今度のオフに二人で街へ出かけよう
――そんな話が持ち上がった。いわゆるデートと言われるものだ。恋人になってまだ日が浅い。囁かで密やかな二人の秘密の時間を作っていくのは、未だ慣れなかった。たまたま顔を合わせた社員食堂でこんな話になり、くすぐったさをこらえながら微笑み合う。
「マリトッツォっちうん食べたいんよ」
こはくはその大きな目を輝かせて口を開く。
「ほう、少し前に流行ったあれかあ!」
斑も身を乗り出して頷いた。
「それなら司さんや藍良さんと食べに行けばいいんじゃないかあ?」
しかし悪気なく放たれた言葉に、こはくはあからさまに目を釣り上げて頬を膨らませ、斑を射る。
「わしは"恋人"と出かける話しとるんやけど?」
その幼さも残る怒気に満ちた声。ごめんごめん、斑は笑った。そのこはくの態度が可愛らしくてわざと話を逸らしたなんて、当のこはくは気づいていないのだろうから、それがまた可愛くて斑は笑った。
「坊の前では洋菓子食べたないんや! 美味いガトーショコラ持ってきよって
……とにかくわしの矜恃に関わることや、斑はんの首突っ込むところとちゃうで」
一気に捲し立てたこはくを尻目に、斑は込み上げる笑いが抑えられない。またそれを不満げに睨む年下の恋人は、腕を組んで語り出す。
「
……ラブはんは、わしにどこ行きたいか聞いてくれはる。けど大体流行りの店見繕ってくれとるし
……HiMERUはんもそうや。きちんとした高いとこリサーチしとる」
「ああ
……そう言われればマリトッツォは少しカジュアルではあるかあ」
間延びした斑の声に、ついにこはくが声を張り上げた。
「せやから! "斑はん"と行きたいんや! マリトッツォのあるパン屋!」
怒りながら言うことでもない。然る後に二人で笑い声を上げながら、初々しいカフェデートの約束を取りつけたのだった。
「砂糖、水、牛乳を入れてレンジ
……? ええな? いくで!?」
仰々しく同意を得ながらレンジの扉を閉めるこはく。頷く斑。
運の悪いことに、予定した日には朝から雨が降った。バイクで行くには目的の店は遠い。それなら近場に電車で行こう
――そんな話をしたさなか、新たな目的のカフェのSNSで臨時休業の知らせを見る。こうなったら作ろう、そんな話が意地と共に持ち上がり、今。星奏館のキッチンを借り切って、二人はマリトッツォを食べるべく、強力粉たちと対峙していた。
「そこに強力粉
……ドライイースト」
「ああだめだ、そのやり方じゃダマになるぞお」
「っ、わかっとるわ!」
二人の共同作業と言いたいところだが、蓋を開ければ躍起になって初めてのお菓子作りに奮闘するこはくと、手馴れていてアドバイスを繰り出す斑という構図が出来上がっている。面白くない。そう、明らかにむきになるこはくを眺めながら、斑は笑う。そんなことにすら真っ直ぐ取り組む負けず嫌いな幼さを持った恋人が、可愛くて可愛くて仕方ないと。本人には聞かせてやらない斑の本音。"そんな君が好きだ"
――きっと本人には聞かせてやらない。
「焼けたで斑はん!」
「おお!
……おお
……ああ、見事に破裂してるなあ
……」
「みなまで言うやつがおるかアホ
……」
「抱腹絶倒! ビデオに撮っておこうなあ! 今日のリールに上げようじゃないかあ!」
「やめえ! ほんっまに性悪やな!?」
そんな戯れを経て、いよいよメインの生クリームだ。事前にニキに使い方を聞いておいたハンドミキサーが唸る。
「
……うーーー
……八分立ちっちのが
……硬さ
……」
「うーん、これはまだ少し柔らかいかなあ? ブリオッシュに挟んでも自立するぐらいだろう?」
「
――ああもう! 斑はんがやったらええやろ!」
「いやいや、それはこはくさんが
……」
続く押し問答と段々と硬さを失う生クリーム。こはくが慌てて再びハンドミキサーを手に取る。斑はそれを楽しいと笑う。真剣な形相のこはくは、ついに、
「話しかけんなじゃかあしいわ」
そう放ってボウルの中の生クリームを混ぜていた。
少しずつ完成に近づく"マリトッツォになる予定の素材たち"を前に、少しずつ少しずつ、こはくの釣った眉が下がる。たかが小競り合いから膨らみ始めたチクチクした空気が二人を包み、少しだけ口を尖らせたこはく。もう意地だ。口を開くつもりはない。それを見ている斑も面白いわけではない。
――それでも形作られるマリトッツォ。
「
……できたで。不恰好やけどこれでええやろ」
「うん、美味しそうだ」
「ほんまにそう思っとるんか」
皿に並べられた二人分の大きなマリトッツォ。クリームは大きく溢れ、上に乗ったブリオッシュは今にも滑り落ちそうなバランスでそこに引っかかっている。
「あかん、あーーーなんやおもろなってきた」
「っ、そうだなあ」
「
……堪忍な斑はん」
「ん?」
面白くなってきた、その割に真剣さが滲むこはくの声が斑の耳をくすぐる。
「さっき邪険にしてもうた。
……つい、な。斑はん一人で作った方が上手く作れるっち思うてまったんよ」
その声に斑は目を丸くして、申し訳なさそうに目を細めたこはくの目を捉える。
「いや、俺も少し偉そうに言ったよなあ?
……ごめん」
そして述べる素直な謝罪の言葉。斑の口からこんな言葉が出るなどと、誰が思っただろうか。
「
……っ、あかんわ、ほんまに面白くなってもた」
「ひっどいなあ君は!?」
「せやって斑はんが」
「ああ! ほら! 大声出すと落ちてしまうぞお!?」
「ぬしはんが一番デカい声やろが!」
二人が二人共に笑い、声が重なり気持ちが重なる。まるで不器用に上下に別れたブリオッシュだ。挟まれた甘いあまい生クリームのクッション。隣に並んで重なるいただきますの声。微かな笑い声、カトラリーの立てる僅かな音。結局一度に口に入り切らずに、溢れた生クリームで汚れる口元も頬も、何もかもが甘かった。
「
……斑はん」
「んん?」
「くち、ついとる」
ふと、隣の椅子から身を乗り出して伸びたこはくの唇が、斑の唇を捉える。ぺろりと舌で唇をなぞり、生クリームを舐め取って離れる。
「っ
――こはくさん!」
「あまいな?」
一瞬。ほんの一瞬朱が射した斑の頬を見て、
「ほんまに可愛ええお人やな、斑はん」
可愛い可愛い年下の恋人は、甘くあまく、そう囁いたのだった。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【生クリームの日】
60+1min
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