ツーリングで関東を制覇しよう、そんな計画が持ち上がった夏から、斑とこはくのオフは有意義にすぎた。
計画、有意義、とは言ったものの、結局は行き当たりばったりで、夜景を見たり、釣りをする人々に紛れて川を眺めたり、青空を見やったり、国道沿いの店の中華麺を食べて帰ったり。
二人で走ることができれば本当になんでもよかったのだ。
それが数度目になる頃。
「これからは田舎道、山道だなあ! 急カーブが続くぞお!」
今日は埼玉を西へと横断している。走り出すのが遅かったから、一番遠い名物の神社には行けないだろう。しかしその手前の土産物屋にでも行こうかと、マップを見て目星をつける。名物のまんじゅうの口コミは上々。
そろそろその店が十キロ先に迫ると告げる看板が見えてきた。まんじゅう、えらい人気やけどまだあるやろかと、こはくが叫ぶ。斑が笑う。
そろそろ都会から走り続けて二時間ほどになる頃だ。閑散としたあたりを見回してこはくは叫んだ。
「なぁ、いっぺん休憩せん!? わし水飲みた」
そのこはくの声を遮るように、
「おとうさあああん!」
フルフェイスのヘルメット越しに響いた斑の声が地と天を揺らす。
「喧しい! どんだけデカい声やねん!」
そんなこはくの科白は北風に流された。
あぜ道へと急カーブして急ブレーキ。ヘルメットを外した斑の視線の先を見やれば、続く大きな畑の百メートル程ほど先に集まる四人の人影がある。
「やっほおおおおお☆」
「おい、なにしとるんじゃ! 他所のお人にまで迷惑かけ
……」
そして、こはくの声はまたも遮られることとなる。
「あれぇ!? 三毛縞くん!?」
にわかに歓声が上がり、こちらに駆け寄る四人組。みな還暦を過ぎた頃の男性だった。
「春からだから半年ぶりかなあ!?」
「うわー! 久しぶり!」
「あの時は世話になったねぇ! 来年も来てくれるんだろ!?」
「それで今日は? 仕事?」
「いやいや、プライベートだぞお! 関東制覇ツーリングをしようという話になってなあ」
その男たちがみな斑を取り囲み、斑もにっかり笑って頷いている。邂逅遭遇! そんな大声がまた朗らかに響いた。
話についていけないのはこはくだけだ。
しかしなんとなくはわかる。この春、もしくはその以前にも、仕事
――祭り関係で助っ人に駆けつけていたのだろうこと。
はぁ、とため息ひとつ。この男の顔の広さと人望の厚さにこはくは内心舌を巻きつつ、それでも不思議と悪い気はしない。相棒が、素直に人との接点を大切に、今も変わらず繋ぐその姿は、こはくの胸をあたたかいもので満たしていた。
「あれっ、その子、相方の!? こはくくんだっけ!」
「えっ、あ、ああ
……」
「そうだぞお☆ 相棒のこはくさんだあ! よろしく頼む!」
突如として矢面に立たされたこはくの肩をトンと押し出して、斑が誇らしげに、そして豪快に笑った。
「
……桜河こはくです。よろしゅう頼んます」
ぺこりと頭を下げる姿に、集まる面々は表情を緩ませて頷いた。
「二人とも、やきいも食ってくか?」
◆◆◆
今年の収穫も終えて閑散とした畑の中央に、こんもり盛られた枯れ草と枯れ木。その下でぱちぱちと音を立てて跳ね続ける炭と火。いわゆる昔ながらの焚き火を前に隣合ってしゃがんだこはくと斑。
秋から冬に移り変わる空を鳶が旋回し、少しの雲を切り裂いた。
「珍しいだろう?」
「
……まあ、実家のほうでもやっとる家はあったみたいやけどな」
パチ、とまた炭が跳ねる。
この焚き火の中にくべられた特産品のさつまいもとじゃがいもが、時間をゆったりと進ませる。
「ほら、最初は濡れた新聞紙に包むんだぞおお! 蒸気でよく蒸れるからなあ!」
「そうそう、アルミ箔はそのあとね! こはくくんもやってみる?」
そんな会話が繰り広げられたのは、三十分ほど前だったろうか。初めて間近に広がる焚き火と下準備されていく芋たちに、こはくの胸は高鳴り通しだった。それを隠すのに苦労する。
そして、
「楽しいなあ!」
そう斑が笑うから。
「そうだろう? ああほらほら! あっちの兄ちゃんたち
……もうひとつあるでしょ? こはくくんのグループ! あの子らにもお土産持ってってよ!」
そしてこの片田舎の優しさに触れるから。もう隠す必要もないのだとこはくが笑った。
「おおきに!」
そう、四人改め、六人で焚き火を見守る。
少しずつ少しずつ、ゆったりと火は揺れ、空に眩しく強い日が差す。夕陽にはまだ早いが、夜も朝もは寒くなるだろうと話した。
ステンレスのポットに入ったあたたかい麦茶を振る舞われ、ファンです、と駆けつけた帰省中の娘だという女性とその子供と握手をして笑う。紅葉のように小さな手だった。
こんな穏やかであたたかで賑やかな休日は、確かに都会では得られなかったものだ。不思議な心地が二人を包む。
こはくと斑。並ぶ二人の距離が徐々に縮まり、それは焚き火を前にしてもなお寒いからだと、言い訳を探してばかりいる。触れる左肩と右肩と、蹴り合う靴の爪先と。舞い上がった枯葉が二人の髪に絡まって、燻した炭の香りが高まる。
「お父はん、もうできる?」
そわそわと目を輝かせたこはくの問いかけに、大きなスコップで焚き火を少しかき混ぜて、
「あと二十分かなぁ。お腹すいた?」
面々は大きな笑い声を重ねた。間髪入れずに響いたこはくの腹の虫に、斑もこはくも笑い出してその場に転がる。土、草木、炭、火。そして甘い芋の香り。
何もかもが少し古臭くてあたたかな、そんな冬の始まり。
「
……ほわぁ
……」
ついに炭火から掘り出されるアルミ箔に包まれた芋たち。アルミは少し焦げて赤茶色に色を変え、こはくがらぶ厚い軍手越しに受け取る焼き芋。その前に少し芋を地面に転がして冷ますのを手伝ったのは斑。
「
……こんなんなるんやね」
こはくの感嘆の声。見守る五人。
少しずつ剥かれたアルミと焦げた新聞紙の合間から漂う甘いあまい蜜も、冬の空気のツンとした匂いと合わさって、こはくの鼻を擽り続ける。
食べていいのか、とこはくの視線が斑を見やれば、
「いただくとしようか!」
斑も目を細めて笑った。
「ほんなら、いただきます」
「いただきまあああす!」
「ぅあっつ!」
「ははは! がっつかなくてもお芋は逃げないぞお☆」
ほくほくと湯気を立てるやきいもに少しずつ口をつけては、こはくの頬がこれでもかと言うほど綻び、緩み、つられたように皆が笑う。
「こんなに喜んでもらえるなら作った甲斐があるなぁ!」
「作ったってほどでもねぇだろ!」
「美味しい!?」
「めっっちゃうまい! 甘くてな、芋の蜜がほろほろや! ほくほくで湯気までうまい気がするわ!」
「こはくさん、いつか食レポやろうなあ!」
その光景を、きっと忘れることはないのだろう。こはくも、斑も、地元の面々も。
「また来てよ! 忙しいと思うけどさぁ!」
「応援してるよ!」
「元気でな!」
「気をつけて帰れよー!」
送り出される夕焼けの道。
結局目当てにしていた十キロ先の土産物屋は店じまいの時間で、これまた皆で腹を抱えて笑った。
たっぷりもらったやきいもたちは、斑のバイクのシート下に詰められて、燻した匂いは暫く取れないだろうなあ、とため息と共に笑う。そしてつられて笑うこはく。
今日は一日笑いっぱなしだ。
「また来るでー! 今日はほんまにおおきにな!」
斑の後ろに跨りつつ叫ぶこはくを、斑は特別好ましく思った。好ましい、それだけでは足りないぐらいの何かを持って、エンジンはかかる。
「
……おおきに、斑はん」
風に掻き消えそうな声を拾ったらしい斑が、
「楽しそうでなによりだ!」
いつもの通り豪快に放つ。その声を、笑顔を、こはくは特別好ましく思う。
あたたかい心を寄せあって帰るあぜ道が、徐々に大きな通りに変わり、二人の声はなくなった。
特別な経験をしたからだろうか、少しうるさい心音が風に流されて、それでも胸にわだかまって、少しだけ落ち着かない二人が走る国道。
紅葉と銀杏が舞い上がり、冷たい空気が頬を掠める。
「寒くないかあ?」
交差点の信号待ちのその時間に、背中で問う斑。
「
……うん、寒ないよ。斑はんの背中えらいぬくくて。居心地ええわ」
「
…………」
「
……なんや」
「いや
……まあ、あれだけやきいも食べたしなあ? 暑いよなあ?」
「さよけ」
そうして少しの沈黙を抱えたまま、信号は青に変わる。斑の手がアクセルをかけるその瞬間。
「斑はんと来られてよかったわ」
少しだけ冷たいように放つ照れ隠しのその言葉は、果たして斑に届いただろうか。すぐにクラッチレバーは離され、日常へ向かって加速する二人乗り。
ヘルメットに覆われた斑の耳もこはくの耳も、そっと紅葉色に染まっていた。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【いい焼き芋の日】
60+20min
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