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chu!ppiness
2024-03-01 10:06:41
4891文字
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chu!ppiness 第1話「無敵じゃない魔法」
nanaにて活動予定のアイドルユニット「chu!ppiness」結成秘話🌸
第1話「無敵じゃない魔法」
柏木あんなが「アイドル」という新たな光を見つけるまでのお話です。
書き手:柚鈴 (
https://twitter.com/Citlisamusic
)
🍓柏木あんな>>
https://nana-music.com/sounds/06afc04e
chu!ppiness 公式nanaアカウント>>
https://nana-music.com/users/10589522
chu!ppiness 公式Twitterアカウント>>
https://twitter.com/chuppiness_
❁柏木あんな
あんなにとって、歌は魔法だ。世界を煌めかせるための、特別な力だ。
楽しいときや嬉しいとき、歌はその気持ちをもっと膨らませてくれる。悲しいときや寂しいとき、歌はその気持ちに寄り添ってくれる。スニーカーの紐をぎゅっと結んで、今すぐ走って行きたいようなときめき。傘を差したまま俯いて、夜を映した水溜まりを眺めていたいような感傷。あんなの心を満たすいろんな気持ちの隣には、いつだって歌があった。雨上がりに架かる虹のように、道端に咲く花のように、帰り道に光った一番星のように。歌はいつでも、あんなに前を向く力をくれた。歌っていればいつでも、時間を忘れて夢中になれた。世界中で一番無敵のスーパースターになって、どんな夢でも叶えられそうな気がした。いつから歌うことが好きだったのかは、もう覚えていない。気付いたときには、歌はあんなと共にあった。春が来れば花の歌を、夏が来れば海の歌を。物心ついた頃には、歌はあんなにとって生活の一部だった。歌うことが好きだから。歌っていると楽しいから。そんな無邪気な「好き」を原点に始まったあんなの歌を魔法に変えたのは、大好きな母の言葉だった。
「あんなの歌を聴いていると、心が元気になるの」
陽だまりみたいな優しい笑顔を浮かべて、あんなの母はいつもそう言ってくれた。昔から身体の弱かった母は、あんなが幼い頃から入退院を繰り返していた。なかなか完治しない病気に辛そうな様子を見せていた母が、あんなの歌を聴いて笑ってくれる。その瞬間が、あんなにとって一番幸せな時間だった。大好きな歌を歌えば、大切な人が笑顔になってくれる。それ以上に嬉しいことなんてなかった。幼稚園で教わった歌。テレビで流れていた歌。母に喜んでもらいたくて、色々な曲を披露した。青空を突き抜けて宇宙に届くくらい、真っ直ぐに声を響かせた。母が嬉しそうに笑ってくれるたびに、心が温かくなった。歌は、魔法だ。自分の心を躍らせて、誰かの気持ちを弾ませる。夜空に流れ星を降らせるみたいに、ありふれた時間をかけがえのないものに出来る。そう気付いたときにはすっかり、あんなは歌のとりこになっていた。
みんなで歌えば、もっと楽しくなる。そう気付いたのは、小学三年生のとき。友達に誘われて、地域の合唱団に入ってからだった。合唱は、すごい。一人で伸び伸びと歌うのとは、まったく違った気持ちよさがある。幾つもの声が重なり合って、一つの音を形作っていく。歌うみんなで手を繋いで、大きな輪を作るみたいなユニゾン。違う旋律が糸のように絡まり合って、美しい織物を作り上げていくようなコーラス。そのどちらも、あんなの心を鷲掴みにした。同じ時間を分け合って、一つの曲を歌う。バラバラの気持ちが、歌を通じて一つになっていく。その瞬間に生まれる一体感に、あんなはのめり込んでいった。だから中学でも高校でも、当たり前のように合唱部に入った。眠気と戦いつつも授業を受け終えて、放課後になればすぐに音楽室へダッシュする日々。あんなの日常はいつでも歌と一緒だったし、これからもそれは変わらないと思っていた。
そんな毎日が突然終わりを告げたのは、去年の春のことだった。高校二年に上がってすぐ、まだ桜が散り始めてもいない頃。あんなが部長になるはずだった合唱部は、廃部の危機を迎えた。先輩の卒業を機に一気に部員数が減り、部活動の要件を満たさなくなってしまったのだ。四月の末までに新入部員が入らなければ、合唱部はこのまま廃部になる。唐突に告げられた衝撃の事実に、あんなは動揺した。みんなと歌えなくなる日が来るなんて、思ってもいなかったのだ。その話を聞いてから、合唱部の存続のためにあんなは奔走した。先生に何度も直談判をして、一年生の教室で毎日のように勧誘活動をした。だけど先生はルールだからと取り付く島もなく、廃部寸前の部活に入ってくれるような後輩もいなかった。それだけではない。残っていた同級生たちも、次々と退部届を出していったのだ。
「ごめん。そこまで、頑張れないかも」
「なんていうか
……
必死すぎて、ちょっとイタいよね」
結局、タイムリミットの四月三十日に、合唱部に残っていたのはあんなと心海だけだった。例の、あの。合唱部の。連休明けの教室を、そんな噂が飛び交って。あんなはしばらく、白々しい視線に耐えなければならなかった。辞めてしまった部員に対して、怒りはない。ただ、純粋に悲しかった。理由が分からなかった。みんながあんなと同じくらい、合唱部を好きだと思っていたから。だって去年まで、毎日のように一緒に練習したのに。みんなは、忘れてしまったのだろうか。入部して初めてもらった楽譜に、自分の名前を書いた瞬間を。重ねた声が、一つの歌になって響いた瞬間を。夏のコンクールに向けて、毎日部室に集まって練習したこと。目指していた賞にはあと一歩届かなくて、悔しくてみんなで抱き合って泣いたこと。同じ夢を見ていると思っていた。同じ楽しさを、歌うことが好きって気持ちを、共有していると思っていた。だけどそれはきっと、あんなの勘違いだったのだ。みんなはあんなが思っていたほど、合唱部のことが大切ではなかった。簡単に手放せてしまうものだった。もしも廃部になっても、みんなで集まって歌おう。そう切り出すつもりだったのに、その言葉は誰にも届かないまま消えてしまった。これまでの大事な思い出までもが破り捨てられてしまったようで、ただただ悲しかった。そうしてあんなは突然に、大好きな居場所を失ってしまったのだ。
その日から、あんなは歌えなくなってしまった。合唱部のことを思い出せば、楽しかった思い出までもが悲しみに塗り潰されてしまう気がしたからだ。何度も歌おうとした。だけど、出来なかった。目頭がぎゅっと熱くなって、泣いてしまいそうになったから。泣きたくなかった。泣きながら歌いたくなんてなかった。大好きで大切な歌を、悲しいものにしたくなかった。歌おうとするたびに涙が出るのが怖くて、歌えなくなってしまった。音楽を聴くこともなくなった。あんなの世界から、歌は消えてしまったのだ。合唱部がなくなってからの日々は、ひどく味気なかった。他の部活に入る気にもなれなかった。歌以外の趣味を見つけようともしたけれど、あれほど心をときめかせるものに出会うことはなかった。寄り道をしたり、ゲームをしたり、漫画を読んだり。楽しいことはいくつもあったけれど、時折ふっと虚しくなった。楽しい気持ちは嘘じゃなかったけれど、熱が足りなかった。ただぼんやりと、時間を潰しているような感覚があった。だけど歌えない以上、あんなにはどうすることも出来なかった。
そんなあんなを救ったのも、やはり歌だった。蝉時雨が止み出した、残暑の暮れ方。陽の沈む前に帰路についた放課後、隣を歩いていた心海が、唐突に切り出した。
「くじらの歌、って知ってる?」
くじらの歌。聞き馴染みのない言葉に、あんなは首を捻った。海洋学者を目指している心海は、海の生き物に詳しい。イルカとクジラの違いは大きさだけなんだとか、イカやエビの血は赤じゃなくて青色をしているとか、そういう面白い話を見つけるたびにあんなに教えてくれるのだ。
「くじらの発する音って、反復的だから。歌みたいに聞こえるんだって。気持ちを伝えるために、クジラは歌うんだよ。その
……
だから、ね」
心海の言葉が、不自然に止まる。次に紡ぐ言葉を、一生懸命探しているみたいに。勇気を振り絞るための準備をしているみたいに。傾きかけた夕陽に視界が滲んで、茜色に染まっていく雲が影を落とす。ぎゅっと握りしめられた心海の両手は、細かく震えていた。
「あんなにも、歌ってほしい。また、一緒に歌いたい。泣いても、いいよ。泣いたって、いいんだよ。私が、あんなの分も、歌うから」
そう言って心海は、深々と息を吸い込んだ。次の瞬間、旋律が溢れ出す。懐かしい歌だった。あんなが小学生の頃、初めて心海に出会った日。泣き出しそうな顔をしていた心海を励ましたくて、幼いあんなが歌った歌だった。お父さんにCDを借りて、何度も聴いて覚えた歌。笑おうと無理に口角を上げた心海が今、その曲を歌っている。あんなを励ますために。あんなに気持ちを伝えるために。じわりと視界が滲んで、鼻の奥がツンと痛んだ。浮かんだ涙の気配を振り払うように、あんなはゆっくりと呼吸した。心海の歌に、声を重ねるために。サビが始まる、最初の音が零れる。久しぶりの感覚だった。掠れた声が、メロディーに変わっていく。息が詰まったように、喉が震えて熱を帯びる。失くしてしまった居場所の欠片が、春の終わりの悲しみが、目の前に蘇る。受け入れられないまま歌と一緒に閉じ込めた、ぐちゃぐちゃの感情が溢れ出す。気付けば涙が頬を伝って、紡いだ歌は嗚咽に混じって途切れた。恥ずかしいほど不格好で、情けない気持ちそのままみたいな歌。いくら泣いても涙は止まってくれなくて、それでもあんなは歌い続けた。心海と手を繋いで、二人で歌い続けた。胸が張り裂けそうなほどに悲しくて、涙が出るほど嬉しかった。
「心海。私、歌が好きだよ」
「うん」
震えた声が導いた答えに、心海は優しい眼差しで頷いた。深い海色を宿したその瞳は、夕焼けに照らされて微かに光っている。歌に対するあんなの思いを、誰より知っているのは心海だった。
「ずっと、歌ってたいよ。どんなときも、一緒に
……
!」
「私も。あんなと、歌いたい。私、歌ってるあんなが大好きだから」
泣いてもいいよ。歌ってるあんなが大好きだから。乾いた砂漠に降り注ぐ雨みたいに、心海の言葉が胸に沁みていく。不器用な彼女の言葉が、声が、歌が。隠していたあんなの悲しみを、そっと抱きしめて溶かしてくれた。だから、もう大丈夫。そう伝えたくて、あんなはもう一度ゆっくりと息を吸った。気持ちを伝えるために、歌がある。いつだって歌は、あんなに特別な魔法をくれた。きっとこれは、絶対無敵の呪文じゃない。届かないこともある。捻れて途切れてしまうことだってある。それでも歌い続けていれば、きっといつか、誰かに届く。真っ直ぐな心海の歌声が、あんなを立ち直らせてくれたみたいに。そう信じていたかった。涙が去って、雨上がりの空に虹が架かるように。胸に残った願いは、たった一つだけだった。
「心海。私、また歌いたい!」
そうしてあんなの世界には、再び歌が灯ったのだ。
それからあんなと心海は、何ヶ月もかけて話し合った。無くなってしまった合唱部の代わりに、何が出来るのか。合唱部の再興は却下され、新しい部活の申請も通らなかった。それでもあんなは、新たな居場所を作りたかった。一緒に歌ってくれる仲間が欲しかった。そんな折に目に入ったのが、ある学生アイドルのMVだった。ライブ演出も衣装も、すべてをメンバーが担うセルフプロデュースグループ。一等星のような煌めく笑顔で歌い、踊る少女たちに、あんなは一目で心を奪われた。こんな風になりたい! 彼女たちのような、アイドルになりたい! 目の前で火花が弾けて、胸が高鳴った。合唱団で初めて声を重ねた日と、同じ感覚だった。春の陽射しを浴びて、地中に眠っていた草木が芽吹いていくように。あんなの心に芽生えた夢のつぼみが、満開の花を咲かせようと膨らんでいく。不安を期待が追い越していく足音が聞こえる。
「決めた! 一緒に、アイドルグループを作ろうっ!!」
拳を天に突き上げて宣言すれば、心海も嬉しそうに笑った。もうどこにも、あの日の涙は見当たらない。きっとこれから先、また悲しみに出会うこともあるかもしれないけれど。それでもあんなは、きっと歌い続けるだろう。降り止まない雨の向こうで、いつか笑って歌える日が来ると知っているから。無敵じゃない魔法を、信じ続けていたいから。
心海と二人で手を繋いで、馴染んだ校内を駆けていく。綻び始めた春の気配が、微かな風に乗ってふわりと香った。
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