ぶんどき
2024-02-26 19:32:10
1071文字
Public TRPG
 

キャンバスの記憶

救いに非ず 現行未通過❌ その後の栗橋の話

 ──助手としての自分にできたことはあったのだろうか。

 差出人不明の小包の中にはどこかで見たことのあるような人間の手首が入っていた。どこか現実味のないそれを見て、美術で使う石膏像のようだと思った。
 張り紙には、一週間前に行方不明になってから姿を見せていない真季が住所の場所で待っていると書いてあった。

 今はもう使われていない建物。そこで知った数々の真実は到底信じられないようなものばかりだった。簡潔に事実だけを述べるのであれば、彼女は化け物になってしまって、もう助かることはないのだという。
 そして今、自分の隣にいる彼女は見た目も同じで記憶もあるクローンなのだそうだ。
 
 それは、自分の知っている日比谷 真季と呼べるのだろうか。少し考えたが、すぐに細かいことはどうでもよくなった。彼女が帰ってきてくれるのなら、この際クローンでもいい。そう思った。そう思わないと、いけなかった。だって、日比谷 真季はもういないから。

 彼女の成れの果て──灰を集めて瓶に詰めた。この行為にどれだけの意味があるのだろう。意味なんてないのかもしれない。ただ、この灰が日比谷 真季そのものだったことは忘れてはいけないような気がした。

 出口で日比谷 真季が待っている。何も知らない彼女が。だから自分も、何も知らない振りをする。
……先パイ! ご飯食べに行きましょ!」




 久々に筆を握った。大学を卒業してからというものの、あまり絵を描く機会はなかったから。それこそ最近は探偵の助手として忙しい日々を送っていた。
 真っ白なキャンバスに、何を描こうか。何を──ふと、彼女のことを思い出した。入学したばかりの自分に声をかけてくれた憧れの先輩。制作に行き詰まった時は息抜きに食事に連れて行ってくれた先輩。就職先が見つからず、途方に暮れていたところを助手として拾ってくれた先輩。
 この瓶の中には、そんな彼女との思い出が詰まっていた。しかし、あまり考えすぎると先輩二号を日比谷真季として見れなくなってしまう。それはきっと誰も幸せにならないだろう。自分は決めたのだ、彼女を日比谷 真季として受け入れてこれからも付き合うと。
 瓶の蓋を開けて中に入っている灰を少量取り出す。そしてそれを絵の具の中に混ぜた。
 キャンバスに筆を走らせる。描いているのは憧れの名探偵の横顔。凛とした、ルビーのような赤い瞳を思い出しながら。

 完成は、まだ遠い。
 思い出を、少しずつ芸術に昇華していく。

 この絵が完成する頃、瓶はきっと空になることだろう。