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小椋
2015-05-01 23:11:04
1613文字
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【つるみか】ワンライ第一回
※ お題:フリー
再び襖を開いた座敷からは、昨夜の残り香などすっかり消え失せていた。
「おお、鶴か」
「邪魔するぜ」
やわらかな陽の光が降り注ぐ三日月の私室に、鶴丸は勝手知ったるとばかりにずかずかと足を踏み入れていく。三日月も慣れたもので、おっとりと声を上げた他に動じる気配はない。
鶴丸が視線を向ければ、いつものように泰然とした微笑みとかちあった。主から出陣を命じられているというのに、三日月は微塵も焦ってはいないようだ。いつものことかと片づけた鶴丸は、刀身を手に押し入れの前でどかりと腰を下ろした。
鶴丸が特にもてなしを望んでいないことを察したのか、三日月は着替えの続きに取りかかる。緩く掴んでいた襦袢を羽織ったことで、それまで曝け出されていた肩が隠れてしまう。宵のうちに確かめた滑らかな触り心地に思いを馳せていた鶴丸は、ふっと浮かんだ企みを実行に移すことにした。
「俺が浮気したらどうする?」
唐突な問いかけに、三日月は、ふむ、と小さく応じる。そうして何事かを思案するそぶりを見せた後、優雅に袖で口元を覆った。
「俺というものがありながら
……
」
よよよ、と泣き崩れる真似をしてみせる。いかにもわざとらしい演技に対抗して、鶴丸も芝居がかった困り顔を形作った。
「おいおい、勘弁してくれよ」
刀を畳に置き去りにしたまま、すっと立ち上がって歩み寄る。
「君の泣き顔なんて貴重すぎて、興味を惹かれてしまうじゃないか」
涙を拭うように頬を撫でてやれば、三日月はゆるりと目を細めた。
「ひどい男よ」
鶴丸が、すまんすまん、と笑み混じりに謝れば、三日月はふいと顔を背けてしまう。鶴丸の呼びかけに応えぬまま、行燈袴に足を通していく。
全てが戯れのうちではあるものの、仮定の話とはいえ浮気に興味が湧いたと言ったことと、そもそもが戯言とはいえ浮気の話を持ち出したことを窘めているのは事実なのだろう。
とはいえ心から責めているわけでもない。ただ、駆け引きめいたやりとりを楽しんでいるのだ。それは三日月だけでなく、鶴丸もまたそうだった。睦言のようなものだ。
「俺が浮気をしたらどうする」
同じ質問を返される。負けてもいいと宣いながら演練であろうと手合せであろうと手を抜くことをしないのは、ようするに負けず嫌いということなのだろう。だからこれは意趣返しだ。それでも乗らない手はないと、鶴丸はもったいぶるように、んー、と首を傾けた。
「君を飽きさせたということなら
……
もっと驚きを用意しないとな。俺もまだまだ修業が足りないということだろう」
「はっはっは、そうかそうか」
予想の範疇だったのか、三日月は鷹揚に笑うばかりだ。
「まあ
……
それはそれとして、相手の顔が見てみたいねえ」
「ほう」
「君の心を奪った相手だ。きっと学ぶところも多いだろう」
おもむろに、三日月の眼差しが鶴丸を射抜く。
「学ぶ? その顔でか?」
今にも切り捨てそうだぞ、と釘を刺される。鶴丸は軽く肩をすくめてみせた。
「
――
参ったな。俺はただ、君にとっておきの驚きを提供したいだけだぜ」
手袋を嵌めた指先でするりと柄を撫でたことを、見逃してはいなかったらしい。とはいえこれは、間近に迫った戦いに昂るからこそだ。
遠くから、鶴丸と三日月を呼ぶ声がする。出陣の合図だ。
「ま、とりあえずは戦場での驚きを贈ろうかな」
「はっはっ、期待しているぞ」
目に鮮やかな濃紺の狩衣を纏い、ようやく戦支度を整えた本日の部隊長が、刀を手に障子戸へ手を掛けた。いつも通りの、三日月宗近の姿がそこにある。鶴丸国永は鞘を握る手に力を込めた。さんざん待たせておきながら、しれっと先を行く仲間の背中を追いかける。
情人との甘やかなひとときも、驚きに満ちた日々の営みも、全ては戦いに身を投じることでこそ守られているのだ。
さあ、新たな一日を始めようか。
小椋@OgrYtk
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