雑多とした万事屋街のなかでふと目を引いたものがあった。少年とも少女ともつかない中性的な容姿の子供が1人で歩いている。濃い紺色の甚平にサングラスと煤けた布、確かに見覚えがあった。あれは何時だったかの演練で、小豆長光に抱き抱えられていた……。
「あれ?」
「どうした?主」
「あの子、審神者の筈なのに。護衛の刀剣男士を連れていないのは何故かしら」
***
「審神者の写し身?」
本日の近侍である姫鶴一文字は首を捻る。聞いた事のない言葉だった。
「どこかの水辺で審神者の容姿をそっくりと写し取ってはその写し取られた審神者と入れ替わろうとする怪異、まあ要するにドッペルゲンガーてことですね。これに関しては私てっきり都市伝説みたいなものだと思っていたんですけどねぇ」
まさか怪異が私に化けて出るとは、と八つ時のせんべいをかじりながらこの本丸の主はボヤく。
「てかそもそもドッペルゲンガーってなに?」
「ん、姫鶴さんは知りませんでしたか?ヒトの容姿を写し取って化けるお化けの事ですよ。化けられた本人とドッペルゲンガーが出会ってしまうと入れ替わられるだとかどちらかが必ず死ぬだとかそんな感じの」
まったく、悪趣味ですよねぇと審神者はケラケラと笑う。
「でも猫の怪異もそーいうことするんでしょ?たしか。主がやるかはともかくとして」
「やるかどうかで言えばしますねぇ、猫は。我々は基本的に人の死体を喰ってその人に化けるようになるんです。まぁ私の姿は修行で身につけた変化なので、そういうものとは違うんですが」
そう、この審神者は猫の怪異なのだった。
「しゅみがわるいのはきみのほうだよ姫鶴、主も」
「おや、小豆さんは小粋な妖物トークはお気に召しませんでしたか」
小首を傾げて笑う主の言葉に小豆長光はは返事をせずにただ少し眉をしかめ、審神者の前にコトリと音を立てて湯呑みを置いた。
「……それで?主のゆうじんどのはどこで"にせもの"をみた、と?」
審神者の小さく細い手がぱらり、と送られてきた資料を開く。
この審神者は化生ゆえに、生体デバイスの類を身に備えていない。その為政府とのほぼ全てのやり取りは旧時代的に紙媒体で行っていた。
「2日前、演練場だそうです。その前は5日前と10日前で、こちらは万事屋街の西八番通路と甘味街道ですね。担当官の方が目撃情報を探してくれたようです」
"偽物"を目撃したという審神者仲間や万事屋の店員から視力補助機能の中の録画情報を提出してもらった為、そのいくつかを端末上に表示させた。
そのどれもが後ろ姿や人の影に半ば隠れているものばかりではあったが、写っているのはどれも紺色の甚平を着た中性的な容姿の子供。この本丸の審神者が人に化けている時の姿と瓜二つであった。
「どの日も主は外出してないよねぇ。演練場にはここ1ヶ月は行ってないでしょ」
「そうですね、2日前はちょうど同じ時間帯に担当の方が定時報告に来てくれていたので時間入りの映像記録も残っています」
「それ知ってる。アリバイってやつだ」
「私はなんにも悪いことしてないんですけどねぇ?……まぁ」
私に化けたのなら、少しばかりは痛い目にあって貰いましょうか。
***
還りタい。孵りたイ。帰リたい。
帰る?……いったい何処に?
***
修行から帰ると、玄関先に主が1人で立っていた。
「おかえり」
主はにこにこと笑ってこちらへ駆け寄ってくる。
……なにか違和感があった。
「なぁ、主……」
「どうしたの?南泉」
咄嗟に刀を抜いて斬り伏せていた。
「主は俺の事を『にゃんくん』って呼ぶんだよ。誰だにゃ?お前……」
南泉が切った審神者は少しだけ悲しそうな顔をして、そのままドロドロと液体状に溶けてしまった。その時、
「見ましたか?せんせぇにちょぎくん!やっぱり私を切るならにゃんくん一択なんですよねぇ!」
と興奮した声がする。声の方へ振り返ると、そこには審神者が山姥切長義と南海太郎朝尊を引き連れて屋根の上に立っていた。
「さすがにあんたは本物だよ、にゃ?……てかなんなんだよさっきの偽物!」
「怪異だよ。審神者の写し身」
審神者を抱えて南泉の目の前に飛び降りた長義がさらりと言った。
「は?」
ありがと〜ちょぎくん。と言って長義の腕の中から飛び降りた審神者は南泉の周りを歩き回って何かを確認している。
「私のドッペルゲンガーです。あれはただの水みたいなものですからちょっと斬られたくらいでは普通は死にません」
ただし、と言って審神者の姿が黒い子猫へと変わる。
「アレは私の姿を写し盗りました、なので猫の性質が強く出たことでしょうね。さて、これはつまりどういうことでしょう、南海せんせぇ?」
名前を呼ばれた南海は前へ進みでると、怪異の溶けた水溜まりの前にしゃがみこむ。
「ふむ、"猫の呪い"だね?彼は猫を切った逸話を持つ。猫である君の姿とその性質を元にして姿を作った怪異なら南泉くんの呪い、もとい、猫を切ったという逸話の力が強く働くことだろうね」
「御名答。私は猫、化け猫です。そして審神者の写し身は審神者の姿を写し取って本丸に入り込み審神者に成り代わろうとする怪異です。なので私の猫の性質を持ったまま猫切りの刀のにゃんくんが切ったことで消滅した、かもしれません。まぁこればっかりは相手が悪かったですねぇ」
そう言って審神者はケラケラと笑って見せた。
「さて、私はこの事をこんちゃんに報告してきますね。せんせぇはちょぎくんと一緒に一応本丸内の見回りをお願いします。変なことがあったら報告をよろしくお願いしますね。……あ、ねぇ、にゃんくん」
テキパキと作業を割り振っていた主が突然こちらを振り向いた。
「おかえりなさい、私のにゃんくん。とーってもかっこいいですよ!」
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