皆瀬茶太(シキゴウ全)
2024-03-01 10:12:49
3228文字
Public 小説
 

豆腐の角か馬の脚か【クラーク/ブルース】

誕生日は皆で祝うんだからバレンタインは甘い雰囲気を求めたいクラークとそれを聞かされるメンバーと当事者なのに状況読めないブルース

「先に始めていてくれて構わない」というメッセージをアルフレッドに託し、会場であるウェイン邸でありながらブルース・ウェインのいない飲み会が始まった。
 ウェインの仕事では誰もどうしようもない。
「ブルース様は、ただいまこちらに向かっております」
 適切なタイミングでアルフレッドが軽食と飲み物を提供する。
 一つ。誰もが想定外だったのは、素面でクラーク・ケントが恋愛相談をもちかけたことだろう。
「好きって言われたい」
 同じセリフを何度聞いたか数えるのはやめた。
 とはいえ無視もできない。一瞬でクラーク以外が視線を交差させた結果、アーサーになった。
「言われてねえのか甲斐性ねえな」
 瓶ビールを煽りながら適当に言っても、クラークは気にせずに続ける。
「え、言ってくれてるよ?」
「会話しろっ てめぇ酔ってんのか」
「酔えるなら良かったのにね」
 アンニュイが似合う表情をされても誰も寄り添わない。なにせ、何度目か忘れたが既視感がある。
……ダイアナ、タッチ」
「ビクターと代わったばかりだからノータッチ」
「贔屓すんじゃねえ。じゃあおめぇだ、俺よりアイツとつるんでるんだろ」
 死んだ魚の目になる前に、バリーの肩を叩いた。
「肩だけどちゃんとタッチするまで交代しないの見た目によらず真面目だと思ったのは思うだけにしておくよ。あ、言っちゃったね。でもポジティブな事だから大丈夫。話し聞く前にツマミ持ってきていい? 腹が減ってはなんとやらでしょ」
 言うなりバリーは文字通り電光石火で消え、瞬きよりも早く戻ってきた。
「お待たせ。アルフレッドさんが、これも持ってって良いて。で、なんの話してたっけ?」
 手製のフィンガーサンドイッチと、チップス詰め合わせボックスと瓶ビール6本セットを抱えるバリーに、クラークがなんとも言えない顔で首をかしげた。
「うーん」
「お前はタッチ権ないからな」
 アーサーが片笑みでビールを飲み干し、バリーが持ってきた新しい瓶を手にする。
 ブルースが来ればもう話を聞かなくて済むのにと、クラーク以外が思ってどれほどか。
「でも頷くとか、「俺もだ」とかって言ってるていうの? その後の照れ顔が可愛いからプラマイゼロどころかプラスだけど、僕は「好き」て言われたい! 僕の目を見て、ウェイン様じゃないあのキュートな笑顔で!」
 もはや聞く形すらやめたが、聞こえるものはどうしようもない。そしてクリプトン人は諦めない。
「だって今日バレンタインなんだよ? 誕生日は皆で祝うんだから僕だけの「好き」を貰ったって罰は当たらない」
「そのバレンタインに皆で集まってるのは良いんだ。僕は楽しいからいいけど。ね、ビクター」
「同意を求めるな」
 俺も酔いたい、と痛切に願うが叶わない。
「ブルースへの誕生日サプライズを考えるための集まりですもんね今日」
 ダイアナは企画に賛成したのでここにいるが、今決まらなくても構わないと思っている。
「その為にアイツに仕事差し込んだってのに、決める前に蝙蝠野郎戻ってくるのは良いのか」
 アーサーは酒と宴会につられて来ているので、まず企画が頭に入ってこない。
「でも意外だなあ。ブルース、あのブルース・ウェインだよ? 僕が知ってるだけでもゴシップ何個あるのさって感じなのに、「好き」て言われたいて思われるような態度なんだ。ちょっと親近感わくかも」
 バリーは最初から全てに賛同して、今も楽しそうに笑いながら飲んで大いに食べている。
「いや、アレはクラークの前でだけ心拍数がおかしくなっている。ブルース・ウェインは本当に生身の人間かと疑うほどに心臓は愉快なビートを刻んでいるな」
 適切な距離感であれば楽しめるビクターが、今夜一番の爆弾発言を吐露する。
 これにビクター以外の全員が、目を丸くした。
 一寸の沈黙の後、起きたのは小嵐のような笑い声。クラークだけは笑い声は無く、蹲って床を叩いていた。ウェイン艇の床は頑丈だ。
「見るなって約束守らず僕だけのビートを聞けば良かった……っ」
 一方。彼らの会話だけを聞いていた別室のアルフレッドの口元にも笑みが浮かべられていた。
 幸か不幸か、この屋敷の主が戻ってきた。
 最初に出迎えた執事がやけにご機嫌なのは何故なのか。ハテナマークを飛ばしながらも、開口一番にブルースは執事に問う。
「で、俺の家で俺を外してまでしたかった事はできたのか?」
「どうでしょうね」
 主のコートを受け取り、宴もたけなわな部屋まで共に歩く。
「ブルース様に私が隠し事は出来ませんが、今は、私が願った物は得られましたとだけ」
「お前が貰ったのか」
 わずかではあるが声のトーンが上がり、ブルースの表情には、一時期住んでいた眉間の皺はない。執事が嬉しいと言える状況を面白がっている。
 では、今回の秘密の時間はアルフレッドに関係することだったのか、と考えている間に到着した。
 扉を開ける寸前を狙って執事がヒントを与える。
「ですので、あなたは今すぐクラーク・ケント様の願いを叶えてさしあげてください」
「ん?」
 どういう意味だと返す前に執事は閉めた扉で見えなくなり、振り返る間もなく誰かに抱きしめられた。いや、誰かなど分かっている。
「ブルース!」
 見なくても分かる体格、抱きしめてくるから伝わる体温、この腕の太さと自分の腰に手を回す素早さ。なによりこの声。
「な、な、なっ」
「ブルース、ああ本当だ、なんて素敵なステップビート!」
「何がだ⁈ 」
「実は顔で分かってたけど実際に見たり聞くと破壊力が凄いね。口から出ないのが不思議だ」
「何のだ⁈ 」 
 ブルースにとって至近距離で浴びるクラーク・ケントの笑顔は常に心臓に悪い。
 まさか聞くな見るな触れるなと約束したのに破ったのか、と問いただしたいのに舌が回らない。
 至近距離の恋人の笑顔は強かった。クラークの背後で崩れ落ちて笑っている仲間すら見えない。
「ハッピーバレンタイン、ブルース! 」
……どういうことだ」
 数秒で息も絶え絶えのブルースだが、話が見えないことには困惑している。信頼する執事は恋人の願いを叶えろと言った。誰もかれも理由を聞いても、きっと今は答えてはくれまい。
 何故なら周囲に目をむけさせる気がないほどにクラークの抱きしめる腕は強く、自らの鋼鉄の体で仲間からブルースを隠している。
 やたら暑いのは自分の体温が急激に上がっているからだろう。頬ずりさえしそうなほど無邪気な顔で、自分だけを見ろとブルースの名前を呼ぶ。
「ねえ、ブルース。僕のこと好き?」
 とうに伝え合っている心を、彼は全身で求めてきたことに、一瞬ブルースは動きを止めた。
 アルフレッドの言った意味に気づき、全てを見られていることも聞かれていることは元より、状況の疑問も全て。頭の片隅どころかウェイン産業スペースシャトルで宇宙に放り投げた。
 愛と勇気だけを心に詰めて。
「もちろん好きだ。クラーク、俺を愛してくれてありがとう」
 思い描く通りのキュートな笑顔かどうかは、自らの体で隠したクラークだけが知っている幸福。


「とはいえ最後に「ハッピーバレンタイン」と言って頬にキスしたのはちょっとウェイン様が出てたから私としては満点ではないのよね」
「ダイアナに全面同意する」
「僕も一票! あ、ブルース来たからブルースの誕生日にするサプライズの企画考えるの終わっちゃったね」
「お前が全部言ったしな今」
……本当になにがあった」
 ウェイン様てなんだと尋ねるべきか、ずっと抱きしめている男に居たたまれないから二人きりの時にして欲しいと言うべきか。
「んー ブルース好き~」
「分かった。俺もだ。だから力は加減してくれそろそろ折れる」
「豆腐の角か馬の脚かどっちがいいかしら」
 ダイアナの一言は、二人以外にはよく聞こえた。