スサ
2024-02-26 00:24:19
4060文字
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【ゲ】土曜半ドンのミズキサンとちびきたちゃん

水切り絶対上手いと思うからそれが書きたいと思って河川敷に行かせたが草野球チームに追いかけられることになった話です
平べったい石を探せよ、って抱えながら教えてくれるパパみずきが見たい…

 土曜半ドン、をありがたく思うことは昔はなかった。休みになどならずそのまま仕事をするか、接待でゴルフやら何やらにかり出されて一日が終わることの方が多かったから、そもそも実感したことがなかったと言った方が近い。
 だが、養い子を得てからその考えはすっかり変わってしまった。
 昼過ぎに帰ってくる水木を誰より喜んで迎えてくれたのは、最近つかまり立ちをするようになった鬼太郎だ。養い子は、玄関がすぐ見えるふすまに捕まってのびをしたり、廊下に出ては(上がり框から落ちることを心配されて)中に入りなさいと言われて引き返したりしながら水木の帰宅を待っていて、ただいまと玄関を開ければぱっと顔を輝かせて両手を挙げ、突進する勢いで前に出てくる。何分小さな家のこと、長い廊下ではないものの、畳とは違うから転べば痛い。水木は靴を脱ぐのもそこそこ慌てて前に滑り出たが、一瞬手が届くのが遅れ、べしゃっと幼児が前のめりに転ぶ。
「鬼太郎!」
 三和土に靴をひっくり返すいきおいで飛び出して、水木は鬼太郎に駆け寄り抱き起こす。
「ぅゃ~
 びっくりして固まっていた顔が、ぐしゃっと崩れてふみゃふみゃと泣き出したので、水木は抱き上げて揺らしてやりながらゆっくりと幼子ごとその場で回ってやる。こうしてやると喜ぶことを最近発見した。
「痛かったなあ、うん、よしよし」
 額や頬を吸うように口をくっつけて、合間にあやしてやれば、鬼太郎は本気で泣き出す前に涙を引っ込めて、目の縁をぬらしたままではあったが水木を見上げた。ん? とのぞきこんで目を合わせれば、きゃあ、と明るい声を出す。
「みじゅ、みうーー」
「うん、ただいま、鬼太郎」
 もう一度額にちゅっと口づけてやれば、まさに今泣いたカラスがもう笑った、といった風情だ。かわいくて仕方がなかった。

 土曜の午後は鬼太郎をおぶったり、抱っこしたりして近所を散歩することもあった。鬼太郎は墓場がお気に入りで夜泣きをした時に行くのはもっぱら墓場だったけれど、だからといって他の場を喜ばないわけでもない。
 しかし、天気も良く、日ものびてきたので、その日は普段の散歩より少し足を伸ばしてみることにした。同僚から、バスで少し行った先の河川敷で子どもとキャッチボールをした話を聞いたせいもある。鬼太郎にはキャッチボールはまだ早いけれど、その話を聞いたら自分が小さい頃亡き父や近所の年上の少年達と遊んだことなどが思い起こされ、懐かしさが呼び起こされたせいも幾分かある。
 人形遊びみたいに小さな靴を一応履かせて目玉の父親からは下駄を預かっているのだが、素足では寒いし、こんな小さな足袋は見つからないしで、だが基本は抱っこで移動だ。健康で頑健な水木にとっては、まだ小さな鬼太郎を片腕に抱えて移動することは、そこまで苦にならなかった。もっともこれは、鬼太郎が基本的に聞き分けの良い子どもだからというのが一番の理由だけれども。

 車窓の景色に興味津々の鬼太郎のため、水木はずっと立ったまま移動した。車体が揺れる度ぎゅっと鬼太郎を抱きしめてしまったが、当の本人は水木にぎゅっと抱き寄せられると自らも体をきゅっとくっつけ、くふふと笑うのだから可愛いったらなかった。
 さほどの遠出でもないので、バスに乗っていたのも長い時間ではなかったが、それでもぶーぶ、ぶーぶばいばい、と鬼太郎は小さな声ながら楽しげにはしゃいでいた。今夜は朝までぐっすり寝てくれそうだ。
 開けた河川敷は気持ちが良かった。どちらかといえば郊外であるせいか、川はそこまで汚れてもいない様子。土手の上を歩きながら、草野球やってるな、なんて水木は眺める。いつか鬼太郎も大きくなったら野球をやるかな、なんて平和に考える。
 ──川上の二千本安打の話。
 不意に記憶の隙間から何かが浮かび上がった。
………?」
 一瞬呆けてしまったが、本当に一瞬で済んで良かった。何しろ大事な大事な養い子を抱えているのだ。
「おまえが大きくなったら水切り教えてやるからな」
 抱えた体をぽんぽんと撫でるように軽くたたいて、歌うように水木は言って聞かせる。鬼太郎はきょとんとした顔をした後、にぱ、と笑って頷いた。きっと意味はわかっていないのだろうが、話しかけて笑ってくれるのは嬉しい。デレデレしていることを自覚しつつ、水木はゆっくりと川沿いの土手の上を歩いた。
「うん、あの辺でちょっと座るか」
 やがて視線の先にベンチを見付け、そこに腰掛けることとする。ずっと立ちっぱなし、歩きっぱなしだ。それに、ゆっくり風に吹かれるのもいいなと思った。この子にゆっくり、昼下がりの平和な河川敷を見せてやりたくもあった。
 ベンチに腰掛け、自分の膝に鬼太郎を座らせる。出かけるなら持っていけと母に持たされた袋の中には、鬼太郎のおむつやら何やらが入っていたのだが、その中に水筒もあった。道理で重いわけだ。水木は苦笑する。
「鬼太郎、おみず飲むか」
「み?」
 首を真後ろに動かしてこちらを見上げてくるものだから、抱えていなかったらころんと転がり落ちていただろう。かわいいやつ、と水木は顔をほころばせ、そうだよ、おみじゅ、のもうなー、と声をかける。
「あーい」
 鬼太郎もにぱっと笑って、よい子のお返事。
 朝などは水木の出勤をいやがってぐずることもあるけれど、こうして一緒にいる時のご機嫌は基本的にすこぶる良い。あの墓場で出会った時には迷いもあった。葛藤もした。けれどもこの顔を見れば、抱きしめて良かったのだと心から思える。
 水木は鬼太郎をぎゅうっと抱きしめ、うりうりと揺らした。遊びだと思った鬼太郎も、きゃあっと楽しげな声を上げる。
 あはは、と二人で笑って、それから水木は片腕で鬼太郎を足の間で抑えて、水筒の麦茶をコップ部分につぐ。
「水じゃなくて麦茶だったか。鬼太郎、麦茶好きだよな?」
「むぃちゃ?」
「うん、そうだ。むぃちゃだよ」
 にこにこと鬼太郎は笑って、ぱっと手を挙げた。
「しゅきー」
「よーし、いいこだ。ほーら、のめるかな
 水筒も最近では色々な物が出ていて、水木がかつて戦地で持っていたようなものとはまるで違ったりする。そして、こうして鬼太郎を連れて外を歩こうなんて思わなければ買わなかった気がする。
 小さな口に飲み口を当ててやり、こぼさないように、一気に飲み込ませないよう、水木は鬼太郎に少しずつ麦茶を含ませていく。
 んく、んく、と懸命に麦茶を飲む様に水木は目を細める。湯冷ましを入れてくれたのかと思ったが、麦茶とは思わなかった。季節としては時期ではないのだが、湯冷ましより麦茶の方が鬼太郎も飲むような気はしている。水木は内心母に感謝した。
 ぷは、と息を吐いたのを聞き逃さず、水木は小さな水筒のコップを鬼太郎の口から外した。鬼太郎の口元をぬぐってやって、水木は今度は自分が飲むために同じコップに麦茶を注ぐ。こちらは一気に飲み干して、そうして風を受ける。まだ春というのには少し早いのだが、今日の陽射しは温かい。風がふわふわした栗色の髪を揺らしていくのを見て、水木は笑って鬼太郎を抱きしめた。そうして、またゆらゆらと体を揺らす。
「あったかいなあ、鬼太郎」
 幽霊族という人間ではないものの子だとはいえ、まだ小さな鬼太郎はまるきり人間の子どもとかわりなく、大人の手が必要なように水木には思えた。それに何より、とてもかわいい。ちゅ、ちゅ、とまた髪に口をくっつければ、いかにも子どもらしい匂いがする。
 母親ならばいざ知らず、男がひとりで幼子をあやしていれば、多少は視線を集めようというもの。まして水木は目立つ男だったし、鬼太郎は片目を隠すような髪型をしている。余計に人の目を集める。
 だがそれでも誰も声はかけない。水木があまりに愛に満ちた顔をしていて、誰もそれを邪魔したくなかったのだ。
 しかし、人間以外、無機物となればそんな理屈は通らない。そろそろ戻るかと立ち上がりかけた水木の足元に、草野球のボールが飛んできたのだ。すみませーん、と声変わり前の高い声が聞える。ボール、投げてくださいー!、と続いて水木は瞬きした。飛んできた、という程のことはなく、足元にころころ転がってきたボールをしげしげと見つめる。投げ返すためには鬼太郎を離さなければならないが
 考えたのは数秒だった。
「わかった!」
 快諾し、水木は鬼太郎の小さな体をしっかり片手で抱き、足元からボールを拾い上げる──と、一度軽く宙に放った後ぱしっと握り、そのまま肩を動かし草野球チームに投げたのである。
 距離もあったし、投げてくださいとは言った物の、転がしてもらえればいいか程度に考えていた少年達はびっくりした。遠目に見たら赤ん坊を抱えている男が、座ったままほぼノーモーションですごいボールを投げ返してきたのだから。
 ボールを受け取ったグローブ越しにも手が震えるような剛速球。そう、あまりにも強いボールだった。
……!」
 ベンチに座った男は片手を上げて笑った。投げたぞ、ということだというのはわかった。だが、そのまま何のこだわりもなく立ち上がり、いや、河川敷を立ち去ろうとしていたので、チームの数人がわっと男を追いかけ土手を駆け上がる。
 びっくりしたのは水木だ。なぜボールを投げ返してやったのに追いかけてくるのかと。まさか、自分が適当に投げた球が、適当どころの威力ではないとは思わない。
面倒そうだな」
 水木はひとりごち、鬼太郎をぎゅっと抱きしめると、「逃げるぞ、鬼太郎!」と腕の中の子に話しかけてから走り出した。重い荷物と幼児をひとり抱えているとはとても思えない快走に、ますます草野球チームの目の色が変わる。絶対にあの人がほしい! という気持ちに変わってしまったのだ。チームメンバー達の心が。
 結局、バスに飛び乗るまで水木と草野球チームの追いかけっこは続いた。