さ迷う、硝子越しの

2000字ほど 一次創作BLのss.0011 こちら×彼(?) じゃっかん不思議なかんじの話。旅行先で迷いこんだ通りで、ショーウィンドウの

 旅行先で、夜にサーカスのような催しを観た帰りの道で迷ってしまった。
 泊まっていた宿への道順が、わからない。
 手元の端末で地図を見ても、現在位置がわからない。どうも、地図が何年も更新されていないようだ。配置というか道路がちがう。
 土地勘の無い、店が全部もう閉まっている路地で、確か、こっちかと思って歩いていっても、商店街の建屋の並びが切れて、どこに続いているかわからないY字路に出たりする。
 困った、と宿へ電話をして訊いてみようと思ったのに、端末のどの通話機能もうまく立ち上がらない。全体的に動作も遅くて、充電量もみるみる減っていく。

 か細い電柱のようなものに灯りだけ点々と吊ってある通りをあてなく歩いた。サーカス自体は楽しかったのに、と思いながら大きな硝子のショーウィンドウのある店の前を通った。
 閉店してるのにショーウィンドウの内側の電灯は切れていないのか、飾られたそれら全部が道路側からはっきりと見えた。雑貨屋らしく、動物のぬいぐるみと、機関車のおもちゃと、くねる蔦の先におもりを重ねたようなデザインのランプと、いろいろなものが飾られていた。が、その中でも、いちばん目立っているのは、というか、それがいるのに気づいて、足を止めたといってもいい。雑貨の横、艶のある紅い布の上に、とても巨大な、まるで実物の人間のような大きさの人形がいて、惹きつけられた。
 大きなブランコに乗った格好をさせられた、美しい人形が、ブランコの綱を握った手に眠っているように頭をかたむけていた。
 うっすらと桃色に輝く生地のレースがところどころにあしらわれたシャツ、足首が見える丈の濃い茶色のズボンに革の靴、ふわふわとうねった亜麻色の短い髪の、造作の整った人形だった。

 しかし、人みたいだと思った。二十歳くらいの。
 道に迷っていることも忘れてしばらく見つめた。眠っているような顔を。

 いきなりパチリと瞳が開いた。
 両の瞳と、目が合った。

 呆気に取られて動けない姿を、じっと見つめられた。

 左右のブランコの綱を握っていた手を離して、彼は腰を上げて、硝子の近くへ寄ってくると、膝をついて、素朴に観察するような表情で見下ろしてくると、唇が何事か言っているみたいに開いたり閉じたりした。
 聞き取ろうとできるかぎり近づいても、硝子越しで何を言っているかはわからなかった。
 その声を聞けなくて残念で、声が聞きたくて、寂しいような気持ちでその顔を見続けていると彼は「あら、困った奴だな」というような表情になって、くすりと笑った。
 少し悪戯っ子みたいな、その笑みに、どきんとした。
 彼は「あっちだ」というふうに指で示した。
 指が、道の向こうを示しているように見えて、そっちに目をやった。

 と、カシャンカシャンと音がして、灯りが次々に落ちるように弾けた。
 いったいが真っ暗になる。
 ショーウィンドウの内側だけが浮かび上がる。
 別れを惜しむように笑って、彼は硝子に片手をついた。その手のひらに、自分の手のひらを合わせたくて手を伸ばした。

 そうする前に、視界は明るく、まだいくつも喫茶店や土産物屋が開いて人が行き交う路地に立っていた。観光客の会話が、同じサーカスを観たらしき感想を言っているのが聞こえてくる。
 地図はすぐ現在地がわかって、宿の場所も道順も把握できた。道路にもまったく違いが無い。
 端末の電池残量はじゅうぶんあって、どのアプリもすぐ起動する。
 そして観光地らしい、どこも景色の綺麗な道を歩いて宿に着く。
 大浴場で、その土地の温泉に浸かる。
 和室の、敷かれた布団に座って、考えた。時刻は昼ではないけど、あれは白昼夢だったのかと彼の姿を思い出す。
 自分の手のひらを見る。
 触ったかもしれないショーウィンドウ硝子の感触は思い出せなかった。彼の手のひらの感触なんてもちろん、ない。
 それが、なんとも悲しかった。

 夢も見なかった翌朝は、寝坊して朝食から慌ただしくチェックアウトし、宿を出る。
 宿のそばの有名フォトスポットで写真を撮ろうとして、視界の遠く、映った姿に、足が走りだしかけた。

 橋の上で、スーツケースを引いてコートを羽織った彼は「あら」という表情でこちらを見ると、ゆっくり歩いて来た。
 すれ違いざま「初めまして」と聞こえ、何事も無かったみたいに歩き去って行こうとする彼に追いついて、でも何と言ったらいいかわからずに、横を歩いた。


◇◇◇


 あとあとの話……二人、向かい合って座って、料理を食べつつ、訊いた。あの夜のこと。
 いったい何の話だ、という表情になって彼は答えなかった。その様子にちょっと肩を落とすと、彼は眉を寄せ、ふうと息をついた後、「まぬけなやつだと思った」と言ってから、さあなんのことやらと顔をかたむけた。