何度も訪れているマンション。斑が個人名義で借りているそこは、何度も作戦会議に使った場所であり、いつの間にか合鍵をもらう仲になった。
勝手知ったる相棒の家。汗を吸ったスニーカーソックスがぺたぺたと音を立てる。玄関からリビングに顔を覗かせるこはくは、来たで、と当たり前のように呟いた。
そしてそのまま、目に飛び込んだのはリビングのデッキを真剣に見詰める斑の姿。ソファの真ん中に陣取って、食い入るようにモニター
――こはくの知らない誰かのライブの映像
――を、目に焼き付けるかのようにして身を乗り出している。
「何観とるん? 珍しい曲やね、古めのロックやろ?」
ソファの背に手をついて斑と同じ高さに視線を置いたこはくが訊ねる。画面の中には真っ暗な舞台がただ一つ。たかれるスモークにピンスポットの演出で、アコースティックギターとハスキーで繊細な歌声で歌う青年の姿がそこにあった。
ようやくこはくに気がついたのうにして斑が口を開く。「ああ、この間助っ人に行った先で『俺を見るとこの人を思い出す!』とDVDを勧められたんだ。俺と似ているとは全然思わないが、普段と違うジャンルの曲を聴くのも勉強になるなあ」
斑は楽しげに告げた。
が、やはりその意識はテレビの中にあるようで、こはくは面白くない。微かに眉を寄せる。
しかしやがて、こはくも斑の肩越しにテレビを見詰め始めた。そろそろ中腰が疲れる頃だろうに、それも忘れて。
「
――ああ、確かに一人でも活躍しとるのは斑はんと近い感じするかも知れん」
「そうかあ?」
こはくの言葉は一瞬で躱され、こはくもそれ以上は追及しない。そんな時間が僅かにすぎ、ふと、こはくは胸を掴まれる感覚に陥った。秋口の風の香りが部屋へと訪れ、服の上から、ぐっと胸の辺りを押さえる。
圧倒的存在感と孤独さを同時に感じさせる力強さ。
どうともつかない危うげな表情で切々と歌う様子に、どうしても
――MaMでもないDouble Faceでもない、一人の青年を重ねてしまう。
やがて映像は終わり、斑はそのスイッチを切った。途中からしか観ていないこはくにとっては少し消化不良でもある。
「うーん、どれも1990年代の作品らしい。
……いや、その前の物もあるなあ?」
DVDを取りだしながらパッケージを裏返した斑は、件のアーティストのディスコグラフィをスマートフォンで検索している。相当に魅入られているのだろうその様子は、こはくに伝播して、やはり胸に増えてしまう引っ掻き傷のような何かを抱え、ソファの隣に座り直した。斑は素直に横に避け、こはくの場所を明け渡す。
「そんなに前のものなん?」
こはくの問に首を傾げたままの斑。
「
……俺でも聴いた覚えがないぐらいだ、いわゆる親の世代なんだろうなあ。まあ、うちの親が聴いていたとも思えないが
……」
段々と棘が増す斑の声。隣に座るこはくは、そっとその左手に右手を重ねる。
「今見とるの、アルバムのとこ?」
こはくも共に画面を覗き込めば、浮かび上がる細かな文字列。そこにあるアルバムタイトルは『十七歳の
――』そこまで見たところで、斑が画面を暗転させた。
「
……ふうん、なんや、かっこええやないの」
アーティストに刺激されたのか、思い出される幼少期に刺激されたのかは、こはくにははかりかねる。しかし確実に棘を帯びてしまった斑は、打って変わってつまらなさそうに黒い画面を見詰めていた。そのエメラルドの瞳に、こはくはたまらなく胸が掻き乱される。
「
――思春期に揺れ動く心を書いた作品が多いアーティストでなあ。当時から熱狂的なファンは多かったらしい」
握った手に、少しずつ力を込める。二人の胸を少しずつ蝕む切ない棘は、未だ抜けずにそこにあり、
「それはわしにもわかるわ。胸に沁み入るっちうんやろか」
少し言葉を探してこはくが言った。
するとどうだろう。
「こはくさん! これ、君にあげよう!」
唐突にこはくの居る右側へ向き直った斑は、丁寧に両手でDVDを掴んでこはくの目の前に掲げて見せた。
「え? は? なんでや」
目を白黒させるこはくの前で優しく笑う斑の姿。まるでこれでは卒業証書の授与だ。こはくはまだ見ぬ、そんな景色に似ているのだろうと咄嗟に思った。
「斑はんの買うたもんやろ。またここ来た時に観せてもらえばええし」
さっきまでの刺々しく悲しそうな、そんな顔はなんだったと言うのか。優しく細めていた目はやがて大きく開いて笑顔になる。さっぱり意味がわからない。
「ほおらこはくさああん! 遠慮は良くないぞお☆」
「いや遠慮とちゃうやろが! 人の話を聞け言うとるやろ!」
「いやいや! せっかくだから聴きなさああい!」
豪快に笑い声を上げながら隣で身体を乗り出す姿に、こはくはもうお手上げである。決めたら押し通す我の強さ、話を聞かない周りの見えなさ。これを本気でやっているのかふざけているのか、未だにはかりかねる時がある。斑のペースはいつもこうだ。
「ああもう! ほんまこうなったら聞かんな!? でっかい子供持った覚えないで!」
流石に苛立ちを隠せずに叫んだこはくがソファを立つ。
――しかし、正確には立てなかった。腕を引いた斑の身体ごとソファに倒れ込み、
「
……君が十七になったら、」
何故だか今度は消え入りそうな声がする。
「
……うん?」
斑の下でゆっくり先を促すこはくは、つい今さっき感じた苛立ちを感じることもなく、少しずつ言葉を探す斑の瞳を見詰めていた。
エメラルドとアメジスト。混ざり合えばフローライトのような、不思議な色になる。
然るのち、
「十七歳
……いや、十八歳になったら、」
「うん」
「四曲目を歌おうか」
斑は、そう、唇を動かして、ゆっくりゆっくりこはくの唇にそれを重ねた。こはくの肩口に頭を押し付けて、前髪が乱れるのも構わず額を擦り付ける。
「
……今日は甘えたやね」
「
……別にそうでもないんだが」
「十分、でっかい甘えん坊さんや」
こはくが斑の首に手を回せば、やっぱりここだと狭いなあ
――そう言った斑が、泣きそうな顔で笑った。
CDに収録された四曲目に書かれたタイトルを、こはくはまだ知らないでいる。
fin.
khmdワンドロワンライ
【I Love youの日】【幼少期】
60+15min
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