鹿
2024-02-19 08:11:29
3469文字
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さっさと告白すればいいだけの話

新暦誕生日おめでとう🎊のはずが、あんまりお祝い感がないし土も斎もだいぶあほです。

 ベッドに寝転がりながらスマホの画面を見ていると、日付が変わるとほぼ同時に、サークル仲間の沖田からのメッセージが届いた。
『おたんじょうび おめでとう』
 僕はよく知らない、二頭身のキャラがクラッカーを鳴らしているスタンプだった。
『この間見たケーキ屋さん、一緒に行ってあげてもいいですよ』
 間髪入れず、そんな誘いだか要求だかわからないメッセージが続く。
『ありがと。今日は用事あるから、また来週にでもね』
 何やら喜んで踊っているみたいなスタンプが送られて来たと同時に、今度は同じくサークルの先輩である新八からのメッセージ通知が入る。
『誕生日だったなら言えよ! 藤堂から聞いて知ったわ、おめでとうな』
 トーク欄のそんなメッセージのすぐ上には、一昨日送られてきた「うっせぇわボケ」というメッセージのログが残っている。僕が「ああわかんねえか、馬鹿だもんなお前」と送ったのに対する返信だった。そういやこれなんの話してたんだっけ。
『忘れてた、あんがと。じゃあ俺寝るから』
 バイバイの絵文字をつけて送ってやれば、すぐに既読がつく。信じやすい男なので、その後はスタンプのひとつも送ってはこなかった。
 その後もゼミの同級生やバイト先の先輩などからポツポツとおめでとうのメッセージが届く。この人に誕生日教えてたっけ、このあたりは既読つけずに明朝スタンプを送ろう、そんなことを考えているうちに、徐々にまぶたが重くなっていく。
 眠りに落ちる直前まで画面を見ていたが、あの人からのメッセージは無かった。
 
 翌朝、遅めの朝食をとりながらスタンプなどを返していたら、山南さんからメールが来ていたことに気がついた。
『おはよう斎藤くん。今日は誕生日だったね、おめでとう。
 これからの一年が良いものになるよう祈っているよ。
 インターンの時の話は聞いたけれど、その後はどうしているかな?
 そういえば先日、芹沢さんと伊東さんに会って、君の話をしたら――
 親の知り合いだったことから家庭教師をしてくれた人なのだが、とにかく親切で大学に入った今でも色々と気にかけてくれている。
 だからこそ、同じ会社にいるはずのあの人は今どうしていますかとか、僕に何も言伝はなかったですか、とは聞けなかった。なぜ連絡先を知っているのに直接聞けないのか、彼からは何もないのか、何か気まずいことでもあるのかと、心配されるのが目に見えている。結局、丁寧に礼のメールを返すしかできなかった。
 
 食器を片付けてはスマホを見て、部屋に一通り掃除機をかけてはまた見て、服もベッドのシーツまで洗って、やはりあの人からの連絡がないことを確認する。とうとう普段は放置している窓の掃除まで始めると、外の天気がとても良いことに気がついてしまう。せっかくの日曜日、散歩でもしたらさぞ気持ちがいいだろう。しかし、洗濯物を干し終わっても、結局風呂の掃除に手を出しただけだった。
 
 排水溝まで入念に洗い、シーツも取り込んで、キッチンに長らくこびり付いていた油汚れまで落として、しばらく溜めていた資源ゴミまできっちりまとめてしまった。大学に入って一人暮らしをはじめて以来、こんなに家事が捗ったことはない。心の隅で常にスマホに通知が入らないかと気にし続けていなければ、どんなに気分が良かっただろうと、パイプベッドに腰掛けてため息をついたその時――――玄関の、古臭い音のチャイムが鳴った。
 未練がましく握りしめていたスマホを放り出して飛び起きる。学生向けワンルームのベッドから玄関まで、たった数歩の距離がもどかしい。ドアチェーンを外す音が妙に大きく響いているような気がして、扉の外の人に待ち侘びていたのだと知られてしまうかもしれない。別にそれでも構わないが。
 
「斎藤様にお届け物でーす。ハンコかサインお願いしまーす」
 膝から崩れ落ちそうになるのを見栄で堪えて、荷物を受け取った。送り主は実家で、中身は米と乾麺、最近あまり買えていなかった野菜である。体調を気遣う手紙も入っていて、ありがたい、実にありがたいことだ。これを受け取ってがっかりするようなことはあってはならない。胸に渦巻く不満ごと閉じ込めるように、野菜を冷蔵庫に詰めこんでいった。
 
 そんなことをしている間に、気がつけば、日はほとんど落ちかけていた。ベッドに身体を投げ出して、ひとつ深く息を吐く。夕食も作っていないし風呂にも入っていないが、今日はなんだか疲れてしまったし、このまま寝落ちたって良い気がしていた。
 ――――ピン、ポン。
 ずいぶんゆっくりと、控えめな鳴らし方のチャイムだ。呼び出しているというより、鳴らしてみただけ、中にいる人間が気づかなかったら、それで良いとさえ思っていそうな。
 今度は焦りはしない。その代わり、殊更足音を大きく鳴らして玄関に向かった。
 
――いたのか、斎藤」
「いてほしくなかったんですか?」
 待ち望んでいた男――僕の大学のOBで、山南さんの紹介で知り合った人――土方歳三を扉の外に認めた瞬間、僕はとんでもなく渋い顔になってしまう。
「日曜だってのに出勤ですか? お疲れでしょ、なんでまた僕のとこなんか」
 土方さんのコートの下はいつもの仕事用のスーツだった。そんなに仕事が好きならいくらでもすれば良いが、どうしてその帰りに僕の家に寄るのだろう。いっそずっと来てくれない方が、こっちだって諦めもつくのに。
「プレゼント、渡そうと思ってな、この前イヤホン無くしたって言ってたろ」
 ぞんざいに片手で袋を受け取る。しかし些細な会話も覚えていられるくせに、来る前にメッセージのひとつも送れないのはどういうわけだ。
「どーも。ありがたく使わせてもらいますね」
「ああ、誕生日おめでとう」
 土方さんの顔は整っているが強面の部類に入る。だからこそ、時折見せる優しい笑顔がひどく恐ろしかった。うっかり、変なことを口走りそうになるから。
……本当、来るなら来るで言ってくださいよ。どうせこれ、僕が買おうかなって悩んでたやつより一桁は高いやつでしょ。なのに、僕が家にいなかったら、ドアの前にでも置いとくつもりだったんですか?」
「まあ、そうだな……けどお前、俺が行くって言ったら、気ぃ使って他に予定あっても断ろうとするだろ」
 実際は言われてもないのに勝手に予定断って待ってたんですけどね。馬鹿野郎がと叫びたくなった。この人に対しても、自分に対しても。
「お前が他の誰かと過ごしたり、ひとりでいる時間を邪魔したいわけじゃねえ。俺が勝手にプレゼントしたいと思っただけだからな」
 なぜそう踏み込んでこないんだ? 今だって、三和土にすら入らず扉の外にずっといる。僕が招き入れなかったら、入れないみたいなルールでもあるのか? 吸血鬼じゃあるまいし。似合いそうな顔してるけど。
……ていうか、上がったらどうですか、寒いんだし」
「いいのか?」
 いいのかじゃないだろう。なんだその、飼い主が良いと言うまで餌を待ってる子犬みたいな目は。僕より九つ年上で背だって九センチ高いのに。
「土方さん、晩飯食べました?」
「いいや、まだ」
「僕もまだなんで、土方さん料理手伝ってくださいよ。実家から送られてきた野菜、どう使うか迷ってて」
 言い訳しながら入るよう促すと、それこそ土方さんはよしと言ってもらえた犬みたいに嬉しそうにする。なんなんだよあんた本当に。そんなに嬉しいなら最初から、仕事だけど帰りに寄らせてくれって頼めばいいんだよ。
 そうだよ、お察しの通り、あんたが言ったら俺の方こそ尻尾振って待つんだからさ。
「土方さん、明日も早いんですか?」
「いや、今日出た分明日は代休とってある」
「へー……僕も明日は午前の講義無いし、バイトも入れてないんですよね」
……そうか」
 そうかじゃないだろ、どういう意味か知ってるくせに、何カマトトぶってんだちくしょう。
「泊まってったら、いいですよ」
……いいのか?」
 あんたは初めて出会った頃から、やたらと俺の自由にさせることに執着しているけどさ。逆にしんどいんだよ。もういっそ、顔の通りに強引な俺様系であってくれたら良かったのに。
「ゴム買ってあるんで……いちいち言わせないでくださいよ……
 ひょっとしてこの人、僕の方から言わなきゃ、一生恋人面しないでいるつもりなのか? 勘弁してくれ、もうそれは僕の意思を尊重してるとは言わない、辱めだよ!