先には泥の線が一筋引かれている。三日月はおもむろに手を伸ばして拭ってから、すりすりと頬を撫でてやった。目を瞠る鶴丸を見上げて、三日月はやわらかく微笑んでみせる。
「悪くないぞ」



小椋@OgrYtk