つの
3354文字
Public まほやく
 

習作2(フォ学因縁カップリング未満)

つのさんには「僕らは臆病だった」で始まって、「ただそれだけだったのにね」で終わる物語を書いて欲しいです。青春っぽい話だと嬉しいです。https://shindanmaker.com/828102

※ カインの過去の恋人に関する言及があります。



 僕らは臆病だった。そんな歌詞が耳について、頭のすみっこに居座った。伸びやかな歌声は、もうとっくに別のフレーズをなぞっているというのに。妙だった。あいつの選ぶ陳腐な歌の詞が響いたことなんて、これまで一度もなかったんだ。なのに、どうして?
 内省、という単語が浮かんで舌打ちしかけたところに、Cメロがやってくる。ファルセットで声が甘くなる。甘すぎるくらいだ。いつもの夏の陽射しみたいな、まっすぐでどんな暗がりまでも届く声とは違う。イヤホンを押さえた両手の指先に力がこもった。それで動画配信サイトのクソ音質がマシになるわけでもないのに。
 こういう軽い歌には息を混ぜないほうがいいんじゃないの。いい加減、曲に合わせた歌い分けを学べよ。スマホに手を伸ばしコメント欄に書き込もうとして、やめた。何をやったって褒めそやす盲目的な信者たちとレスバするなんて時間の無駄。そもそも、何百、何千ものコメントの中に埋もれるのもあほらしい。明日、直接言ってやればいいんだ。
 手癖でホームボタンを押し、現れた日付に、頭のすみっこに居座った言葉が明滅した。“僕らは臆病だった”。
 もう三月になった。



 屋上にあがり扉を開けると、真っ先に赤い髪の色が目に飛び込んできた。眠っている。カインは二つ並んだベンチのひとつに横になって、居眠りをしていた。今日の陽射しはあたたかいけど、風はまだ冷たい。早足で歩み寄って、頬をはたく。

「おい、起きろマヌケ」
……痛っ! なんだ、オーエンか」

 ぶつなよ、という文句はいつもどおり無視した。

「不良の溜まり場で居眠りなんて、本当におまえって呑気だね。世界中の人間が自分を好きで優しくしてくれるんだとでも思ってるの」
「そうは言うけど、ここで昼飯食べるようになってから、なんでか不良校のやつらに会わないんだよな」

 本当におめでたい頭をしている。そんなの僕がいるからに決まっているだろう。苛立ちと面映ゆさが交じり合って、胸がモヤモヤする。どけよ、と言うと、カインはおとなしく体を起こして、空けた自分の隣をトントンと手のひらで叩いた。ハ、と乾いた笑い声が口から漏れて、僕はカインのいない隣のベンチに腰をかけた。

「席空けたのに」

 そう残念でもなさそうにカインが言って、床に置いていた購買の袋からガサガサと総菜パンを取り出した。ベーコンエッグパンと焼きそばパン。いつも同じ組み合わせだけど、いつもおいしそうに食べる。

「こんな寒い中でよく眠れるね、感覚麻痺してるんじゃないの」
「日がポカポカして気持ちいいぞ。まあ、昨日夜遅くまで起きてたのもあるかも」
「ああ、薄っぺらい歌、歌ってたね」
「昨日の歌枠、見てくれたんだな!」

 いつも微笑んでいるような目元がにっこりと笑みを深くする。口の端から零れそうになる焼きそばの切れ端を、指先が器用に掬う。舌打ちをしたくなる。そうだ、僕はこいつに文句を言ってやろうと思ってたんだっけ。

「なんで、あんな歌選んだの」

 用意していたのとは別の言葉が出てきた。紙パックの紅茶をすすりながら、カインは「んー?」と記憶を辿った。

「シノがいい曲だってシェアしてて……聴いたら卒業ソングだったし、今っぽいかなと思って」
「へぇ、おまえらしいね」

 がっかりしたのか、安堵したのか、自分でもわからない。こいつのすることに深い意味なんてあるはずがなかった。浅はかなファンたちのコメントを思い出して、心の中で嗤う。切ない片想いの歌、誰に向けて歌っているの? だなんて。

「どういう意味だよ」

 珍しくカインがムッとした顔をした。最近では喧嘩を売っても、まったく買わなくなっていたのに。四月の出会いがしらに因縁をつけたときと同じ、恐れを知らない瞳にぞくぞくする。

「単細胞らしくていいじゃない、売れてる歌を薦められるままに歌うってさ」
「俺だってちゃんと色々考えてるよ」
「そうだろうね、音のことしか考えてないミュージシャンワナビー。いや、バズのことも考えてるか」
「歌詞だって共感できると思ったから感情を込めて歌ったつもりだし……
「恋を」
「え?」
「恋をしているの?」

 僕の口からは、ときどき頭の中にあるのとは別の言葉が飛び出すみたいだ。潮が引くみたいにカインの瞳から苛立ちが消えて、ハッとする。自分を殴りたいような、この屋上から飛び降りてしまいたいような、それよりも前に目の前にいるこの男を殴りたいような、ぐちゃぐちゃとした衝動が湧いてくる。

……忘れて」

 結局、僕はどれも選べなかった。カインのほうを見ないようにして立ち上がった。
 強い風が吹いた。視界の端で、一つに結んだカインの髪がなびく。その赤に目を惹かれて、振り向いた。

「なんでそんな顔してるんだよ」

 呆然とした声が出た。カインは照れてもいなかったし、笑ってもいなかった。悔しそうな顔をしていた。どこか泣き出しそうにも見えた。
 唇が震えて、短く息を吸ったあと、カインは笑おうとした。あまり成功したとは言えなかった。そんな不格好な笑顔は初めて見た。

「恋は、してないよ。というか俺、恋がわからないみたいなんだ」

 はぁ? と呆れる。おまえ恋人いただろ。そう口に出して言わないのは、それが三校が合併する前、僕とこいつが出会う前の話だからだ。配信者もどきの同級生、マネージャー志望の後輩、あとは……
 僕の沈黙に何を言いたいのか悟ったようにカインは苦笑した。今度はきれいな苦笑だった。

「いつも振られちまうんだよな。私のことなんて好きじゃないんでしょって。自分なりに好きで、大切にしようと思ってるんだけど……。だから、うまく歌えないのかもしれない。ほら、ほとんどの歌って恋愛ソングだろ?」

 らしくない弱気な言葉。いつもの無根拠な自信はどこに行った? やっと自分の限界に気づいた? そんなふうに、本来なら追い打ちをかけて楽しみたいところだ。でも、そんな気分にはなれない。それどころじゃない。腹の底がフツフツと煮えてくる。おまえは本当に愚かだ。有象無象に傷つけられているなよ。
 沈黙を落とさないためだけに言葉を継いだ。

……でもさっき、共感できるって言っただろ」
「わかる気はするんだ。誰かに気持ちを伝えるときに、断られたらどうしようって緊張するとか。誰かと一緒にいるときに、楽しいな、もっと一緒にいたいなって思うとか。でも、何か違うらしい。……自分だけを見てって言われる」

 そいつら全員、殺してやりたいな。僕のぼんやりとした殺意が形になる前に、カインが気を取り直したように首を振った。

「悪い、重い話しちゃったな。そう言えば、おまえのインスタアカウント教えてくれよ。まあ、多分これかなって当たりはついてるんだけど……

 そう言ってカインがスマホを取り出し、自分のアカウントのフォロワーフィードをスクロールする。ややスクロールしたところで、降順から昇順に直して、デフォルトアイコンのままの僕のアカウントを示す。

「フォローしてもいいか?」
……いいけど。何も無いよ」
「それでも、卒業したらこれきりなんて寂しいから」

 カインがフォローボタンをタップした。自分の口元が綻ぶのがわかる。きっと嘲笑だ。SNSで繋がっていることに何の意味があるっていうんだろう。大体、おまえのフォロー数四桁じゃないか。

「僕の連絡先は照れ隠しの道具ってわけ」
「え、おまえがフォローしてもいいって言ってくれたとき、普通に嬉しかったんだけど」

 わかってるよ。
 僕のプロフィール画面を開いて、本当に空っぽだ、と楽しそうにしているカインの横顔には、さっき一瞬見せた翳りはどこにもなかった。

「あのさ。おまえにそんなことを言ったやつらは全員馬鹿だよ」

 それでも言葉は正確に届いたらしい。カインが驚いたように顔をあげた。見開かれた両目が揺れる。
 このあとに返ってくる言葉が何だって、僕は構わなかった。おまえは何をしたって、おまえのままだから。ただ、それだけだったのにね。