魍魅 魎
2024-02-23 02:56:16
1723文字
Public 野生心
 

>小話【ワイハ】猫と信光

猫の日小話。信光と猫。湊に猫が来たら。

 猫って生き物はよくわからん。
 足元にすり寄ってきたかと思えば、こちらが手を伸ばせばするりと躱してとととと距離を取ってこちらの様子を伺ってくる。
 キャッキャと子どもたちが洗濯の手伝いをしている横で、ごろりと横になって日向ぼっこをしている小さな生き物をいつもの場所から眺めている。

 都から来た大型の商船に乗っていた茶色の虎柄の猫が湊を自由に歩き回っている。船長に話を聞けば船に積んだ穀物や書物を齧る鼠対策に大変役立つんだそうだ。躾られているのか与えられた物しか口にせず店先の商品に手を付けることはない。船長曰くここまで頭の良い猫はいないそうだ。商船は烏筒屋と荷のやり取りや船の整備もしたいということで十日ほど湊に滞在する。
 似た姿の獣を見たことはあるが、それとは大きさも全く違う猫に湊の面々も驚きながら次第に慣れていった。
 魚が好物らしく、船長や船員に餌をもらっているくせに俺の元を毎日訪れるふわふわの生き物の扱いに少しばかり困っているのだが、これは初日に魚を与えた俺が全面的に悪いし、その後も売りに出すには小さい魚を落としたふりして与えていたのがより悪い。

 弥太郎が珍しく桟橋の方まで猫を見に来たのには驚いたし、近づくでもなく距離をおいて猫を羨ましそうに眺めると満足して帰っていったり。

 なつめは何をしたのかうまいこと懐かれていて、抱きあげることも出来る。毛並みが気持ちいいんですよと笑いながら、身体のしなやかさを自分の仕事に活かせないかと腹を見せて撫でてくれと要求する猫をなでながら骨格を確認したりしている。すべて鍛冶の仕事につなげていくのは恐れ入るし少し怖い。

 鈴蘭先生は弥太郎の様に眺めに来るだけだ。でも餌を与えている訳でもないのに足元にすり寄られているし撫でようと手を伸ばしても逃げられることはない。何か猫の好きな香でも焚いているのかと聞くと「そういう訳では無いけれど、この子は穀物や書物の荷と旅してるんだろう?私も書物に囲まれて暮らしているから、慣れ親しんだ匂いがするのかもね」と笑って帰っていった。

 氏繁さんは逆に酒の匂いが良くないのか焼き魚の匂いが染み付いているのか、顔を見せると猫にすごい勢いで追いかけられる。もう身体の一部と言っていいほど慣れているとはいえ、あの義足でよくあれだけ動けるもんだ。最終的には左手で猫の首根っこを掴んで息を切らして帰って来る。猫も満足そうで、ただ単に運動に突き合わせているだけかもしれない。

 そうそう、我らが獣狩殿は生業の問題だな、嫌われてる。なかなか防具に染み付いた獣の匂いは消せるものではないし、本人も仕方がないとは言っているが、獣狩殿が桟橋に近づくと猫はさっと姿を消すものだから些か悲しそうではあるし、他の湊の人間でここまで避けられているのは獣狩殿だけなので可哀想にもなる。
 先日狩場から帰って、湯屋で身を清めてから洗濯したての着物に着替えて来た時は逃げられなかった。俺に依頼の報告をしながら子どもとじゃれ合う猫を眺める獣狩殿の表情はずいぶんと穏やかだった。

「お前はよく分からんが、居るだけでみんな嬉しそうなんだよなぁ」
 今日の魚をねだりに足にすり寄ってきた猫に手をのばすと今日は珍しくその体に触れることができた。柔らかく滑らかな肌触りは湊の近辺での狩猟で得られるどの毛皮とも異なっていた。
「なつめや子ども達がお前を夢中で撫でるのも納得だなぁ。気持ちいいか?うん?」
 次第に猫が撫でる俺の手に体を預ける様になり、そのままごろんと横になって腹を見せてもっと撫でろとせがまれれば応えないわけにはいかない。しゃがんで両手でわしゃわしゃと猫の様子を見ながら撫でていく。
「ここか?ここもか?」
 撫で続けると触れてほしい場所を体をひねって向けてくるのが面白い。要求に応えているとふと猫の動きが止まって起き上がると小さくにゃんと鳴いた。これはもういいのでいつものを寄越せって奴だな。
「ほら、お前明日の朝出港だろ?今日のは特別だ」
 売り物にする予定の干物を一枚差し出すと、ぶんどるように咥えてとととと船長や船員が休むのに借りている住居へ走っていった。