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アユム
2024-01-03 22:39:04
5006文字
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【女体化百合】桜前線恋煩
〝斑はんは恋をしとる〟――女体化百合、両片想いすれ違い/こはく一人称/出逢って二年後の春直前/斑一人称改編、二人ともよく泣く、などなど、なんでも楽しめる方向け。
〝斑はんは恋をしとる〟
いつもつけとった香水が変わった。スイーツ会で飲んだようなダージリンの香りと爽やかな香りが混ざっとる、たぶん〝ユニセックス〟っちうタイプの香水を好んでずっとつけとった斑はん。けど、隣にいてふと気づいたんよ。
「えらい早やくから春の香りするなぁ?」
「
……
変かなあ?」
斑はんが困った顔でまいったなあ、なんて言うから。胸の中につかえるなにかがザワついて喧しい。
「あ? そんなこと言うてへんやろが」
わしの声もつい棘が出るから斑はんも一瞬黙ってもうて、目の前のラズベリーケーキを無心で食べた。
――
こんな味わい方する予定やなかったんやけど。
仕方ない、斑はんかてだんまりのままやし。今はもう香ることはなくなったダージリンを啜った斑はんが、店内暑いなあ? なんて無難な言葉で場を濁した。少なくともわしにはそう見える。
わしが斑はんに出会って二年がすぎた。
路地裏で真っ黒に汚れて出会ったわしらが、こうしてお洒落なカフェでアフタヌーンティーしてウィンドウショッピングをするなんっち仲になるまで、結構、話しきれないぐらいのことがあって。怒って泣いてぶつかってようやく手を取って、その手を離して
――
けど、今もこうして不機嫌なまま向き合ってケーキをつついとるぐらいには、仲がええんやっち思ってもええかな。ええかな、
……
どうなんやろか。
わしが抱えるもやもやしたなにかや、突き動かされるみたいに勇気が湧いたりする不思議な気持ち、恥ずかしかったり泣きたくなったりするそれ。それがみんな、きっと〝恋〟なんやなって、気づいて。それから少し距離が変わった。どのぐらい、どんな風にとか説明はできへんけど
……
。
そんな片想いを始めて、それも結構な長さになるんやなぁ。
不機嫌になると真顔になる斑はんの癖。
図星だと黙る斑はんの癖。
今もそれが遺憾無く発揮されとる。
それでも、その膨れっ面も、綺麗やなって思てまうんよ。仕方ない。
……
好きなんやもん。仕方ない。悔しいけど。
なんだかんだこの押し問答ももう一年半やろか。自覚ない時間も合わせたら、やっぱり二年かも知れんね。
その間ずっと同じだった斑はんの香りが、今日会ったらガラッと変わっとって。
〝香水変えたん? 似合うとるわ!〟
店についてオーダー通す頃には、笑顔でそう言うつもりでおったのに。出てきた言葉がこれやったら世話ないな。あかん、思考がぐちゃぐちゃしよる。
「
……
桜、と、
……
少しイランイランやバニラが入っているらしくてなあ」
ようやく口を開く斑はん。
「
……
さよけ。詳しくないからわからんわ」
そんな返事しかできへんわし。
「
…………
」
「で? 桜とイランイランっちうの?」
「この間
……
その、前からお世話になってるスタイリストさんからオススメだとサンプルをもらったんだが」
……
ああ、きっとサンプルやなくて本体買っとる。随分わかりやすく見え透いた嘘。
「ほんならつけるの今日だけなんや?」
「
……
そう、かなあ。まあそうなるか
……
」
こんな、こんな刺々しい会話しかできなくて。普段からわしの口調が強いらしいことは気づいとるけど。違うんよ。そうやなくて、そうやなくて
……
もっと、普通に、斑はんの恋を応援せなあかんって、
「
……
こはくさん?」
わかっとるのに。
カランと音を立ててフォークがケーキの残骸の載った皿に落ちた。
「
……
この間、リップも変えたやろ。〝スタイリストさんのオススメのサンプル〟が使い心地よかったから、って
……
言うて
……
」
「そ、そうだったかなあ? そういえばそんなこともあった
……
? ああそうそう! 蜂蜜の保湿力が気に入って、乾燥する真冬の間は特にそのリップに世話になった。だんだん思い出してきたぞお! こはくさんももしかして使いたかったのかあ? 言ってくれればママがプレゼントしますよおおお!さあ遠慮しないで!」
ああ、饒舌なときも、なにか嘘を隠しとるときの悪癖や。
それぐらい斑はんのことは知っとる。知っとる、わかっとるんよ好きなんや。仕方ない。
「嘘や」
思った以上に低くて酷い声が出て、斑はんの顔を見られなくなって顔を伏せて、視線が足先に落ちる。あかん、
――
そう思ったらもう、本当に手遅れや。
「こはくさん!?」
おろしたての花柄のフレアスカートの上で握った拳に水の音。ぱたぱた音を立てて涙が零れて止まらない。あかん、あかんよこんな
……
わしの涙を拭おうとハンカチを差し出しながら、困った顔をする斑はんは、誰よりも〝皆のママ〟で。それに加えて今は、誰かを、一途に想っとるんやろ。わしの知らん誰かを。何処の馬の骨かもわからん誰か、を。
このお人の人間関係の広さじゃ意中のお人を探すにも探しきれん。スタッフさんやスタイリストさんだけやない、遠くの祭りや町おこしを手伝った土地のお人までおるんやもん
……
わかるわけあらへん。
涙と怒りとやるせなさと恥ずかしさと、あとはもうわからんわ。
ぼろぼろ不恰好に涙が溢れて、予約して個室押さえて良かったなぁなんてどうでもいいことまで溢れ出して止まらなくて。
「どうして
……
なんで君が泣くんだ
……
」
斑はんが今にも泣きそうな細い声を絞り出したのが聞こえた。ああ、ああもうあかん、決壊して止まらない。
「そんなんっ、
……
なんでじゃ
……
なんでぬしはんがそんな声出すん!? こっちのセリフや! リップも変えて香水も変えて服やって! 靴やってローヒールに変えたやろが! 会う度変わって髪も! 爪もっ
……
ぜんぶ
……
ぜんぶ
……
っ
……
」
ぜんぶぜんぶ、大好きな斑はんが誰かに塗り替えられていく。寂しくて悔しくて、この世の全てが真っ暗闇や。
「
……
っ! 君だって
……
」
斑はんの言葉を聞くのが怖い。いやや、斑はんが手の届かない場所に行ってまう
――
。
「
……
なぁ、好きな人おるんやろ?」
何故かこれだけ、斑はんの目を見て言うた。
きっと尋問するような目で、泣きながらで、酷い顔で。斑はんの喉がひゅっと鳴る。
「
……
あの桜と蜂蜜のリップ。調べたんよ。
……
キャッチフレーズが〝初恋の香り〟やった
……
今日のも、そのブランド
の同じラインの香りで揃えとるし。なぁ、違うん?」
斑はんは喋らない。図星だと黙る斑はん。知っとる、わかっとる。それぐらい一緒にいた時間は特別で、わしにとって斑はんは唯一無二の存在で、恋人になれなくても相棒なら、友達っち言うんなら、そういうのわしに話してくれるんと違うんか、それともそれも話せへんくらい信頼に足らんか? こんなに、こんなに斑はんのことだけ見てたのに好きなのに、斑はんのこと、好きなのに
――
思ったことが、涙と一緒に溢れ出して声になって止まらない。
ちゃうよ、こんなこと言うつもりやないよ、墓場まで持ってく秘密だったのに。
恋人になれるとも思っとらん、けど、それでも、
「
……
すき、斑はんが、好きや」
最後の声が、零れた。
あかん
……
しまいや、もうおしまい。
斑はんときたら、固まったまま言葉すら忘れたお人形さんみたいに突っ立っとる。
……
ほんならしゃーない、後腐れなくバイバイしよ。せやろ?
「こはくさ、」
なにを入れてたかも忘れるぐらい軽いすっからかんの白いエナメルのハンドバッグを持って席を立つ。先に会計しとく店で助かったわ。これでなんも、なんにも、なんともなくなって消えられる。
「さっき言ったこと、全部忘れてな。それからあのうさぎダンスのムービー
……
っ、消しとき」
なにか言いたげな斑はんの横をすり抜けてドアを押し開ける。そのときやった。
「
――
きみに、気づいて、欲しくて」
いつもより細い斑はんの声がした。結果的にドアを開けずに部屋に留まることになる。
「
……
いや、せやから気づいたやろが」
どつしてもこの棘が抜けへん。奥深く胸に刺さったまま。
「ちがう」
「違わへんよ」
ぐらぐら目が回ってまた涙が出そうで斑はんの真意が読めない。わからん。わからん、ほんまにらわからん。
「こはくさんが、
……
私がこはくさんのことが好きって
……
どうして気づかないかなあ!? こんなにわかりやす、く、してるのに君
……
っ
……
」
……
わからん。なんや、ほんまにわからん。何が起こっとるんやこれは。
斑はんの目から、綺麗なエメラルドの目からぽろぽろ溢れるダイヤモンド。それが涙やって、わしと同じやって気づくまでにきっとだいぶ時間がかかった。
「君にっ
……
気づいて、欲しくて
……
こんな年上の、面倒くさい女なんて嫌だろう、っ、けど
……
それでもずっとこうしていたくて、けど、
……
だけどっ
……
」
どこか遠くで聞こえるような、反響した
……
夢の中で聞くみたいな斑はんの声が震えて、だんだん大きくはっきり現実の輪郭をなぞる。
「
……
斑はん」
「友達、だから、
……
壊せなく、っ、て」
「斑はん」
「けど秘めてもいられなくなって
……
狡いことしてる自覚はあるんだ、けど、
……
君だって変わっただろう!? 慣れないヒールを履いて嫌いだと言ってたフレアスカートも履いて藍良さんに選んで貰ったってコロンに今日だってHiMERUさんに教えてもらったハンドバッグ持ってっ
……
」
「
……
斑はん」
「
……
ごめん、いやだ
……
嫌なんだ
……
背伸びした君が他の人の色に塗り替えられていくのが
……
」
「なぁ、斑はんっ
……
」
「好きだ、
……
好きなんだ
…………
」
斑はんはそう言って、固く奥歯を噛んだ。わかるで、そうしないと泣いてまうの、
……
わしもおんなじ。
「
……
わし、も
……
」
「
…………
うん」
斑はんの優しいまろやかな声が、好きや。体が包まれるみたいにふわふわして、きっと包容力がある声って言うんやろうその声が、今は震えとって、そうさせてるのがわしで。
「
……
いややった、無理して変わって誰かに恋しとる斑はん見るの、嫌やったぁ
……
っ」
涙声で絞り出したらもう、ブレーキが壊れたみたいに、勢いのまま斑はんを抱き締めとった。
少しして背中に回される斑はんの手。
今は七センチのヒールで五センチ差になったその距離が、きっとわしの空回りした最後のプライドや。
「
……
ふふ」
腕の中で優しく斑はんが笑うから、涙も少しずつ引っ込んで、メイクの落ちきった頬と頬で擦り合う、その距離が〇センチ。
「
……
無理は禁物ってことだなあ
……
」
「
……
またえらい遠回りしたもんやわ
……
」
伝わる体温があったかくてほっとして、胸のドキドキが止まらなくなって。身体中、心中が斑はんで溢れとる。斑はんもそうなんやろか
……
。
止まらない胸のドキドキが指の先まで伝わって、ほんまの幸せは本やネットの世界に書かれてるのよりもっと大袈裟でそれでも穏やかで、温かいんやって知った。
「
……
こんなこと、あるんやね」
桜の香りの斑はんを強く抱きしめたまま、その桜色の唇が目に入る。近づけば一層ふわりと香る桜と甘い香りはイランイランとバニラ。目の前の、柔らかそうなその唇に吸い寄せられるみたいにして目を閉じた。
「
…………
こはくさん」
「
……
ん?」
「せっかくだがそろそろ退出時間なんだが」
「わっぎゃ!? ほんまや、はよ出な! ああっ、マカロン残っとる! 食べる! 斑はんは!?」
「こらこらお行儀悪いぞお!?」
指で摘んで口に放り込んだマカロンを噛み砕けなくて二人で笑って、慌てて紅茶を飲み干した。ほんまお行儀悪いわ
……
けど堪忍な。今日だけは、この、ふわふわとドタバタに酔ってたいんよ。
店を出る頃には被り直した帽子とマスカラの落ちきった真っ赤な目と顔。おそろい。世界中がキラキラ綺麗で輝いて、
「
……
斑、はん」
恥ずかしくて堪らなくて消えたくて、それでも呼びたい名前がある。
「
……
こはくさん」
振り向いた斑はんがキラキラ、キラキラ輝いとって。サングラス越しでもそのエメラルドがわかる。眩しそうに笑う癖がある、大好きな笑顔が見える。
「
……
これからもよろしゅうに」
「
……
」
「
……
っちことで、ええんよな
……
?」
「
…………
ああ」
少しだけ手の甲と手の甲が触れる距離が、まるで夏が来たみたいに熱かった。
fin
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