ちょち
2024-02-24 21:22:30
2405文字
Public 狂聡
 

砂の城

狂聡 カ!12〜3年後くらい 囲われif 連載とは別軸の短発の話です

「はあ〜、疲れたなあ」

 帰宅早々リビングのソファに倒れ込み、迎える家族もいないのに聡実は大声で口にした。こういった独り言は関西人あるあるだ。
 ソファから視線を少し上げると、無駄に全面強化ガラスの巨大な窓から夕焼けが目に入る。眼下には果てしなく広がる大阪の街。それが真っ赤に染まってなかなかに美しい光景だ。
 大阪は、玉石混合の都市だ。実際聡実の住むこの辺りも10年前と比べると随分と開けた。東京と比べても学生時代に住んでいた蒲田あたりと比較すると天と地ほどの差がある。もちろん、住んでいる人間の経済力も含めて。そしてここが、今の聡実の城だ。我がことながら不似合いだな、と思う。
 何よりもまずこのマンションは一人で住むには広すぎた。
 なんだかんだ、奢られるのは昔から嫌いな性分ではないし、相手がしたくてしていることだから別に借りを作ったとも思わない。どうせどこかの女のために用意したマンションを回したのだろうと思っているが、それでも、さすがにカラオケ屋のチャーハンと比べると、梅田一等地の高級マンションは奢られるには重すぎる。あと単純に、実家マンションも学生時代のアパートもだがそう広くない空間での居住に慣れすぎているので、単純に空間を持て余すのだ。
 そもそも生活圏と学びや仕事の部屋と寝室がそれぞれ別というのが意味がわからない。貧乏性と言われようと、ひとつの部屋で仕事し勉強し、息抜きにその場でスマホをいじりながらテレビを見、疲れたらすぐそばにあるベッドにダイブするのが性に合っている。

 今寝転んでいるソファのことは決して嫌いではない。だが一度転がってしまうと、ジュース飲みたいな……と思えどいちいち冷蔵庫まで結構な距離がある時点で「うざいな」とまず思ってしまう。つくづく貧乏性だ。
 テレビをつけようかどうしようか悩んでいたら、LINEの通知音が鳴った。
 もうそんな時間やったっけ……と思いながらだるそうにスマホを手に取る。

『そろそろ梅田着くけど、なんか買うて行ってほしいもんある?』

 ”成田”と表示された個別トークに表示されたフキダシの文字をぼんやり見ながら、ウーン、と声に出した。
 夕飯はさっき吉野家食べてきたし。デザート……デザートかなあ。甘いもんは食べたい気がする。でもケーキやないな……多分だが阪神か阪急の地下にいるか向かっているのだろうと察した。

『エシレのブリオッシュ買ってきて。有塩のやつ』

 少し間があいて、猫が号泣しているスタンプが送られてきた。

『エシレもうなんもない😭』
『だと思いました』

 知ってるんやったら言うなとばかりにプンスカしたうさぎのスタンプが送られてくる。ねこぱにはまあわかるとして、顔に似合わんファンシーなスタンプはどこで見つけてくるのだろう。
 まあ、エシレはさすがにだいたいド平日でも夕方には駆逐されてるもんな。わかっていたが一応言ってみたのだ。というか、返事の速さからして阪急にいるなと判断して返事を返した。

『じゃあモンシェールのパフェ』
『あ〜わかった見てくる。いちごのやつでええ?』
『うん。なかったらモロゾフでプリン買ってきて』

 了解!という犬のスタンプを確認して、スマホを投げ出す。小一時間後にはやってくるこの部屋の本来のオーナーを迎えるべく、嫌々ながら身体を起こした。


「あっ!これとろ生プリンやん!これちゃうし、普通のプリンがええのに」
「ええ……!こっちの方が美味そうやん!?とろ生やで」
「僕は卵のしっかりした普通のプリンがええねん。前も言うたやん」
 土産を受け取って開口一番文句を言う聡実に苦笑いして、狂児がもうひとつの紙袋もダイニングテーブルに置く。
「こっちはモンシェールな。堂島ロールしかなかった」
「ありがと」
 聡実はそう言うとてきぱきと箱から出したプリンを冷蔵庫に仕舞った。食器棚から皿とコーヒーカップを二人分出し、堂島ロールを乗せて落としておいたコーヒーを淹れる。自分の分に注ぐためのミルクをレンジで温めながら、狂児の分を先に用意した。
「カフェオレとはいえ、聡実くんもコーヒー飲むようになったもんなあ……
 急にしみじみと言い出す狂児に聡実が苦虫を噛み潰した顔をした。
「なんなん急に、ジジイか」
「ハハ、まあジジイではある」
 これもまあ、週3〜4で繰り返されている光景だ。
 今日のようにお茶をしたり、日によっては夕飯を食べ、お互い適当に会わなかった間の話をして、夜遅くに狂児は帰っていく。月に1〜2度泊まることもあるが、そんなに頻度は高くない。
 なんとなく暗黙の了解のように聞かなかったことが、ふと口をついた。久々に食べた堂島ロールの甘さのせいかもしれない。
「狂児はここに住まへんの」
「ん?」
「いや、別に住んでほしいとかいう意味ちゃうねんけど。結構ええマンションやのに、僕だけが使うの勿体無うないかなって思って……
「ここは聡実くん用に買ってるから」
 とんでもないことを、いともサラッと言ってくるな……と聡実はちょっと普通にドン引きした。
「やめてやそんな、囲われみたいな」
「うーん……
 狂児は窓の外の夜景を見ながら、他人事のように続ける。
「こんなマンション与えといてなんやけど、いつでも聡実くんの判断で出て行ってええと思ってるねん」
「は?なにそれ」
「俺もここに一緒に住んだら、縛るみたいになるやろ」
 それは、聡実の気の持ちようの話だろうか。それとも狂児の意志の話なのか。
 それきりその話題は終わり、組長が彫った最新の刺青が絶妙に似ていないちいかわのハチワレだったという話になった。

 聡実がどう思おうと、狂児の思惑がどうであろうと、今のところはここは聡実の城だ。
 ただしそれは、壊そうと思えば簡単に壊せる、砂の城のような。