はとこ
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花びらの声

翔×藍 #翔藍春待ちチャレンジ

『ショウ、ボクの声が聞こえる?』
 窓ガラス一枚隔てた向こうから話しかけているみたいに、少し遠いところから藍の声がした。
 藍の姿を探し求めて何度も瞬きをしているうちに、オレは自分がベッドの上に寝そべっていることに気がついた。
 無意識に触れた額には、かさついた冷却シート。ああ、そうだ、オレ、熱あるんだった。思い出した途端、ずしんと嫌な気だるさが襲いかかってきて、オレは深々とため息をついた。
 今、何時だろ。確か帰ってきてすぐベッドに潜り込んだんだよな。すげえしんどかったから。
 気だるい上半身を何とか起こしたオレは、ふと、ベッドの上に何かが点々と落ちていることに気がついた。
 そっとそのうちの一つを摘んでみると、それは桜の花びらだった。しかも濡れてるのか、オレの人差し指の腹にぴたりとくっついちまう。
 何で花びらが落ちてんだろ。オレの疑問に答えるかのように、とんとん、とノック音がした。
「ショウ。藍だけど、起きてる?」
「えっ?! お、おう……
 驚きながらも思わず返事をすると、ドアの向こうから藍が現れた。珍しく髪を下ろした藍はオレがよく使ってる黒のエプロン姿で、その手に持つお盆にはお粥椀と水差しが載っている。
「良かった。目が覚めたんだね」
「あ、ああ……っていうか、お前、いつ帰ってきたんだ?」
「二十五分前だよ。君の『熱あるから家で寝てる』ってメッセージにすぐに返信したんだけど全然既読にならないし、もし重症だったら早めに対処する必要があると思って、打ち合わせを早抜けしてきたんだ」
「早抜けって……そこまでしなくても」
「ボクだってそのつもりはなかったけど、レイジたちが早めに行ってあげた方がいいってうるさかったから。ま、ボクが早く抜けたところで問題ないレベルの打ち合わせだからいいんだけどね。そんなことより、熱は……下がってないか」
 オレをじっと海色の涼しげな瞳が見つめる。ただそれだけなのに、まるで額にそっとその冷たい掌を押し当てられたような気がして、オレはわずかに身じろぎした。
「そっか……まあ、頭ぼんやりするしダルいしな」
「食事はできる? 少しでもいいから食べて。そうすれば薬も飲めるでしょ」
 サイドテーブルにお盆を置くと、藍が傍の椅子に腰掛けた。すると、オレがさっき見つけた花びらに気がついたのか、点々と散らばるそれをじっと見つめる。
「なんか起きたらあったんだよ、コレ。窓も開いてねえのに、どっから入ってきたんだろうな」
……多分、ボクにくっついてきたものだよ。駅からここまでそれなりに雨風があって、通り道に咲いていた桜がかなり散らされていたから」
「お前、そんなひどい天気の中で帰ってきたのか?」
「別に大した雨量じゃないし、ボクの防水機能もそれなりに強化されてきているから、あの程度問題ないよ。タクシーを捕まえるより断然ボクの足の方が早いから、その手段を取っただけに過ぎない。
 帰宅して、君の容態を確認するために、一度この部屋を覗きにきたんだ。その時にボクについていた花びらが落ちた。ただそれだけ。不思議なことでもなんでもないよ」
 散らばった花びらを見つめたまま、藍はなんてことないように話しているけど。
 オレの脳裏には、雨風を気にする余裕もなく帰ってきて、この部屋に駆け込んできた藍の姿が思い浮かんでいた。
 髪も服もしっとりと濡らして。桜の花びらをあちこちに纏わり付かせて。
『ショウ。ボクの声が聞こえる?』
 目覚める前、遠くから聞こえてきた藍の声。
 それはいつもの藍のそれと比べると少し焦っているような、落ち着きのないものだった気がする。だから、オレもすげえ気になっちまって、目が覚めちまったのかもしれない。
「心配させて、ごめんな」
 思わずそんな言葉が漏れる。
 すると、藍が弾かれたようにオレを見た。一瞬驚いたような顔して、でも、すぐにぎこちなく目を伏せて。
「別に……そこまで心配してたわけじゃない、けど、ボクの声に反応がなかった時は、少しだけ……心配したかな」
「ちゃんと聞こえてたよ、お前の声。目、覚めるのに時間掛かっちまったけど」
……もう。遅いよ」
 む、と唇を尖らせる藍に、オレは笑ってその頰を撫でた。人差し指に貼り付いていた花びらが藍の白い肌を滑って落ちる。その感触にくすぐったさを感じたのか、藍がわずかに目を細めた。