2024-02-03 15:21:37
7588文字
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反照を辿る

タヴの過去を覗こうとする話。タヴに固有名がついています。
「The First Light」収録。

なんか口調を掴みかねてて書き上げられる気がしないので放流します。
アスタの皮肉屋発言、割とかなり好きかもしれない。
気が向いたら加筆します。→気が向いたので加筆しました。

「んー、あれは流石に気持ち悪かったな」
「さっきのハーフオーク?」

カーラックの問いに少し疲れた様子でフィンが頷く。結局あの場はアブソリュート信者のふりをして誤魔化していたが、頭の中まで探し回られていたとか。なるほど、幼生の使い道としては面白いかもしれない。不快感は近くにいた俺たちにも伝わっていたものの、本人にしかわからないこともあったようだ。曰く、頭の中を家捜しされたような感覚だとか。
カーラックが、大変趣味のよろしいアブソリュートの使徒が立ち去った方にブーイングを飛ばしながら励ますようにフィンの背中を叩く。ひ弱なウィザードには少々強すぎたようだった。横でうっかり笑ったシャドウハートが、フィンに小突かれている。見慣れてきた光景だが、いつだってひとつまみの違和感があった。主に我らがリーダーに。

頭に入れられた気色の悪い幼生は、実に親切なことに同行者のあまりおおっぴらにしたくない過去ばかりを勝手に共有して回る性質があった。おかげさまで隠し事の少ない愉快な旅路になっているし、少なくとも渇く度にこそこそと獲物を探す必要はなくなった。熊を狩れば身の心配までされる始末である。
実際のところさっきの使徒の使い方を見る限り、今まで俺たちが体験してきた幼生のコネクションはほとんど偶発的な物だったのだろう。シャーの忠実な信徒、はぐれギスヤンキ、魔法の爆弾を抱えた天才、地獄帰り、角を生やされた民衆英雄……、ヴァンパイア・スポーン。暴かれた秘密の中にフィンのものはない。
こんな問題だらけの面子に一人、何の変哲もないエルフが混じっているのは些か奇異な話だ。いや、語弊はある。取り敢えず文字があればそれがサーイの魔術書でも読み、敵前でも路銀やら錬金術の素材やらを死体からくすね、火事場でも本を拾ってくる自由気ままな好奇心を煮詰めたエルフを何の変哲もないとはとても言いがたいが、それでも他の全員が抱えている問題から言えば些細な物だ。少なくともフィンの悪癖に文句をつけるのは、フィンが跳んだり跳ねたり余計な怪我をする度に治す羽目になるシャドウハートと、手元足元が疎かなフィンが彷徨く度に罠の心配をしている俺くらいだった。流石にこの塔の屋根裏で、明らかに気色の悪い触手の生えた壁に腕を突っ込んでは死にかけてる様にはカーラックにも苦言を呈されていたが。ちなみに俺は好奇心でやらかすフィンと街一つ飛ばしかねないゲイルとで、危険度において時に同程度だと思っている。被害の範囲が違うだけで、罠で燃やされるのも爆発で吹き飛ぶのも、こと自身の安全といった観点では大差ない。
とはいえフィンの底なしな好奇心と世間知らずな善性が味方を増やす面もあり、何よりそんなフィンの人となりがあってこそ、このパーティーが成り立っているのは全員が知っている。だから誰もフィンの過去を敢えて聞きはしない。必要がないからだ。留守を預かるドルイドが過激派の手引きをしているなんて、活字中毒が切り株に刺さった紙切れを目敏く見つけなければ誰も知りようがなかった。そういった例は旅路を重ねるうちに積み上がって、勝手に野営地に上がり込んだヴォーロが喜ぶような逸話を次々と生み出している。
好奇心と世間知らず自体は、ことハイエルフにおいてはそこまで珍しくない。珍しくはないが、その裏に何か違和感が拭えない。バルダーズ・ゲートに住んではいたようだが、恐らくそう長い期間ではないだろう。見てくれだけで二十歳だか百歳だかはわからないが、エルフにとっては大体子供のうちだ。それでも、過去は現在に影を落とすもので、何もないなんて有り得ないのにあまりにも何も見えない。まるでそう、思慮分別だけ大人びた数歳の子供のようで。

それに、と思考が巡る。他の連中に必要がなくても、俺には多少の需要がある。出来れば弱みとか、そういったものの需要が。
誑かせなかったわけではないと思う。実際、ティーフリングの宴があった日は上手くいった。情熱的な夜だったのは睡眠を必要としないエルフが朝まで意識がなかったことからして明白だ。その後の素振りからして脈がないとまでは言えないが、結局はそれきりになっている。
正直、暇がなかったのだ。アンダーダークでは動くキノコに働かされ、レッドキャップを倒せば魚人間に勝手に祭り上げられ、やたら偉そうに振る舞うトゥルーソウルを始末すれば今度はシャーの信徒が作った火事場でデカブツと戦いながら鎧を作って。今日だって、出くわしたハーパーに良いように潜入の駒に使われ、森で助けたティーフリングと風車から助けたディープノームの頼みを聞いて脱獄を手伝っている。カザドールに使われていたときとはまた別の忙しさに、文字通り忙殺されていてそれどころではないと言わんばかりに棚上げされていると言うのが正しい。残念ながら。ならば保険はいくらあってもいいだろう。
実際、フィンが止めなければ簡単に杭を打たれるか良くて追い出されていただろう身としては、脅そうが絆そうが構わないからなんとしてでもフィンを味方にし続けておかなければ幼生以前の問題がある。今後、復讐をするなら尚更。どれほど有用でもたかが一枚の手札で覆せるほど、あのヴァンパイアは弱くない。フィンの過去自体に興味がない、訳でもないが。

「そろそろレイゼルたちと合流する時間だね」
「そうね、治療院の探索が無事に終わっていると良いけど」
「まあ、最悪あの医者っぽいのは殴っても問題ないだろうし、大丈夫じゃないかな」

あれもソーム家の人っぽいよね、ケセリックの親戚?なんて呟きながらフィンが先導していく。こうした推論は、同行者のうちでフィンが最も得意とするところだった。思考と論理をもって状況を詳らかにするその性は、何の手札もなく体当たりしてみるしかない弱者とも常に力を押し付けるだけでいい強者とも違う。努力をすれば報われた?あるいは、傍観するしかできなかった?問うほどではない疑問は、いつもフィンの行動を目にする度に訪れた。

「蘇らせたところで、親族でもなければアブソリュートに与しなかったってことだ」
「どうなんだろうね」

曖昧に笑ってカーラックに返すフィンがどう考えているのかは窺い知れないが、その視線は影の呪いの中でじっとライスウィン・タウンの中央に向けられている。

「フィン!」
「おかえり、レイゼル。どうだった」
「チクッ、楽器は回収した」

魘され続ける妙な人間をたたき起こすために治療院を探索していたはずのレイゼルが、乱雑に血を拭いながらリュートを差し出す。同行していたウィルもろとも返り血だらけなので戦闘になったのだろう。レイゼルと同行することは血まみれになるのとほぼ同意である。後ろのゲイルは酷い土埃を被っているだけなので、乱戦にはならなかったらしい。レイゼルの敵戦力評価と合わせて、ウィルとゲイルが補足する背景情報をフィンが整理していく。

「医者が死んでもシスターは動じてなくて、大聖堂の前にラファエルがいて、死体安置所にはゾンビになった元患者と北方面に続く洞窟がある。けど崩落して酸の大穴が空いてる……。シスターも倒してくれてるけど、また蘇らないとも限らない感じなのかな」
「それとアラベッラの両親は治療院にいたが、もう」
「そう……。私から伝えておく、ありがとう」

ウィルの心情を案じてか最後まで言わせなかった。そういった配慮は感心させられることがある。似たようなことはシャドウハートも言っていた。その気遣いの幾許かを足元の罠を踏まないとか、状況を鑑みた損の少ない行動を取るとかに回してくれてもいいのだが。

今日は休もう。そのフィンの一言で解散になった。

比較的安全だった石工ギルドの中で野営することにして、各々テントや寝袋の支度を始めた頃。ライスウィンの外でシナビが面倒を見ているアラベッラに事情を話しに行くのだろうフィンと、辺りを見回る途中の偶然を装って合流すれば簡単に二人きりになれた。これだけの距離があれば、幼生がもがいても他の仲間に気付かれずに済むだろうか。

……ラファエルのところに行く前に、酒場と料金所もちょっと漁りに行きたいんだよね」
「随分ハッキリ言うようになったな。鍵開けのお供は必要か?」
「うん」

頼むよ、なんて答えて見せるところが大変素直だ。最初こそなんでも一人でやりたがるものだから見かねてツールを取り上げたりしたが、漸く適材適所という言葉が身に沁みたらしい。

「ところで、育ちの割に金に目が無いのは誰に教わった?」
「いや、路銀は必要でしょ。そこそこ人もいるんだし、スクラッチたちもいるし。文無しで放り出されてるからね。バルダーズ・ゲートに行く前にある程度みんなに分けられるくらいは欲しいかな。……それと、別に言うほどの育ちじゃないよ」
「ウィザードのくせにか?」
「そうだよ?」

きょとんとした顔で不思議そうにしているものだからたちが悪い。血に教わるソーサラーや契約で行使するウォーロックでもあるまいし、ウィザードには師がいるものだ。師弟関係がどのようなものであれ、貧民であるはずがないことがどうもわかってないのだろう。
そっと、互いの服が擦れ合うほど側に立つ。まるで警戒する素振りもない。

「本当に、お前の過去は興味深いよな」
「特に話すようなこともないよ、みんなみたいにさ」
「俺にはどうもそう思えないが」
「えー?」

掛かった。

「なあ、俺たちにはもっと良い方法があるだろう」
「ん?」

腰に手を回し、頬の輪郭を指でなぞる。まるで恋人めいた仕草だが本質は全く別だ。目を合わせて幼生の存在を意識するだけで、想定より簡単にフィンの中身を覗きに行ける。こんな恩恵を使うことになるとは思ってもみなかったが、使う側でいる分には悪くない。
彼女の過去に意識を集中する。頭の中をかき分けなくても、目当てのものはすぐに見つかった。まるでわざわざ探されることがわかっていて、招かれざる客人のために整理して置いてあったかのように。

穴を覗くように記憶を覗き込む。そこに見えたのは、多くの本に囲まれた小さな円形の部屋。いや、よく見ればそれは大木の洞のようだった。エルフらしいと言えばらしいが。流れ込む感情は凪いでいて、何の異変も感じられない。本当に、こんなものが彼女の過去なのか?もっと致命的なものが欲しい、そう考えるだけで場面が切り替わる。

(ドライアド?なんだこれは)

洞の入口には薄膜のような何かがある。その向こうにいる人影は恭しげにフィンの面影を持つ子供へ話しかけている。差し出された本は膜を通り抜けフィンの手に渡った。側にいるドライアドは一言も喋らず不気味なほど静かに見つめていた。

「お食事などご不便はございませんか」
「ないです。大丈夫、ありがとう」
「何か下げるものがございましたらお渡しください」
「んー、今はない、です」
「ではまた明日」
「また明日」

下がっていく女をフィンもドライアドもただ見ていた。頁をめくるように場面が切り替わっても、成長していくフィンは相変わらず洞の中にいる。本を読むか目を瞑って、ただ時が過ぎるままにしていた。
そんな日常が、何らかの切っ掛けで崩れる。何かを察したドライアドが、相変わらず声ひとつ出さずに洞の外へ向かう。どうやら生物の出入りを妨げているのだろう薄膜が、樹皮に姿を変えた。外が何も見えなくなって、どことなく不安そうな表情の今と変わらない年格好のフィンが樹皮に手を当てる。当時の、心の奥をチリチリと焦がすような不安は幼生を通してこちらにも伝わってくる。焦燥にしては静かで、そこには諦念の気配もある。騒動の音すら聞こえないまま、ただひたすらに時が過ぎていく。
どれほど経ったかわからないが、フィンが予想していたとおり偽りの樹皮は解けて自由を阻む薄膜も消え去っていく。それは、ドライアドの死と村落の滅亡を意味している、そんな感覚が流れ込んでくる。意を決して足を踏み出した彼女は、初めてその目で村落を見た。誰もいない、争った後も血痕もない。ただただ気味が悪いほど静かな村の跡がフィンを出迎える。
誰もいない村の中を見て回る。家々のどこにも生き物の気配すらない。当時のフィンの脳裏に、村にいたはずの人々の顔が浮かぶ。せめて苦しんでいなければいい、とささやかに願う彼女はそれすら難しいのかもしれないこの異常をある程度正しく把握しているようだった。
地図と食料と、路銀を躊躇いながらも拝借していく。どうもこの時には生き抜く術を知っていたらしい。ふと、当時の彼女が思い出したのだろう一節が浮かぶ。
先立つものはいくらあってもいい、外に出る機会があれば路銀を確保しろ。

(誰かの端書きか?あの洞には今までも他の犠牲者がいたのか?)

そのまま場面は変わり、挿絵のような旅の風景と、最後に見慣れたバルダーズゲートが映る。記憶の再生はそこで終わった。

「ズレルの時ほど気持ち悪くはない、かも」
「お前、もしかして最初からわかってたのか」
……なんとなく、知りたいのかなとは思ってた」
「まさかバレてるとはな」
「隠す気あったんだ」

フィンが小さく笑う。よくこんな状況で笑っていられるものだ。もう少し、怒るほどではなくとも機嫌を悪くするかと思っていた。

「なら聞くが。あれはどういうことだ?」
「生贄だったこと?村が襲われたこと?それとも気が狂れたドライアド?聞かれれば答えるよ、面白い話はないと思うけど」
「言っておくが、俺はこれほど酒の肴に向いた愉快な話は他に知らないな。そもそも、いつからあんなところにいたんだ」
「記憶にある限り、ずっと。最初はおじいさんもいたけど。おかしくなったドライアドに怪我をしたり弱った生き物を木の洞に匿ってしまう癖があって、村の人たちがずっとそれを生贄が必要だと勘違いしてただけ」
「ずっと?じゃあつい最近までお前は、あの狭い部屋しか知らなかったってことか」
「多少外は見えたよ」
「そういう問題じゃない。大して変わらないだろ」
「特に不自由はしてなかったから。アスタリオンにも伝わったと思うけど、不満だったわけじゃないよ」

思わず溜息を吐く。結局弱みは何も見つからなかったが、こいつの物知らずに説明はついた。実質数歳児と変わらないくらいの社会経験しかないなら、ある意味当然だ。むしろ会話が成立するだけマシかもしれない。

……ともかく、お前の村のことについては今思えばアブソリュートの仕業だったのかもな」
「ああ、そっか。それは考えたことなかった。生きたまま連れて行く理由がないなって思ってたんだ」

頭を覗かれておいて、暢気にありがとうなどと宣うものだから調子が狂う。思わず睨み付ければ、当の本人は何処ともなく遠くを見ていた。

「きっと無事ではないんだろうね」
「気休めは言わないからな」
「いいよ。わかってる」

それからアラベッラのもとに向かう道すがら、とりとめもないフィンの思い出話を聞いていた。季節の果物が美味しかったこと、洞に書き溜められた先の生贄たちの書き付けがあったこと、その中に路銀の大切さを説いたものがあったこと。

「いつか、自由になる未来の生贄に向けた書き付けの束か。どう思ったんだ?」
「別に何も。私は外を知らなかったから。ただ、そこまでして取り戻したいものなんだ、って思っただけ」
……なるほどな」

他に言葉はなかったが、書き付けを残したやつらの気持ちはよくわかった。自由を奪われる側の心情は、嫌なほどよく知っている。受け取ったのがこいつであったことは、良かったのか悪かったのか。少なくとも、俺たちの旅がしくじれば全て無意味になる。
動転したアラベッラをシナビと宥め終わって一息吐く頃には、この影に飲まれた地ではわからないが夜も随分更けているだろう時間だった。

「そろそろ戻ろうか」
「ああ、たまにはこんな無駄話も悪くないかもな」
「自分から聞いてきてそこまで言わなくてもいいと思うんだけどな。弱みがなくてごめんね」
「お前も大概性格悪いぞ」
「興味本位だけで他人の過去を掘り返すようには思えなかったから」
「そこまで俺を理解してくれていたとはな、どうもありがとう」

お互い軽口を叩き合って野営地に戻る。ハルシン辺りは起きていると思ったが、瞑想中のようだったのでどちらともなく足音を忍ばせた。各自の寝袋に戻って、残りの夜が過ぎて行くに任せる。瞑想には少し長い時間を、先ほど覗いたフィンの記憶が埋めていく。どの記憶に紐付いた彼女の感情も細波ひとつない湖面のように静かなのは、比較する何も知り得なかったが故なのだろう。そんなことを思い返したところで何の意味もないというのに。

(俺は、あいつをどう扱いたいんだろうな)

利用しようと思っていた。扱いやすいんじゃないかと思ったこともある。実際、愉快な面子の中では一番安全なのは確かだ。しかし、これからは?俺は、例えばあいつを見捨てなければいけないときに。

(いや、考えても意味がないな)

埒があかない無意味な思考だ。敢えて続ける意味はないから止めた。その先は、考えない方が良いと思った。
瞑想をしていればほどなくして夜は明けて、誰かが起きる音がする。ゆっくりと浮上させた意識で身体の感覚を取り戻していく。

「さて、おはよう寝坊助のリーダー。今日は酒場と料金所に行くんだったか?」
「ん?うん……、たぶんそう」
「たぶんじゃない、昨日自分で言ってたんだろ。さっさと起きろ」
「わかった、わかってる……

朝に弱いリーダーを瞑想から引き戻してやって、ゲイルの用意していた朝食を運んでやる。我ながら大変甲斐甲斐しくはないだろうか。

「うん。そろそろ行こう」

朝食を食べ終わって後片付けをするフィンは憎いほど相変わらずいつも通りで、昨日のことも誰にも言う気はないらしい。そんなところが、痛い腹ばかりの俺たちを崩壊させずに済ませている。
欠片も望んでいないがもう馴染みつつある日常の中で、俺だけが知った秘密を持て余しながら出立の準備をする。あとどれくらい英雄ごっこをする羽目になるかはわからないが、もう少しだけ、ウィザードにしかなれなかった、自由を知ったばかりのエルフにはいい目があっても許されるだろう。
フィンが拾ってきたネックレスを撫でる。導きの呪文を封じ込めたそれは、使うだろうと分配した彼女のお陰で俺の首に収まっていた。たまにはあいつに掛けてやっても良いかもしれない。荷造りを終えて、いつもよりフィンの近くに並んだ。