付き合って半年。秘めた想いで好き合ってからはもう少し長い時間。
その時間をベッドシーツと共に敷いて、こはくと斑が向き合って座っている。
「ええかな」
「
……ああ、いつでも」
所謂初夜だ。初恋同士の重たい情は、いよいよその時を迎えようとしている。
ゆっくり浅く口付けて、次に深く舌を差し入れて、徐々に斑の身体は枕に向かって沈んでいった。シャワーを浴びたばかりの、同じボディーソープの爽やかな香りが立ち込めて、こはくが息を飲む。
「
……斑はん」
その手がぎこちなく斑の髪に触れた。いつも綺麗に編み込まれたそれが、こはくは特別好きだった。しかしこのままではその綺麗な髪を枕との摩擦で痛めてしまうだろう。
こはくの手が斑の後頭部のヘアゴムに触れた、その時だった。
「
――っ!」
「えっ!? なんっ
……」
あまりに早く強くその手を跳ね除けられたこはくは仰天し、少し離れて身を固めた。意味がわからない。なにか悪いことをしたのだろうかと考える暇もなく、
「いや
……ちょっと驚いてしまった! ごめんなあ! でも別に編んでいようが気を使わなくていいぞお!」
斑が大声で叫んだ。
そのままぽかんとして動かないこはくを尻目に、畳み掛けるように言葉の濁流をこはくに浴びせながら、斑の手が所在なく後頭部を守るように支える。言い淀んで次の言葉を探すこはくは、ようやく口を開いた。
「
……その、言いにくいんやけど
……斑はんもしかして」
途端に上がる明るい声。
「うんうん! バレちゃ仕方ないなあ! やはり君に隠し事は難しい!」
いつも綺麗に編み上げられた髪がはらりと解け、シーツに、壁に、その影が揺れる。
解かれた長い髪の下に現れたのは傷跡だった。頭頂部からこめかみにかけてのラインに左右対称に二つ。随分と古い傷だ。カサカサに乾いて少しだけ盛り上がったそれ。
「
……」
斑はしばし押し黙る。代わりに口を開いたのはこはくだ。言葉を選びに選んで何度も空っぽの唇をぱくぱくと逡巡させてから、優しい声がおずおずと響く。
「隠してた、んよな?
……堪忍な。勝手に秘密に触れるような真似してしもうた」
こはくは、申し訳なさそうに目を伏せた。
今の日本、いや、この世界の多くにはロトゥンが多く、フラッフィは妊娠を
――それを含めて性的な奉仕をする身として狙われやすいのが現状だ。奴隷のように扱う地域もあると聞いた。世界を飛び回る斑にはあまりに危険な話である。
「
……まあ、そうだなあ。
……もともと、 ドロッ
……いや、フラッフィがあったんだが」
斑が重たい唇を動かした。
「お察しの通りとっくの昔に取ってある。三毛縞家の恥だから当然! 実際俺も動く度に邪魔に思っていたし、珍しく親と利害が一致したわけだなあ!」
案の定斑は饒舌に話を続ける。
そしてこはくはもうとっくに知っているのだ。斑は都合が悪くなると押し黙ってから話をそらすこと。そして辛いことほど極めて明るく饒舌に話すこと。こはくの胸は締め付けられて、やがて込み上げる感情はなんだっただろうか。
「気にしなくていいぞお? 今はシーズンでもないしスイッチを入れたいわけじゃない。そもそもシーズンは薬でコントロールしてあるしなあ?」
そうして、にっこりと笑顔を見せた斑が、一瞬だけ目を伏せて、息を吸った。少しの間が、二人を包む。
「
……だから
……」
息と共に掠れて揺れる言の葉。こはくも息を詰めて、その先を待った。
「
……」
「だから、
……だだの人間と人間として、
……君と抱き合いたいと思ってる、んだが
……」
真っ赤な顔を真っ青にして、なんとも形容しがたい顔を伏せ、斑が続ける。
「
……だめ、かなあ?」
最後は消え入るような震える声で、顔を上げてこはくを真っ直ぐ見据えて告げた。
吐息が震える。緊張が走る。それは二人ともだった。運転を休止していた暖房が音を立てて動き出し、その場を包む。あたたかく。
「
……斑はん」
呼ばれた名にびくりと肩を震わせて、斑はまた目を伏せてしまった。
「いや、驚かすつもりやないで?」
「
……」
「
……そないな大切なこと、今まで知らんで堪忍な。けど話してくれて、嬉しかったんよ」
優しい声が、
「
……」
部屋に満ちる。
「わしはロトゥンやし、全部のこと知っとるわけやないけど
……大切にする、今の斑はんも、フラッフィがあった頃のちっちゃい斑はんも。どんな斑はんも 」
斑の喉がひゅうと鳴り、こはくの手のひらが斑の手に重ねられる。ぎこちなく、まるで初めて手を繋いだ半年前のように。
「
……」
「せやから、
……ぎゅってしてええ?」
こはくの声が斑の耳に流れ込んで鼓膜を揺らした。やがて斑は顔を上げ、泣きそうな顔で笑った。
「
……聞くことじゃないだろう?」
赤く染まる頬と目尻で、不器用に眉根を寄せて。
下手くそな笑顔。
それでも嬉しさが覗く、今まで見たことのない表情。こはくもきっと同じ顔をしている。同じ二人を、それぞれの瞳に映している。
こはくの腕がぎこちなく、しかし優しく斑の背に回る。少しの逡巡ののち、斑の手もこはくの背に回った。お互いぎこちなく、強く、抱きしめ合う時間。
壁にかけたレトロな時計の針がカチリと鳴った。パリで見つけたものだと言う。どこで買ったかも忘れた安価なベッドサイドのデジタル時計も、きっと同じ24時を映し出しているはずだ。
――終わりの時刻。そして同時に、始まりの時刻。
「
……ふふ」
「なに笑っとるんや」
「いやあ、こはくさんの口説き文句はキザだなあと思ったら今になって笑いがなあ!?」
「なっ
……このボケナス! もう二度と言わんからな! 前言撤回や!」
「ごめんごめん☆」
「
……っとに、手のかかるおひとやわ。わしやなかったら別れ話やでほんまに」
毒づくこはくの手がいっそう強く斑の背を抱きしめる。鼓動が伝わる。
そうして斑は、抱きしめ合ったまま、こはくの肩口に甘えるように顔を埋める。すりすりと額を寄せて肩を擦る。何度も何度も。こはくは頬を緩め、その頭を、髪を、傷跡を撫でる。ふわりふわりと壁に映し出される二人の影絵。
「
……ありがとう、こはくさん」
普段の姿からは考えも及ばないような小さな声が、やがて甘く掠れた涙声に変わる。
「
――好きだ」
その言葉を合図に、そっと幼いキスをした。
ロトゥンとフラッフィの不器用な関係は、これからも永く永く、続くこととなる。とびきり大きく深い、重たい愛を込めて。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【うさぎバース】
60min+20min
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