「
……好きや。斑はんが好きや! 相棒としてやない、一人の男として、斑はんが
……好きや」
冬の日だった。忙しい年末年始の収録が終わったというこはくさんを連れて、近場にツーリングに行ったんだ。
しかし行ったはいいがとんでもない渋滞に捕まってしまった。
……うーん、これはまずいなあ。こはくさんは確か明日の朝からCrazy:Bの収録が入っていると言っていた。ホールハンズではない個人間のやりとりでも、彼はそう告げてくれている。俺は既読を返すだけだったがなあ! 今日の朝イチで怒られたがもう慣れたから平気だぞお☆
――と、話が逸れた。
「こはくさああん! 疲れただろう! 少し脇道に逸れて休憩としようじゃないか!」
ヘルメット越しに叫べば、
「そない叫ばんでも聞こえとる!」
俺の背中に張り付くこはくさんは笑った。その腕が、出会った頃より力強くなっただとか、ヘルメットと頬が俺の背中に当たる位置もほんの少しだけ高くなっただとか、最近はパチュリーの入った香水を付け始めたらしいだとか、ひとつひとつ、少しずつ皆変化していくんだなあ。
……なんて、おっと! 一瞬ぼんやりしてしまった。安全運転安全運転!
ビルとビルの間の細い路地に向かってハンドルを切ればドブ臭さが立ち込めて、昨日の雨の水溜まりはさながらタールのようだった。あまり立ち入りたい場所ではないが、ここにバイクを停めておけば歩いて近くのコンビニぐらいには行けるだろう。
ブルンと音を立ててバイクのエンジンは切れる。左足で体重を支えてバイクから降りると、こはくさんも器用にふわりと地面に足を着いた。
「斑はんかて疲れたやろ。運転おおきにな」
「労ってくれるのかあ! 嬉しいなあ!」
「
…………なぁ、斑はん」
「うん?」
「
……好きや。斑はんが好きや! 相棒としてやない、一人の男として、斑はんが
……好きや」
そんな最中で聞こえた台詞が、冒頭のそれなんだが
……。
告げた時のこはくさんの顔は真っ赤で、ああ、意を決して一世一代の告白をしているんだなあなんて、考えるまでもなく手に取るようにわかった。
ただ、
「それはもっと、君にふさわしい可愛い人に言ってあげた方がいいと思うぞお?」
口をついて出た俺の返答は、おそらく彼が最も嫌う手法のそれだ。
〝口数が多く、空気が読めず、話を逸らして適当に笑う〟。
何度も彼に怒られてきた、叱られてきたことだ。
それでも、
……どうしても声が、こうとしか形にならなかった。呆れてくれればいい。嫌いになってくれて構わない。それが、
――。
喉の奥に、もっと奥のみぞおちの辺りに強く熱くわだかまっている言葉や感情を、吐き気と共に飲み込んだ。
目の前には案の定怒った顔をしたこはくさん。
これでいい。これでいいんだ。
「そうだなあ? 例えば
……君と同じぐらい聡明で老成してるような子とか、ああ! 君は案外包容力があるから自信なさげな儚い子ともバランスが取れそうだしなあ? 同じぐらい語気の強い子と丁々発止口喧嘩して愛を育むのも楽しいかも知れないし、二人でデーパマークに行ってお化け屋敷で支えてくれる強い子なんかも面白いなあ☆ お互い運命の初恋同士! そんなのも実に青春だなあ! いいと思うぞお? 君の未来は虹色か薔薇色か、見物させてもらうとしよう!」
「
……」
「なあ、こはくさん。だから諦めなさい。俺からの返事はノーだ」
こはくさんは、黙ったまま俺の目を射るように見上げてて、口を尖らせて、肩で息をして。ああ可哀想に、泣いてしまうのかもしれない。なんて、そんな、他人事のように思っていた。そう思わなければ、今は。
「ああ〜! 斑はんはほんっまにもう
……ほんまになんぼ呆れさせたら気が済むんじゃ
……」
「うんうん」
こはくさんが腕を組んで頭を下げて、随分わかりやすくやれやれとため息を吐いた。
「それに場所とタイミングを考えないとムードもなにもないなあ? 少しお勉強しないと上手くやれるかママは心配です!」
「
……なあ、まだ気づいてへんの?」
「ん?」
、北風がビルの間を吹き抜ける。
「ぜんぶ、今斑はんが言うたこと。ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、〝斑はんとわし〟がしてきたことや。ほんまに気づいてへんのか?」
「いや、ぁ
……探してもそんな思い出はないぞお?」
「いい加減にせぇ」
喉が、その奥のみぞおちが、お腹が、痛む。慣れない不穏な空気を吸ったからだろうか。後ずさりした足が水溜まりに嵌る。
こはくさんは俺をまっすぐ見据えて、今度はふんわりと、あまりに綺麗に微笑むから。
――ああ、言葉にできない。
「わしの好きなお人もな
……わしなんかよりずっと聡明で、老成とるけどおっきな子供で。いつも豪快にしとるけど本当の腹の中では自信がなくて何度も後ずさりするような生き方しとって。同じだけ二人で喧嘩もしたなぁ? 企画モンでわざとお化け屋敷指定してドッキリしかけよったド阿呆は何処の誰や? お互い初恋同士やろ? 前に恋愛もしたことない、言うてたやん。せやったらほんまに青春だと思うんよ。わしの一世一代の初恋や。見物なんかせぇへんと、こっち、見てや?」
言葉に、できない。
一気に、けれど俺に言い聞かせるように言葉を紡ぐこはくさんのことがあまりに愛おしくて仕方なくて欲しくて仕方なくて、それでも思わず半歩だけ後ずさりして。
「
……怖いんか」
「
……恋人に、なりたいんだろう? 君は」
「せやで。気持ちは変わらん。
……斑はんは?」
「恋人は、簡単に終わる」
「かもしれん。二人でやってみなわからんわ。けど、やらなない前に諦めたくはないんよ」
「
……〝相棒〟」
「
……ん?」
「君との関係は、〝相棒〟なら、
……と」
「うん」
「思っている、
……んだけどなあ」
「なら」
こはくさんの顔が、困ったように歪んで笑った。
「ならなんで泣いとるん?」
「
……っ」
ぼろぼろと今までの人生で初めて見るような量の水分が目から溢れ出て止まらないことに、今更気がついた。失態だ、なんてことを、なんて顔を
――そう、顔を伏せかけたところで
……
「っ
――」
震える両手でこはくさんを抱き締めた。
どうしたらいい?
諦めるのは楽だ。自分は傷つかない。相手を一番傷つけない。
恋人にはいつか終わりが来るかもしれない。ただ相棒なら縁やら情は続く。それは隣に立つ常套句だ。
恋人になったら、かわる、関係が。欲しくなる、もっと。
弱い自分を晒す羽目になる。
きっとこはくさんを呆れさせる。
いつかぶつかる。ぶつかってぶつかってすり減ってさようならなんて嫌だ。耐えられない。
だって好きなんだ、君が、誰よりも。
欲しくて欲しくてたまらなくて、壊したくなく、て
――。
「斑はん、やればできるやん」
全部の想いをこはくさんに伝えられたかどうかはわからない。何せ口にしていないんだからなあ。
少しだけ涙声で震えて、それでも告げてくれた〝斑はん、やればできるやん〟、その言葉が、君のすべてを、俺のすべてを、歩んできた時間を確かなものにするようで。こはくさんの顔を見て、また涙が出た。ああ、君の前じゃ本当に格好がつかない。
どうしても、どうしても君の隣を歩きたくて手を取りたくて逃げたくなくて、踏み出した一歩と腕の力で、全て悟ったような顔をされたらたまらない。
もう、本当に何もかもお見通しなんだなあこはくさんは
……。
十二センチの身長差が、いつの間にか縮まったのかも知れないなあ、なんて考えながら。
「
……こは、く、さん
……」
緊張と泣いたからか鼻の詰まりで声が掠れる。
「
――〝無視すんな、ここにおるよ〟」
それはいつかどこかで聞いた言葉で、その言葉で俺はどれだけ励まされたか知れない。
「
……こはくさん」
「斑はん」
「
……随分また、ムーディなロケーションを選ぶなあ君」
「コッコッコ♪ ここきたら、思わずな。言いたなってもうたわ」
細い細い、真っ暗でドブ臭い路地裏で。
確かに二人の始まりの音がした。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【始まり】
60min+3min
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