まだ寒い真冬の時期に、春を見越した雑誌の撮影が入ることとなった。九州の大型テーマパークに立つ斑とこはく。花を咲かせ始めたチューリップと洋館を背に、白いタキシードに身を包んだその姿。
――そう、ウェディングプランの巻頭特集である。
誠実さと甘さ、一生を背負う夢や決意を兼ね備えた大切なテーマ。それはDouble Faceとしてはいささか異色の依頼ではあったが、斑が問い返したところ〝二人の表情の繊細さを買った〟と返事があった。そう言われてしまえば、以前からSNSでの評判も『二人の表情管理最高!』で持ち切りだったことを思い出す。そしてそんな褒められ方をしてしまえば悪い気はしない。
一抹の違和感を感じながらも、二人はこの案件を受けることにしたのだった。
「
……なんや、ほんまに違う文化なんやね
……」
雲ひとつない底抜けに青い冬の空を見上げながら、こはくは感嘆のため息を漏らす。
聳える洋館に、レンガの道。咲き誇るチューリップ。夜はライトアップがされるそうだ。パレードもクルージングも。夢がいくつも溢れている。
「こはくさああん! そんなにあちこち見てると目を回してしまうぞお!」
茶化す斑に、
「どれだけターンしてきたと思っとるんや」
ピシャリと言い放つこはく。
そんな変わらない距離の二人は今、共に煌びやかな白と白銀のタキシードに身を包み、髪を整え、まさに異世界の中心にいる。
このままこの空間に酔い、呑まれてしまいそうな、まるで船酔いのような感覚。
二人が、仕事を超えて秘密裏にパートナーとなって久しい。誰にも言わぬ、誰にも言えぬ囁かな恋を、二人きりで不器用に育ててきた。
おびただしい数が咲き誇る花と、むせ返るほどのその香りに囲まれたこの場所。その空間に、気持ちに、呑まれてしまいそうな。そんな不思議で甘美で、胸の内を引き裂くような切ない錯覚がこはくの鼓動を高めている。
隣に斑がいる。
いつか、いつかこの男を、一生隣に置きたいと願うようになってどのぐらい経つのだろう。
いつしか、一生を共にしたい、共に並び立ち、そこで見劣りしない男になりたいと切望して走ってきた。
こはくの胸は、否が応でも高鳴らざるを得ない。眩しい光を放つ燕尾の服に身を包んだこはくと斑。恋をするその瞳で息を詰める。
目の前に落ちてきそうな広い広い青空が全身を包む。冬の風が少しだけひりつく頬を撫でた。
「
……なぁ、斑はん」
こはくがおずおずと手を伸ばしたその時だ。
「桜河さーん、お願いしまーす!」
撮影チームに声をかけられたこはくははっと顔を上げ、今行きますと踵を返す。
紡ぎかけた言葉の続きは青空に溶けた。
「いやあ
……これはなかなか難儀な撮影だったなあ」
「せやね
……〝特別なひとに魅せる世界でひとつだけの表情〟なんっちの、わしらには無茶ぶりやわ
……」
撮影が終わり、控え室で背中越しに会話をする。いつの間にか、こはくはタキシードの装飾品を外すことに躊躇しなくなった。それだけの時が流れている。
「こはくさん」
ふと声が響く。
「ん?」
背中越しに応えるこはくの気の抜けた声。そして
「君にプレゼントだあああ!」
突然叫ばれる斑の大きな声。
「いつもいつも喧しい言うとるやろ!」
思わず耳を塞ぎながら振り返ったこはくの目の前に、ずいと勢いよく差し出されたもの。
一本の赤いチューリップ。
こはくは眉間に皺を寄せながら首を傾ける。
「は? さっきもろた花束やん。わしも持っとるわ」
「うんうん、そうだなあ☆」
斑は満足げに頷きながら、こはくの眼前にチューリップをかざして笑う。パートナーとなって久しいこはくもこれには意味をはかりかねる。三毛縞斑とはいつまで経ってもそういう男だ。突拍子もなく真意が読めず、気まぐれで悪戯なことが好きだ。
燕尾のジャケットを脱ぐ途中、不格好なまま固まっているこはく。その気負わない素のままのこはくを前に斑がにっかり笑った。
「しかもなんで一本なん
……」
意味がわからないまま、その空気に呑まれたこはくはその一本を受け取った。うんうん、そう頷く斑を背に、こはくは着替えを続けたのだった。
運悪く帰りの飛行機は急な積雪により欠便となった。春の世界から真冬に逆戻りしつつ、手配された新幹線に飛び乗る二人。幸いにもゆったりと余裕を持った座席が空いていた。周囲の人もまばらである。
「着くまで眠るとしようか」
「ん、一個前で起こす?」
「ああ、頼めるかあ?」
「ええよ」
そんな何気ない会話の中で、斑がこはくに心を許して安心しきった今を、築いてきた関係を思い知る。こはくの胸の内があたたかく、しかしそわそわ浮き足立って斑の寝息を聞いていた。優しく愛しいその旋律を。
一本のチューリップ。
意味がわからないままに受け取ってしまった。撮影の終わりに二人に渡されたブーケは、確かに十本程度の赤いチューリップのものだった。かすみ草が添えられて華やかなのにシンプル。
そんなブーケが、胸の内に引っかかる。
こはくの指がスマートフォンを辿る。
『チューリップ 花言葉』
検索する指が何故か焦る。斑のすることにはあまり意味がない。しかしその裏に、隠しきれない真意がある。
ずっと傍にいたのだ。こはくの指がスマートフォンを滑る。
見つけた文言を目で辿れば、新しく手に入れる知識がある。インターネットとはそういうものだ。
『チューリップは色ごとに花言葉があります。赤いチューリップの花言葉は、』
そしてこはくの指が止まる。盛大な音を立てて手から滑り落ちるその端末。目を丸くしたまましばし硬直したこはくはため息を吐き、
「いたたたたあああああ!?」
「喧しいわボケナス!」
寝ている斑の向こう脛に、こはくの爪先がヒットした。
「
……どうしたあ? 暴力的な男は嫌われるぞお? こはくさん?」
すっかり赤くなったこはくの顔を覗き見た寝ぼけ顔の斑が、にんまりと笑う。挑戦的で柔和で、不思議な彼独特のその笑顔で。
迷うこはくの指が足元に置かれたブーケを辿り、抜き出されたチューリップが四本。
「
――っ、貰いっぱなしも癪や! 色つけて返したる!」
斑の胸にそれを押し付けて、寝る、と一言捨て台詞。すっかり廊下側を向いてひざ掛けを首元まで引っ張り上げてしまったこはくの耳。朱が差したそれを見つめる斑の、優しい顔が答えだった。
『チューリップは色ごとに花言葉があります。赤いチューリップの花言葉は、〝真実の愛〟や〝愛の告白〟』
『また、本数ごとにも違う花言葉と意味があり、一本は〝運命の人〟。三本は〝愛しています〟。四本は〝一生愛し続けます〟
……』
二人だけの秘密の暗号の答えは、いつだってここに、
――心の真中に咲いている。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【チューリップを贈る日】
60min
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