アユム
2023-08-26 20:18:28
2384文字
Public khmdワンドロワンライ
 

花火、二輪

こは斑ワンドロワンライ【夏の終わり】
配信で花火大会を見る二人/甘々いちゃラブ

 夏の匂いが秋の匂いに変わる頃。早くも空中庭園には金木犀の気配を感じ、胸の中がきゅっと狭くなるような、そんな季節を迎えつつある。
 
 そんな夏の去り際だった。時刻は午後七時十五分前。照明を落とした斑のマンションのリビングに陣取ったこはくは、一人でたくさんのジュースとお菓子を買い込んでいた。今はいない隣の誰かと分け合うために。こはくの最近のヒット作・小豆モナカを片手に、花火大会のライブ配信プロローグを見つめている。

 赤やピンクに始まり、虹色に光る現代的なアレンジをされた打ち上げ花火。伝統の技術を踏襲しながら進化を続ける花火の世界。それが凄まじい勢いで打ち上がる。それが未だ前座であるというのだから、こはくはすっかり胸を踊らせていた。

「斑はん、遅い!」
真っ暗なリビングの戸が揺れた瞬間、ソファの上のこはくが振り向いた。
「いやあすまん! 待たせたなあ!」
少し焦った様子で戸をくぐった斑は持っていた荷物を床に落とすように置き、それから思い出して手を洗いに洗面所へ消える一瞬。斑は、こういう少しのことに案外律儀な男だった。洗面所から叫ぶ朗らかで大きな声。
「渋滞が酷くてなあ! いっそ走った方が早いと思ったんだが」
 ようやく洗面所から戻る斑をもう一度振り返ったこはくは、おつかれさん、と一言。小豆モナカの半分を差し出した。
「ありがとう」
すっかり好みが把握され、さらに似てきたその事実。苦笑とも嬉しさとも取れぬ感情を乗せて、斑が笑う。

 こはくは、相変わらず大きなテレビの前で目を輝かせている。片膝を立ててクッションを抱いて座り、しかしきちんとその左側を開けて。いつも斑が座る側が少し歪に傾いて潰れ、それを二人して笑ったのももうだいぶ前の話だ。

「せっなくなら現地に行きたかったんだが、スケジュールも空きがなかったしなあ……。昼の部のチケットなら前に広報の手伝いをした伝手で手に入れられないこともないんだが……
斑は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げ、こはくの隣へどっかりと座った。そして斑も画面を見つめる。
……ええやん、涼しいとこで花火も。……こうしてても誰にも邪魔されへんし」
そう言って斑の空いた右手にそろそろと指を絡ませたこはくは、
「もちろんいつか……一緒に見たってもええけどな」
花火と熱を、瞳に宿して呟いた。重ねた指に力を込めて。
――っ、ははは!」
「なんっ、それ笑うとこか!?」
突然上がった花火より大きな斑の笑い声に、こはくはソファから飛び上がらんばかりにして頬を染めて眉をひそめて斑を見やった。
「君の顔が花火より真っ赤だからつい!」
「っ、うっさいわ! ほら! 花火! 本打ち上げ始まるで!」

 二人、手を重ねたまま。
 こはくはぶつぶつ何かを毒づいて少し顔を伏せ、また花火を瞳に宿す。斑は再び柔らかく微笑んだ。

 朗々と唄われる本打ち上げのオープニング曲に合わせ、色とりどりに変わる火花の色。一輪、また一輪。夜空高くに色を咲かせる。

 桃色、薄紅梅色、猩々緋、蒲公英色、翡翠色、勿忘草色、紺碧――

 刺繍か油絵かと見まごうほどの繊細で大胆な色とりどりの光の粒が、二人に降りかかるようだった。あたたかくあつく、不思議と感じる火薬の匂い。空調の効いた部屋で繋いだ手だけが少しずつ汗ばんで、いつの間にか小豆モナカは斑の口と腹へと消えた。こはくは、手に持つ半分のモナカから溶けたアイスを溢れさせ、それを拭うことすら忘れてモニターに食いついている。

「少し、妬けてしまうぞお」
 巨大に響く花火の音にかき消されそうな大きさで、斑の唇がぽつりと何かを零した。
……え? なんや? やっぱりお祭り男は現地行かんと退屈なんか?」
隣に振り向くこはく。
「いやあ……君に」
斑は困ったように言葉を探し、
「わし?」
「こんなにこはくさんに見つめられる花火が、その……
やがて途中で推し黙る。
「っ、とに! なんやもう……自分で言うて照れんのやめえや! 調子狂うっ……
早口で毒づきながら真っ赤に頬を染め、それでもこはくは斑から目が離せない。
「いや…………いや、そんなつもりはなかったんだけどなあ!?」
言い訳めいて斑は続ける。こはくと同じ真っ赤な顔で。
「いや、その――ああもう! まいったなあ……
「まいったのはこっちやでほんまにもう……
テレビは花火の映像を、スピーカーは花火の音を、心臓は二人の音を奏で、
――んっ……!」
 不意に斑の頬に手を添えて顔を向き直らせたこはく。斑の一瞬の逡巡の間に、熱い熱いくちびるが重なった。少しだけ触れて、離れるくちびる。
――わしかて、妬いとるわ。……祭りの度に、斑はんに愛される祭りに妬いとった」
 鼻と鼻が触れる距離で放つこはくは、真っ直ぐ、まっすぐ斑を見ていた。互いの瞳に映る目の出た金魚のようにピントのぼけた二人。仕方ない、さすがに距離が近すぎる。
……こはくさあん」
頬に添えた手を優しく離せば、斑の少しだけ高い声が甘くあまく告げる。
……なんや、文句なら受け付けへんで」
「いやあ、その手でこれはないんじゃないかなあ!? 手がベタベタなんだよなあ君! 、ひっ、ひ、小豆! かお! ついてるぞお!?」
突如として降りかかる斑の爆発したような笑い声にこはくもつられ、
「ああもう! 言うたやろ阿呆! 文句は受け付けへんて!」
「ははは! 照れない照れない!」
「あああうっさい少し黙れ!」
 いつの間にか花火よりも大きく、なによりも愛おしい宝物を瞳に宿し、斑もこはくもひたすら腹を抱えて笑った。

 一層大きく上がった桜色と翡翠色の花火が、画面越しに二人を照らしていた。


fin.

khmdワンドロワンライ
【夏の終わり】
60+15min