歴史資料保護課のSさんの話

時の政府のとある部署の実話系怪談

 当時、Sさんは歴史資料保護課に所属していた。古今東西の歴史資料が所狭しと並ぶ事務室はもはやただの倉庫であったと、Sさんはなんとも言えない顔で語った。政府が開設する戦場コールセンターには審神者や現地の刀剣から「存在の感知はどの辺りまでは許容範囲なのか」「遠征先でヘマをしてしまったが、どう隠蔽するのがベストか」とひっきりなしに通信が入り、ほとんど流れ作業的に歴史資料保護課に照会が流れ込む。それこそ二十四時間営業と言っても過言ではない職場であったが、シフト制であったのでなんとか乗りきれていたと言う。
 必然、夜中の勤務になることも多い。大体は三人体制だったが、稀に一人で夜勤に当たる日もある。例えば連隊戦の頃などは、ほとんどの本丸が連隊戦場に通いつめるためコールセンターの出番がない。必定、歴史資料保護課も手が空き、時期が時期だけに、最低限だけの人手を置いて有休消化に走るのだ。

 その日、Sさんは、やはり一人で夜勤に当たっていた。散乱したファイルを元の場所に戻すべく緩慢に部屋の中を彷徨いていたSさんは、何かの気配を感じたと言う。さわさわとかすかながらも、無数にある物陰から視線や吐息がする、気がしたという。初めは虫かと思ったそうだ。なんせ紙が山とある。茶色いアレに留まらず、23世紀の現代人のほとんどがお目にかかったことはなかろう紙魚だって見たこともある。これは課長が出勤してきたら殺虫剤を提案しなくては。

 あれは確かに午前二時ちょうどだったとSさんはキッパリと断じた。通信機がけたたましく鳴り出した。3機置いてある、その全てが。手近にあるものをとれば、爆発的にけたたましい笑い声が響いた。反射的に通信を切れば、間髪をおかずにまた着信音が鳴る。別の通信機を取ると、今度は女の号泣が聞こえた。

 さらに別のは男の怒号。
 取る。子どもの哄笑。
 取る。犬が吠え哮る。
 取る。老婆の読経。
 取る。男の含み笑い。
 取れども取れどもまともに繋がらない。止まらぬ着信コールと怪音に、Sさんはついに爆発した。
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン!!!!」
 山登りが趣味であったSさんは、とある山伏国広と個人的に付き合いがあった。共に山に登った際に何となく真言教わっていた、それを力いっぱい叫んだのだ。
 ピタリと、コールが止まった。

 数十秒の沈黙の後、1機だけが鳴り出した。
Sさんが通信を繋げると、それは正しくコールセンターからの入電であった。
「全然繋がらないし、どうしたんですか!?」
 コールセンターの担当者は泣きそうな声で叫んだという。まだ立ち上げて間もないとある本丸が、出陣先で想定外のトラブルに巻き込まれたのだ。
 Sさんはどこかでホッとしながらも、テキパキと必要な資料を探し出し、解決策を提示した。無事に事態は収まり、お互いに労いあって通信は切れた。脱力し、その場にへたり込んでしまったSさんの後ろで、舌打ちが聞こえた。
「残念」
 その後、Sさんが夜明けまで部屋を探っても、誰がいた痕跡も見つけられなかったそうだ。