mishiadd
2024-02-25 14:54:27
6923文字
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敗因:宮本伊織

ヤマトタケルが自分を通してかつての「宮本伊織」ばかりを見ていることに苦痛を感じるサーヴァント宮本伊織の話。バレンタイン「ヤマトタケルから貰う」ネタ。思春期のちコメディでハッピーエンドです。

妙な子供にやけに懐かれたものだ、と思う。

見目のよい子供ではあった。子供、と本人に言えばまた機嫌を損ねるのかもしれないが、背丈や顔立ちの未成熟さからいって充分子供だ。少なくとも、俺の目からしてみれば。
子供は、子供同士で遊べばよいと思う。ここにはたくさんの子供がいる。子供の姿をした英霊がいる。遊び相手には事欠かないだろうし、ただひとりでいるのが寂しいから、という理由であれば、適当にそのあたりをうろつけば話し相手にも困らないものだ。

だから、なぜ毎回毎回飽きもせず、一巡の迷いもせず真っ直ぐに俺のところにくるのか、まるでわからない。



「リツカに朝餉を作ってやりたいのだ」とわざわざ俺に言いにきたのは、一週間程前だったか。

それを聞いて俺にどうしろと、という言外の言の葉を飲み込み、「そうか」とだけ答えた。

「きみと食べていた朝餉を再現したいのだ。あれはとても『善いもの』だったから。贈り物に相応しかろう」

そう言われれば言の葉に詰まる。さすがに無下にすることはできない。なにしろ、俺には当時の記憶がまったくない。
記憶がない、というのは引け目に感じるものだ。特に、この目前の英霊は俺の記憶がない頃の俺の話が大層好きなのだ。
親兄弟や親類に、物心つく前の自分がいかに可愛らしかったかひとしきり語られた後、「あの頃はあんなに可愛かったのに」などと言われた経験はないだろうか。
無論俺自身にはそんな経験はついぞないが、あったならばきっとこんな感じだ。――俺自身には身に覚えのない俺の話だ。赤の他人の話のようなものだ。
たまにならいい。だが、毎度毎度は疎ましくもある。いくら言われても語られても、俺にはどうしてやることもできないし――ましてや俺の一挙手一投足をいちいち「以前のきみのようだ」「以前のきみとは違うようだ」などと品評されてはたまったものではない。
悪気がないのはわかっている。乳飲み子の己を懐かしがる親兄弟や親族に悪気があるわけがない。ただかつての好ましかった誰かに想いを馳せているだけだ。俺ではない、「誰か」。

――柔らかく愛しげに押し付けられるこの感情を鬱陶しいと思うのは、俺の我儘なのだろうか。

――で、イオリ。聞いているか? イオリ?」

肩を揺すられ、意識を目の前の子供に戻す。柔らかそうな頬に赤みが差している。

「これから毎日少しずつ練習をして、それからきみを呼ぶから。……試作品を、きみに食べてほしい」

「あ、いや、勿論深い意味はなくてだな、一番最初に誰に食べてもらいたいとかそういうことはどうでもよく、きみが一番私の目指す『味』というものをよく理解しているから、つまりリツカに妙なものを食べさせるわけにはいかないからきみを実験台にしようという、そういう話でだな」と早口で勝手に捲し立てられる。
味。――『味』? 俺に味がわかるものか。記憶にある限り、俺が味覚や風味に頓着した試しはないし――当時、どんなものを食べていたのかまったく覚えていないのだ。ましてや味などと。

俺を見るこの熱っぽい、潤んだ瞳が鬱陶しい。俺には重い。俺には受け止めきれない。そもそも、この湿った視線は俺に向けられたものではない。彼には違いがわからないのか? 俺と「宮本伊織」の違いが。――わからないらしいな。いくつになっても子を見る母親の目は赤子を見る目と変わらないと聞いたことがある。聞いたことがあるだけだ。でも、きっとそういうことだ。

深く息を吐いた。

「きっと、俺はおまえの期待に添えないぞ、セイバー」
「! ――あ、ああ、構わぬとも! 無理に褒めろとなど言っていない。ただ試食してくれればそれでよい」

目に見えてぱっと表情が明るくなり、もともと赤かった頬に更に朱が差した。
「約束だぞ」と言い残して、くるりと浮かれた様子で踵を返す。長い三つ編みの先を揺らしながら、時々飛び跳ねながら視界の外へ消えていった。



ホールウェイでの立ち話であった。
三つ編みのしっぽがセイバーの右折した先へ消えたのを見届けた後、俺自身も踵を返す。――どっと疲れた。
なぜだろう、あの英霊と話すと――酷く疲れるのだ。あまりにも克明に自覚させられる。己がどれだけ欠落しているかを。己がどれだけ不完全であるかを。――俺が何かを言うたびに、言わないたびに、それがどれだけかつての「宮本伊織」に近しいかを判断され――逆説的に思い知る。この俺は本物の「宮本伊織」の模造品イミテーションに過ぎないことを。

であれば、最初から本物の「宮本伊織」なんか知らない人間と付き合った方がましだ。

と思えばホールウェイの反対側から誰かが歩いてくる。セイバーの次に話す機会の多い人間――マスターだった。

「伊織」

声をかけられて会釈をする。
そう、マスターと話す方がいくらか気が抜けた。マスターはかつての「宮本伊織」を知らない。――本物の「宮本伊織」を知らない。俺がどれだけ偽物なのかも知り得ない。

「伊織、調子はどう? なんとなく皆そわそわしてるでしょ。そろそろバレンタインの時期だから」
「ああ。ちょうど、セイバーに言われたばかりだ。『ばれんたいん』とやらに、マスターに朝餉を作るらしい」
「えっ、それって自分が聞いて大丈夫なやつだった?」

あわわ、とマスターがおどけて見せる。気楽なやり取りだ。ははは、とひとしきり笑い、改めて息を吐く。――本当に、気楽なやり取りだ。

そもそも、なぜセイバーがこれ程までに俺に――かつての「宮本伊織」に執着しているのかわからない。
聞くところによると、俺のいないところでもたびたび自分のマスターを目の前のマスターではなく俺と取り違える発言をしているらしい。
俺ならそんな間違いはしないと思う。無論、俺に二君に仕えた経験はないから想像の域を出ないが、今この瞬間自分が誰と繋がっているかなど明白だろう。
そして、俺にとっての唯一のマスターに対してだが――この通り、俺がマスターに対して偏執的な拘りを見せることなどついぞないだろう。
敬うべき、護るべき主君ではあるが、それは為すべきときにしっかりと為されるべきもので、誰かさんのように四六時中相手を追い回そうとは思わない。――俺が誰かさんに四六時中追い回されているのかと問われれば、誠に遺憾ながらその通りである。

気楽ついでだ。恥を忍んで頼んでみた。

「マスター。セイバーのいるところでは、なるべく俺と同席してもらうことはできるだろうか」
――え、ええ? そりゃあ、自分は構わないけど。……その、嫌がらない? 多分、タケルの方が」

だから困っているのだ。きっとセイバーは嫌がる。俺とふたりきりでいることを望む。俺の中に彼の「宮本伊織」を見い出すひと時を得るために。
――俺が本物の「宮本伊織」に圧し潰される前に、俺だけを知っている誰かに繋ぎ止めてほしいのだ。――息ができなくなる前に。

「頼む。こんなこと、マスターにしか頼めないし、マスターにしか頼んだこともないんだ」

そう告げて、改めてマスターの目を覗き込むと、一瞬目を逸らされた。それから、「あー」と気まずげに言う。

「多分、そういうことを言った後、そういう風に相手の目を覗き込むのは、今後はあんまりしない方がいいと思うよ。――伊織、その気ないよね?」
「? うん」

何の「気」だかは知らないが。

「全然その気ないの自分にはわかるから、自分はいいんだけど。あんまりしない方がいい。あと、多分タケルの前で他の誰かにもやらない方がいい」
「よくわからないが、その理屈だとセイバー本人にはやってもいいんだな?」
「やったところでこれ以上悪化しようがないからやってもやらなくても変わらない、かな」
「? わかった。マスターがそう言うなら」

ともかく、これで援軍は得た。
朝餉の試食に関してはマスターを伴っていっては本末転倒だからそういうわけにもいかないだろうが、少なくともその他の場で必要性が出てきた場合は中立の第三者を立てることができる。

マスターと別れ、自室に戻った。――それが、一週間前。



■■■



朝餉の試作品ができたから食べに来てほしい、と呼び立てられたのが今朝だった。
いつにもまして白い頬に朱が差している。熱でもあるのだろうか。

差し出された膳はきれいに整えられており、見る限りはなんの問題もないように見えた。

「どうだ」、と潤んだ目で問われ――多分、自分は苛立っていたのだと思う。

本当は、このに食べさせたい膳じゃない。
本当は、このに訊きたい問じゃない。
「きみのように作れるなどと傲るつもりはない」――などと、よくもまあ目の前のこの俺に言えたものだ。



――覚えていないと言っているのに!



「食えるぞ」とだけすげなく答えると、セイバーの表情が凍った。



■■■



「タケルに意地悪言ったんだって」とマスターに肩を叩かれた。
抱えた苛立ちは恐らく、この気安いマスターにはばれている。取り繕っても仕方がない。

「大人げなかったかもしれないな」

そう告げると、マスターが肩を竦めた。「責めてるつもりはないよ」と言いながら、食堂の隅に腰かけた自分の隣に座った。

「難しい問題だよね。――自分にはね、以前の伊織と今の伊織を『変わらない』と言うタケルの気持ちは、とても綺麗なものに見える。愛情のように見える。無条件の愛unconditional love――伊織がどうなろうと、どうであろうと変わらず愛し続けるという、絶対的、普遍的な愛に見える。……人類史上では母親の愛とかを、よくこんなふうに表現するね」
――……
「でもきっと、それは伊織には居心地が悪いんだね」

マスターを見る。「昔、金ぴかの王様と一緒に人類の『母親』を斃したことがあるよ」と、マスターがさらりと大胆なことを言う。
仔細を尋ねるべきか迷う。逡巡の末諦めて、端的にこれだけ訊いた。

「その後、どうなった?」
「いろいろあって、新しい関係性を築けた。――今の自分たち、ちゃんと見てもらえるように

ぽん、と肩を叩かれる。「今すぐはきっと無理だよ。ゆっくり時間をかけるしかないよ。いっぱい失敗して――まあ、ぼちぼちやってくしかないよ」。
思わず笑い声を漏らした。

「死んだ身の上でシシュンキとやらを迎えた気分だ」
「普遍的な人類の課題だからね、英霊とて逃れられないよ」

はははは、と笑い合い、席を立つ。
嫌だ嫌だと相手を避けて逃げ回るままでは、それこそ思春期の子供と変わらないのだろう。

――初めて、自分からセイバーに「会いに行く」約束をした。



■■■



もう一度あの朝餉を食べてみたい、と言うと、一瞬だけ戸惑いを見せたセイバーは、だがこの機を逃すまいとするかのように急いで頷いた。
かちゃかちゃと台所でセイバーが支度をする間、長屋を模した部屋に座ってその背中を眺める。――やはり、何も思い出せない。

――思い出さなければいけないのか、と思う。

これが新しい思い出になってはいけないのか、と思う。

前回と同じ品の並んだ膳を、セイバーが運んでくる。セイバーと俺の、二人分。
配膳を終えたセイバーが、ふと俺を見る。目尻を緩めて言った。

「かつても、こうしてきみがそこに座って、私がここに座って、毎朝朝餉を食したのだ」
「そうか」
「そう」
――だが、今ここに座っているのは俺だよ、セイバー」
「? うむ」

いただきます、とセイバーが米を口に運ぶ。俺も鯵の干物を一口齧った。よく焼けた鯵の干物だった。「よく焼けた鯵の干物」は「旨い」のだから、これは旨いのだ。
気付けば箸を止めてこちらを見つめていたセイバーが、おずおずと尋ねる。

「どうだろうか、かつてのきみ程の腕ではないが――
「かつておまえが食った俺の料理の味は知らないが」

セイバーを見る。心から、自然に微笑むことができた、と思う。

「これは旨いよ、セイバー。よくできてる。マスターもさぞ気に入ったことだろう」
……イオリ」

セイバーの頬が朱に染まる。目尻に涙が浮かぶのが見えた。

「やはり、きみの笑顔はかつてのきみと変わらないな」



――うーむ。



これは前途多難だ。
考えてみれば当然のことなのかもしれなかった。顔も同じ、声も同じ、背格好も同じ、恐らく欠落した部分以外の人格形成も同じ。
同一性が保持されていないのは記憶が欠落していることによる俺自身の自意識のみ。俺が俺として自然に振る舞えば振る舞う程、俺は「宮本伊織」の模造品イミテーションとしての質が上がってしまう一方だろう。
違うのだということを認識してもらうためには、せめて衣装替えでもした方がいいのだろうか。もしくは、セイバーからの呼び名を変えてもらうとか。
俺だってタケルという呼び名を禁止されているのだ。であれば、セイバーにだって呼び名に制限をかけさせてもらっても構わないだろう。たとえばサダツグとか。

どうすればわかりやすい変化がつけられる? どうすれば違うことをわかりやすく理解ってもらえるのだろうか。
どうすればこの関係性をまっさらの、イチからの状態からやり直せる? かつての本物の「宮本伊織」の亡霊に囚われずに!



――「そういうことを言った後、そういう風に相手の目を覗き込むのは、今後はあんまりしない方がいいと思うよ」。



一か八かだった。
効果がわからないまま魔術を使うのは、かつて爺さんに厳重に禁止された覚えもあるが。しかしこれは魔術ではない。

身を乗り出してセイバーの手を取る。かたん、と手を引かれたセイバーの膝が膳にあたって音を立てた。
彼の体の割にはごつごつとした右手を両手で握りこみ、大きな瞳を覗き込む。なにも小手先の技などない。俺には知り得ない。ただ、思った通りに告げた。

「おまえとの関係を、一からやり直したい。――かつての儀での関係とは違う関係に、おまえとなりたいんだ」
――……はあっ!?」

セイバーの白い顔が真っ赤に燃え上がる。それが何を意味しているのか俺にはわからない。
ただ、初めて手ごたえを感じたように思う。かつての「宮本伊織」の言葉ではない、今のこのの言葉が、初めてセイバーに届いたように思う。

「おまえには難しくて酷なことなのかもしれない。だが、俺と話をするときは、かつての『宮本伊織』のことを忘れてくれないか。俺は俺としてただおまえを見ている」
「な、な、な、何を言ってるんだきみは!? そんなこと言うやつではなかっただろう! ――いや、言ってたかもしれない、ええ……?」
「かつての『宮本伊織』との関係の延長線上ではなく、今ここで俺と新たに始めてくれ。そして、あの頃とは違う関係になろう、セイバー」

――かつての本物の『宮本伊織』とは違う関係に。もう一度ふたりの「友情」を一からやり直すのだ。

言ってやった、と心中で胸を撫でおろす。
半ば誇らしげにフンと鼻を鳴らしながら目前のセイバーを見遣る。俯いて震えている。豊かな黒髪の間から覗いている耳が火のように赤い。
蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた。

「あ、あ、あの頃とは違う関係って……私達はただのマスターとサーヴァントで……
「それ以上の関係になりたいんだ、今の俺とおまえで」
「それ以上の関係――!?」

「それ以上の関係」の理解に大きな齟齬があることを認識できぬまま、俺はマスターに禁じられた通り、無理やり上向かせたセイバーの瞳を覗き込んで深く頷いた。





――敗因は。
きっと中立の第三者の存在が必要だったのはセイバーよりも俺の方で、そしてその場にその中立の第三者であるマスターを呼んでいなかったことであった。

よかったことと言えば、その後二度とセイバーが俺をかつての「宮本伊織」と混同しなくなったことである。
ただ、そんなことが些末に思える程、俺に接するセイバーの態度が急変してしまった。以前のように四六時中追いかけてくることはなくなったが、逆に声をかけても逃げていくし、かと思えば「新しい関係を築くのではなかったのか」などと真っ赤な顔をして言ってくる。
「おまえが逃げるんじゃないか」といえば「逃げていない」と押し問答になり、とはいえ一時期よりはかえって気楽で健康的なやり取りをしている。

ホールウェイで言い合いをしていると、マスターが通りかかる。俺を見て、口の動きだけでパクパクと伝えてきた。――「ゆっくり時間をかけて、ね」。
幸い時間はまだまだあるようだ。
このまま誤解のままに突き進むのか、途中で軌道修正するのか――ともあれ、なるようになるのだろう。
着地点は俺にも見えない。――もはや誰の面影も追う必要はなくなった。いきたいようにいくだけだ。

キャンキャンとやかましいセイバーの首根っこを引っ掴んで、食堂へと向かった。