ハイパー夢おじさん
2024-02-22 19:41:59
3160文字
Public pkmn
 

web企画「徒然逢瀬」23.10.08

ツバセキ/pkmn/全年齢

※ツバセキがキタカミにいる。謎時空。


 軽快な祭り囃子の音が聞こえる。それから人々のざわつく話し声。それらを聞き流しながら人混みを掻き分け、目当ての人物を探す。一般的な人たちよりも頭一つ分抜けたそいつはすぐに見つかった。

「ツバキ!」

 人混みに流されそうになりながらそれの名を叫ぶ。ツバキは俺に気付くとパァと顔を輝かせ、「アニキ! こっちだよぅ!」と手を大きく振った。少し子供っぽいその仕草に、周りの人々がチラチラとツバキのことを見ていた。身長も声もでかいツバキは人の注目をよく集める。集落の人間にとってはもう日常なので大半はツバキのことを一瞥するだけで放置だが、ヒスイ地方からほど遠いこのキタカミの里ではそうはいかなかったようだ。人々は珍しいものを見るような目でツバキの様子を伺っている。
 それが何だか居た堪れない気分になり、祭りのために特別に着た浴衣が着崩れるのも気にせずに人の波を縫うように大股でツバキに近付く。

「わりぃ、待たせたか?」
「いいえ、まったく! でもそれよりアニキ、貴方はもう少しお上品に歩くことはできないのかよ? 浴衣の裾がはだけてるじゃないか」
「あ? どーでもいいだろ。男だし」
「良くない、ちっとも良くないとも! アニキの柔肌を衆目に晒すなんてとんでもないことだ! たとえ神が許そうとも、このツバキは許さないよ」
………………

 面倒臭いな。そう思ったのが顔に出ていたのか、ツバキはキッと眉を吊り上げて「アニキ!」と叫んだ。うるさいな。そんなでかい声出さなくたって聞こえているよ。

……早く会いたかったんだよ。それに、浴衣を気にしてゆっくり歩くなんざ性に合わねぇしな」

 そう言うとツバキは目を丸くし、それから一拍置いて頬を赤く染めた。その顔は昼間キタカミの里を観光しているときに見かけたリンゴ畑のリンゴくらい赤い。そういやそこには見たこともないポケモンがいたな、とぼんやり思い出す。

「アニキ、今ツバキに早く会いたかったって言いました? まさかこれは夢? アニキからの愛の囁きが聞けるだなんて!」
「あーあー、うるせぇ。黙ってろ」
「これが黙っていられるかよう!」
「なぁツバキ、向こうに屋台あったから行こうぜ」
「話を変えないでくれアニキ!」

 吠えるツバキを無視して歩き出すと、ツバキは諦めたのか渋々といった様子で後ろをついて来た。何やらまだブツブツと恨み言を呟いているようだが、聞こえないふりをして歩みを進める。

「あ、アニキ! あれを見てくれ! キタカミそばなるものが売られているよ! そばを焼くだなんて!」
「おー、本当だ。美味そうだな」

 先ほどまで恨み言を言っていたのが嘘のようだ。ツバキは屋台で売られているキタカミそばと書かれた料理を見つけて目を輝かせる。それはヒスイ地方にはないものだ。あちらではイモモチがご馳走だったな、と遠い故郷に思いを馳せる。だがそれも束の間、イモモチの香りとは違うそばの芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、思わず腹の虫が鳴った。だが、その音は雑踏に掻き消されてツバキには届かなかったようだ。

「なぁアニキ、買ってみても良いかな?」
「おう。オレの分も頼む」
「もちろんですとも! このツバキ、しっかりかっちり購入してみせるよ」

 たかだか屋台の料理一つを買うのに随分と仰々しい返事をしたものだ。呆れながら屋台に突撃していくツバキの背中を見つめる。屋台に立つ男と二言、三言しゃべったツバキは、購入したキタカミそば二つを両手に持ってこちらへと振り向いた。その顔にはニコニコとした笑顔が浮かべられている。


 ◇◇


 人混みを離れ、山へと続く階段に腰掛ける。祭りの喧騒が遠くに聞こえており、程よい賑やかさがあって心地が良い。

「屋台の人に教えてもらったのだがね、これをポケモンに食べさせると様々な御利益があるそうだよ。ほかくパワーだとか、でかでかパワーだとか」
……それだけじゃ分かんねぇな。具体的にはどうなるんだ?」
「さあ? まぁ、何かしら良いことが起こるのでしょうね」
「オマエも分かってないじゃねえか」
「断じて! 分かっていないのではなく! ツバキには理解する必要がないだけだ。ポケモンだけが強くなっても意味がないからね。僕ら人間もポケモンを強くできるほど逞しくあらねばならないのだから!」
「あー、はいはい」

 ツバキの言葉を聞き流しながら割った箸でキタカミそばを掬い上げる。その拍子に芳ばしい匂いが漂った。相棒のリーフィアも、興味深そうにフンフンと鼻を鳴らしながらそれを食い入るように見つめている。
 キタカミそばを一本つまんでリーフィアに分け与えた後、改めて自分の口に入れる。その瞬間、濃厚な味が口内に広がった。美味い。あまりの美味さに思わずツバキのほうを向くと、オレと同時に食べていたらしいツバキもオレと同じことを考えていたようで、パチリと目が合った。

「アニキ! これ、すごく美味しいよう!」
「な! ムベさんの料理にも負けてねえ。キタカミの里も凄えな!」
「本当に。コンゴウ団のみんなにも食べさせてやりたいね」

 ツバキのその言葉にオレは面食らってしまった。あのツバキが、オレ以外の人間を思いやる言葉を口にするとは。
 ――ショウと出会ってからツバキも変わったな。
 引っ込み思案だったツバキが明るく振る舞うようになったのはいつからだったか。きっとツバキなりに悩んだり苦しんだりしたこともあったのだろう。成長に試練は付きものだ、なんて言ってショウが洞窟キングを鎮めることを拒むほどに。だが、自分が苦しんだのだから他者も苦しむべきだなんて、あまりにも身勝手な価値観だ。
 それに、オレ以外の人間に対する配慮のなさ。オレの力になりたいという気持ちは素直に有難いのだが、その気持ちをもう少しでも他者に向けることができれば、と常々思っていた。
 それがこうも変わるとは。キッカケはショウのおかげだと思うが、それでもツバキが良い方向に成長したことが嬉しい。そう思うと、ツバキに対して無性に愛おしさが込み上げてきた。

「なぁ、ツバキ」
「どうしたんだい、アニキ?」
「口付けしてくれ」
「えぇ!? あまりにも脈絡がないと思うのだけれど? いや、決して嬉しくないわけではないけどよう!」
「仕方ないだろ、したくかったんだから」

 えぇー、と不満気な声を上げるツバキに対して、早くしろと言わんばかりに顔を向けて目をつぶる。するとツバキは観念したのか、オレの頬に手を当てて口付けを落とした。ふに、とオレの唇と柔らかいツバキの唇とが触れる。一瞬だけ唇を離し、また触れさせる。啄むような口付けを数回繰り返したのち、ちゅ、と音を立てて互いの唇が離れた。

……なんか、キタカミそばの味がしたな」
「だから嫌だったんだよう! 情緒もへったくれも無い! せめて口をゆすいでからさせてくれよう」
「そんなの待ってられるか」

 今すぐにでもしたかったんだよ。そう言うと、ツバキはまたカァと頬を赤く染めた。

……どうしたって言うんだいアニキ。今日は随分と可愛いことを言うじゃないか」

 たしかに、いつものオレらしくないかもしれない。慣れ親しんだヒスイの地を離れて気分が高揚しているせいだろうか。ツバキに指摘され、だんだんと羞恥心が芽を出し始める。

……旅の恥はかき捨てって言うだろ」

 照れ隠しにそう一言だけ言って、ふたたびキタカミそばを頬張る。リーフィアにも分け与えていると、横目でニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見つめるツバキが目に入った。腹が立つのでツバキの脇腹を小突いてやった。